1「あまがみのみこと」激闘の日々 「水の魔法」

マキアの星の大地を覆う北方に広がる湖畔の町リューネは自然の風情が豊かな水に恵まれた町だった陽の光が

まだ柔らかく地平を淡く染める朝に町をめぐる幾筋もの清流が朝ごとに霧を生み夜明け前の空気を柔らかく濡らし朝霧に包まれていた陽が昇る前の湖は

まだ眠りの中にある様に沈黙している水鳥が羽ばたき遠くの森からは鹿の声が響く湖の岸辺に立つ少女がいた名は「マリーナ」十六の春を迎えたばかり黒髪を肩で切り揃え湖と同じ色を宿した瞳を持つ

水面は鏡の様に澄み彼女は朝の湖に身を映した

そこに揺れる、その影は水とともに果てしなく広がっていた水面が

きらりと揺れ、その水に指を触れながら「マリーナ」は深く息を吸う透明な水は彼女に応え小さく波紋を広げ

まるで心を映す鏡だった水は覚えている町の小川を流れる声も少女が生まれたときの涙も

「私は流れる止まらずに澱まずに流れをせき止める影を打ち砕く為に私が行かなきゃ」

「マリーナ」は唇を噛み胸元で光を帯びる青いペンダントに

そっと指を添える、それは母の形見であり、この石は「銀髪の歌姫」遠い伝承の中で語られる少女その魂は砕かれ無数の並行世界に散った

かつて「銀髪の歌姫」が戦場に遺した物のひ一欠片で魂と記憶の欠片が宿り持ち主を試すだろうと町の老巫女から託された遺宝でもあった

そして今その忘れ形見が自分の胸で脈打っている彼女の胸に光る「銀髪の歌姫」の一片は眠りの奥で小さく震え未来を囁く持つ者の決意を試すと

儚げに呟く声は自分自身に言い聞かせるものだった幼い頃から水に選ばれた娘と呼ばれてきた母も父も早くに失ったが町の人々は彼女を優しく見守ってくれた清らかな水を操る力は町の畑を潤し人々の渇きを癒す術となった

だがその穏やかな日々を遠い空の彼方に潜む魔王の影が

じわじわと蝕んでいた戦士たちは誰ひとり戻らなかったリューネの人々は笑わなくなり子ども達の声は消え町は静かな絶望に覆われ

町の衆人の声は優しい「行かないで」と呼ぶ声も「危ないから」と泣く声も万民声は背に残っている

けれど水は知っている器に留まる事を拒む心を

それでも彼女の心は澄んでいた水は留まらない

それは彼女の胸に流れる律動と同じ幼い頃から水は彼女を呼び傷を癒し道を示してくれた

恐怖は胸にある魔王と戦うなど自分に出来るのか水は恐れを抱き込んだとしても濁らずに

ただ透明のまま流れ続けている、かのごとく彼女もまた歩き出す「マリーナ」の頬を伝う涙の一雫が地を打ち大河へと変わる様に彼女の小さな足跡が

やがて魔王の影を切り裂く奔流となる事を水だけが知っている水は、全てを浸し万物を潤し

そして時に岩さえも削る「マリーナ」は、そう信じていた彼女は湖面に映る自分に呟いた

みなもは波紋を広げ少女の影を揺らした、あたかもその決意に応じたかの様に

町の外れの広場では旅立ちの支度を整えた荷車が並んでいる

「「マリーナ」本当に一人で行くのか？」

背後から声をかけてきたのは幼馴染の「カイル」だった日に焼けた額から汗を拭いながら彼は彼女の背を掴みたい衝動を必死に抑えている

「行かなきゃ……あの影が迫ってる誰かが立ち向かわないと私しかいないの……」

「でも……お前はまだ十六だ町に残って他の戦士を待つ事だって帰ってこなかった戦士たちの事を忘れたわけじゃないだろ？……」

「戦士たちはもう帰ってこなかった……なら次は私の番……水は流れて止まらない……そうでしょ？……」

「マリーナ」の声は震えていた、それでも瞳は揺らがなかった湖畔を渡る風が彼女の黒髪を払い青い瞳に映る決意を際立たせる

「カイル」は言いたかった「やめろ」「残れ」だが何も言えなくなった彼女の肩に触れる代わりに震える拳を握りしめて一歩退いた

「……戻ってこいよ必ず！……」

「うん約束する」

「マリーナ」は微笑んだ恐ろしさや不安や、あらゆる感慨が

しみじみとした気持になる入り混じった複雑な気持ち万感の思いが

こみ上げ、おののく心を隠しその笑顔には不思議な静けさと明鏡止水の心境な深さがあった

町を出る門を抜けると、そこには広大な竜が住んでいそうで空想的であり青き淵が朝の光を受けて輝いていた静寂の翼で清流の使者

水鳥が羽ばたき空へ舞い上がる彼女の歩みを見守るように天翔ける「マリーナ」は胸の石を握りしめ足を踏み出した

その瞬間、水鏡がわずかに光を放ち胸の石が脈打ち彼女の決意を祝福し震えきらめいた

湖畔を渡る風が黒髪を棚引き水の理に生まれた少女の旅が今始まろうとしていた