第39話 憧れを超えろ

 もう、守れない。

 そう思った。


 視界の端で、生徒たちが震えている。

 頼みの綱の獣鬼将バル・ゾラは、勇者の手によって一瞬で切り伏せられた。

 意識があるのかすら定かでないドラコ、リリム、ノアの三人と、彼らを守ろうとふらつきながら立つフェン。

 その全てを、勇者レオンハートの聖なる一撃が、無慈悲に薙ぎ払おうとしている。


 僕は、ただ見ていた。

 足が動かない。手も震える。喉は乾き、声すら出せなかった。


 まただ。

 昔と同じだ。

 勇者パーティの一員だったはずなのに、僕はいつも後ろで雑用をしていた。

 戦いの輪には入れず、ただ雑用や事務作業を任され、失敗すれば罵倒され、成功しても評価されない。

 仲間たちからの嘲りが、今も耳の奥で響く。


 だから、また同じだ。

 どうせ僕では、誰も守れないし救えない。

 ホラ、あんなに大切に想っていた生徒たちも、もう――


「――私は……魔王学校、副担任……セラ・ヴェイルだ!!!」


 何度も聞いた声。

 けれど、今まで聞いたどのセリフより、熱量のこもった声。


「セ、ラ……?」


 見上げると、セラが生徒たちの前に立っていた。

 彼女の手から出ている剣状のオーラが火花を散らし、レオンの剣を弾いている。

 血に濡れた髪を払い、震える腕で剣を構える。

 あの冷徹な彼女の声に、初めて『熱』があった。

 僕は息を呑む。

 彼女の背中が、あんなにも頼もしく見えたのは初めてだった。


「テメェ、裏切りやがったのか……クソが!」


 だが、その背中が次の瞬間、弾き飛ばされた。

 悪しき者を焼き払う聖なる雷が閃き、セラは壁際まで吹き飛ぶ。

 床を転がり、血を吐き、翼がぐったりと地に垂れた。


「天使族ってのはもっと強ぇもんと思ってたが……しょせん、堕天した落ちこぼれか」


 レオンが吐き捨てる。

 胸の奥で、何かが切れた。

 それは憤怒でも、悲しみでもない。

 ただ、静かに燃え上がる熱。

 気づけば僕は、立ち上がっていた。


「ちっ……立ちやがったか」

「……そうか。そうだった。気づかされました。ありがとうございます、セラ先生」

 

 舌打ちをするレオンを無視し、声が自然に漏れた。

 

「僕はもう、雑用係じゃない。魔王学校の、担任だ」


 レオンがわずかに眉を動かす。


「はっ……何を誇らしげに。その程度の力じゃ、俺に勝つのは無理だぜ」

「ううん。その程度で、十分だよ」


 踏み出した瞬間、空気が変わった。

 視界のすべてが研ぎ澄まされる。音が遠のく。

 かつて勇者パーティで後ろに立っていた自分が、今は最前線にいる。


「くっ……!」


 レオンが振り向いた時には、もう僕の刃が動いていた。

 低い姿勢から踏み込み、レオンの死角へ滑り込む。

 反射的にレオンが剣を構える――だが、遅い。


「ハァアアアアアアアッ!」


 荒く息を吐き、全身の力を込める。

 金属音が鳴り、火花が飛ぶ。

 レオンの手甲が弾け、白い線が走る。


「テメェ……!」


 レオンが怒声を上げた。

 剣を振り抜く。

 その刃が空気を裂き、聖なる雷光を纏う。


 聖雷剣――勇者の代名詞。

 触れたものすべてを焼き尽くす聖の力。

 だが、僕にはそれが読めていた。


 勇者の剣が振り下ろされる軌道。

 腕の筋肉の動き、足の重心、呼吸のリズム……全部見えている。

 僕は一歩退き、左に身体を傾け、剣の軌跡を紙一重でかわす。

 足を滑らせ、重心をずらし、勇者の視界を切る。


「クソ……ちょこまかと!」


 そして、その腕が戻る前に右肘を打った。


「がっ……!?」


 鈍い音と共に勇者の腕が揺らぐ。

 雷光が乱れる。

 間髪入れず僕は剣を構え直し、勇者の手首を斬り上げた。


「……何ッ――!」


 手甲が弾け飛び、雷を纏った剣が床へ落ちた。

 勇者が怒声を上げるが、もう遅い。

 僕は彼の懐へ踏み込み、脇腹を狙って一閃。


 ――バシュン!


 金属が裂ける音。

 勇者の口から苦鳴が漏れる。


「ぐ、ぎ……お、お前……本当に、アレンか……?」

「違うよ」


 僕は静かに答えた。


「もう『あの時の僕』じゃない。今の僕は、魔王学校の担任で、あの子たちの先生なんだ」


 再び剣を構え、勇者の胸元を突く。

 正確に、迷いなく、必要な角度で。

 勇者の鎧の合わせ目を狙い、刃を押し込む。


「…………っは」


 勇者の身体が震えた。

 目を見開き、何かを言いかける。

 だが、もう声は出なかった。

 血が剣を伝い、床へ滴る。

 勇者レオンはその場に崩れ落ちた。


 静寂。

 僕は荒い息を吐きながら、剣を下ろした。

 背後から声がした。


「先生、流石です!」

「ぐすん。せんせ……やっぱり、かっこいいねぇ……♡」

「ぷる……つよい、すごい」

「一番身近に、一番の目標が居た……というわけか」


 ああ、良かった。

 皆、気が付いたんだ。

 僕はゆっくりと振り返り、微笑む。


「大丈夫だ。……もう、終わったよ」


 フェンの叫び。

 リリムのすすり泣き。

 ノアの落ち着いた声。

 ドラコの低い、安堵の息。


「っ……セラは!?」


 慌てて視線を壁際に向ける。

 セラは壁際で、血に濡れながら微笑んでいた。


「私なら、問題ありません。それよりも……裏切ってしまい」

「その話は後だよ。とにかく、大きな怪我や致命傷がなさそうでよかった」


 崩れた天井から光が差し込む。


「夜明けか……」


 照らされたセラの髪と翼は、いっそう深い闇を讃えているように見えた。

 聞くところによると、彼女は命令違反により堕天したらしい。

 恐らく先ほど、レオンの攻撃を止めたのも明確な命令違反だろう。

 二度の謀反行為により、彼女に天界復帰の未来がない事は明白だ。

 けれど、それでも、全てを呑み込むような深い黒は、僕には他の何より美しく映った。

 僕は空を見上げ、深く息を吐いた。

 

「レオン……ごめん。こうなった原因はきっと、キミに意見することをさけた僕にもあるんだ。もし今度、生まれ変わってもう一度友達になれたなら……その時は、対等な関係を築こう」


 生徒たちの笑い声が遠くで響く。

 その音に包まれながら、僕は剣を納めた。

 心の中で、さっきの自分の言葉を反芻する。

 忘れたり薄れたりしないよう、しっかりと。

 

 僕はもう、雑用係じゃない。

 魔王学校の教師。

 問題児ばかりの生徒たちの、担任の先生なんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る