血濡れた願いこそが自由だったー伊達政宗と徳川家光の秘密

月見里つづり

第1話 自分の思いに気づいてしまった


 伊達政宗は茶にも長けた男だった。

茶道が一流で、所作もしびれるような緊張感がある。

家光が伊達の屋敷を訪れたときは伊達政宗が茶を点ててくれる。

父との話の中で殺るならとっくにやってると言ったこともあり

 政宗だけは特別に茶を点ててもいいという空気があることが救いだった。


「伊達の親父殿は、なんでも出来る……戦がなくなってきてることもあってか

文は得意だが、武はというやつもいるし……」


「父が、武だけではなく、文も鍛えろというのを私に伝えておりました。

まあ、土地の問題もあるかもしれません……田舎者だからとバカにされるわけにはいきませんでしたから」


「伊達の親父殿は……」


「勇敢で優しい、私のために命すら投げ出せる人でした」


 穏やかで、しかしどこか憂いを帯びた声だった。

けれど、万感の誇らしさもある。

家光の前で、政宗はどこまでも、強い男だった。

年老いても芯のある声をしているし、その声を聞くだけでホッとする。


 家族というものがいるとしたら、こんなに気持ちは穏やかになるのだろうか。

家光はきゅっと肩をすくませた。

 身分としては、国を治める、もっとも強者としていえる立場だ。

 けれども、母猫が子猫の毛を、なめて毛づくろいするような

あの温かいつながりはてんで縁がなかった。


 父も母も弟に夢中だった。弟を将軍にしたくてたまらなかったのだろう。

祖父が牽制してくれたおかげで、自分の立場は守られた。

自分のことをあいつは嫌いだろう、自分もあいつがいるせいで、不安でたまらなかった。

昨今では弟の振る舞いが、増長して、まるで二人目の将軍となろうとしている。

 そのおかげで父は自分の方に期待をかけるようになった。


 だがそこには、幕府をつづけさせるという仕組みの維持を念頭にしていた。


「最近、鷹狩で無茶はしておりませんね?」


「大丈夫です! 親父殿にまたこっそり見られて、あとで言われたくないですから!」


「はははっ、よほどのお灸になったようだ」


 カラッとした笑い声が、本当に親父殿らしいと思った。

きっとこの人は、礼儀を加味しているとしても、それでもできるだけ

まっすぐに人と話そうとしているのだ。


 まるで空に飛び立つ、私の大好きな鷹だ。


「上様には大御所様がいるが、いずれはあなたが全部背負わないといけない。

だからこそ、隙を見せてはなりませんぞ、私のような危ないのが……」


「ならば、この茶に、とっくに毒がはいってるでしょう」


「上様も、達者な返しができるようになりました」


「……きっと、それはあなたのおかげでしょう」


 家光は茶器をそっと置いた。

この温かい空気があるからこそ、自分の心のしこりが

浮かび上がってきたんだと思う。母親の死がちらついた。


 父は幕府の存続のために私に目をむけるようになったが

母は、最後までどこか距離のある人だった。

 その愛は、弟に向けられていた。

だから自分は母が死んでも動揺できず、弟は心底悲しんだのだろう。

 そしてそんな弟を見て、自分は言いようのない……


「上様、どうされました? 体調が悪くなったのでしたら。人を呼びましょうか」


「あ、いや……なんでもない。ぼんやりとしてしまった」


「きっと疲れが出たのでしょう……精のつく食材があるので、包ませます。

上様には元気であってもらわねば」


 泣くものではないと思うが、何故か目元が潤みそうになる。

家光のそばには、今政宗しかいない。普段ならずっと誰かが

守るという名目でそばにいる。だがそのモノらに、自分の心は分かるだろうか。


「ここだけの話を、聞いてほしい……伊達の親父殿」


「はい……」


 家光のおぼつかない声の調子に、なにかとんでもないことが起きたのかと

親父殿は慎重な様子で向き直った。


「もし、私が……忠長を殺したい、と言ったら……どう思う?」



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