この退屈な夜を、君と。

きぬけろ

退屈だけが、そばにいる。

 空虚感が僕を襲う。まだ、なにか。何かが満たされないような、そしてそれは今後も自分の人生に現れることはないのだろう、と。そう思っていた。


 けたたましい音でアラームが自己主張する。世の中の人間で果たしてアラームの存在と、通学時刻を好きな者は存在するのかとふと考えてしまうほど、影宮光(かげみやひかる)・16歳の睡眠不足と学校嫌いは深刻であった。


もちろん、そんな人間がきらびやかな青春を過ごしているはずもなく、立派な陰キャライフを満喫...いや消化していた。そんな俺は、高校生にもかかわらず一人暮らしをしている。そのおかげ?で、一通りの家事はだいたいできる。というかできるようにならざるを得なかった、という方が適切だろう。こうなった原因は、両親の交通事故死なのだから。


「ちょっとごはん買いにスーパー行ってくるね。」

その言葉を最後に、二度と言葉を聞くことはなかった。

 人との別れは残酷だ。あれだけ大好きだった両親がある日ふと消える。泣いて泣いて泣いた。それでも泣き切れなかった。それから、人と必要以上に仲良くするのは止めた。もう、失いたくない。あの苦しみを味わいたくない。


….と回想をしていると、思わずあの時の絶望がありありと浮かんでしまう。これは精神衛生上良くない。


 私立星辰学園高校。またの名を”陽キャ率95%の魔境”(と勝手に呼んでいる)に、俺は通っている。5人に4人は恋人持ちのシェアに飽き足らず、放課後カラオケや公開告白は当たり前、1ヶ月に一度ぐらい謎の企画が始まったりあまりにテンションが高すぎる校内放送が流れたりもする。

(本当になんで僕はここに通っているのだろうか...)


そんな環境で光は「弱肉強食の理」を理解しているかのように、ひっそりと生きる戦略を取っていた。一緒に帰ろう、カラオケに行こう、あのドラマが...そんな会話を聞くたびに、祭りが終わった後のようなほんの少しの寂寥感を覚えた。


彼の思考は常に大人、というよりむしろ諦めや逃避といった言葉のほうが似合っていた。いくらなんともないよう振る舞っても、心はただひたすらに孤独だ。そんな状況でどうやってこの心の傷を克服できるだろうか。独りで飯を食べて、独りで時間を消化し、独りで帰る。そうやって、僕は生きている。


おかえりのない家にただいまを返す。戸の鍵を開ける時間は未だ家族がいない、という事実を想起させる時間になってしまう。雨はいつになく強さを増していった。


 重い腰を上げ、いつものように学校から少し離れたコンビニに足を運ぶ。家賃は叔父が出してくれていているが、生活費なんてもんはない。バイトは本当に僕の命綱だ。


 石をただ蹴りながら今日も到着したものの、なにかおかしい。いつも見ている裏路地、大量のビニール傘が投げ捨てられたほぼゴミ捨て場のような空間に、なぜか2人の人影が。見るからにガラが悪い男と、派手な化粧をした女子、そして制服がなんと俺の高校。しかも、聞こえてくる声が不穏―これは面倒な展開になりそうだ。


「お前、不良か?こんな夜中に裏路地で休憩してる割には結構かわいいじゃん。おれんち来なよ、なんか食わせてやるからさ」

女側はずっとため息をついている。このコンビニも治安が悪くなったもんだ。コンビニにしては結構治安よく頑張ってたはずなんだけどな。


「あの〜?」

声をかけた瞬間、相手の目がこちらを射抜いた。鋭いというより、ただ苛立ちを全面に押し出したような視線。


「は?」

始まってしまった。完全にケンカ腰だ。けれど僕は、日々のバイトで養った精一杯の営業スマイルを浮かべる。

「すみません、ここでやめていただけませんか。お知り合いではないようですし、近隣の方のご迷惑になりますので」

しかし、効果はないようだ。


「誰っすか? 関係ねーし。帰ったほうがいいんじゃないっすか? それとも、正義のヒーローごっこ?」

挑発的な笑み。僕の声は風船の空気が勢いよく抜けていくようにどんどん弱気になっていった。

「ですから——」なんとか抗いたかった。でも意味なんてなかった。

「うるせえなぁ!」

怒声とともに拳が閃く。反射的に体を引いたが、ドラマみたいに華麗なカウンターなんて決まるはずもなく——次の瞬間、僕は地面に叩きつけられていた。


視界がぐらぐら揺れる。

終わった。逃げ出したい。いや、まだだ。こうなったら、アレを使うしかない。恥なんてなかった。

「いった——! だ、誰か、助けて——!」

通りすがりの視線が一斉に集まる。相手の顔に露骨な「ダルい」の三文字が浮かび上がった。

「はぁ? マジでダサ……」

吐き捨てるように言い残し、彼は肩をすくめて小走りで去っていった。


気づけば、さっきまで絡まれていた人が小さく笑っていた。

「ありがとう。あんた、結構いいやつだね」

 その言葉は、なぜか殴られた痛みよりもずっと強く、ただはっきりと胸に残った。

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