その令嬢は深宇宙に恋をする
科戸瀬マユミ
第1章
Echo-1 課程
俺、
この灰色の棺桶みたいな宇宙船。船というにはでかすぎて、軍艦とか、ビルとか、そっちをイメージしたほうがいい。とはいえ、俺の居住区画は、フツーの一軒屋くらいのサイズ。
そう、俺はこの船で生まれて、育ってるのに、フツーの一軒家とか、日常とかについて知ってる。それについてはこれから語るつもりだ。
お前たちのことは、末裔とか、子孫とか、何て呼べばいいだろう?
正確に言うと、遺伝的には子孫とは呼べないだろう。この超高層ビルみたいな宇宙船に積まれた、膨大な遺伝子のプールからだと、俺とお前たちの関係性なんてほとんどないだろうから。
3年前に俺は<課程>を終えた。そして真実へと目覚めた。それは新たな生であり、同時に死だった。<課程>を終え、<引継ぎ>行った。俺の父親との、最初で最後の対面だった。
父親と呼ぶには、あまりにもよぼよぼだった爺さんは、<ベッド>に内蔵された生命維持装置でかろうじて生きている、ゾンビみたいだった。まさに生命というエキスを絞り切った、道脇に落ちてる、湿ったティッシュとか紙みたいな状態だった。
その爺さん兼、父親兼、元人類の最後の生き残りは、かろうじて聞こえる声で、俺に囁いた。そして息を引き取った。火葬もない、土葬もない。なんと、宇宙葬をするのももったいないらしい。無慈悲な設計者(もしくは創造主か?)によるとな。だからおれは爺さんをプロトコル通り棺桶に突っ込んだ。
それはほんとに火葬炉みたいな見た目だが、実際は火は使わずに、あらゆる有機物を還元する。食べたら出るもの以外に、処理したい物がある時に使うんだが、埋葬以外に使うことはあるんだろうか?
その父親と、俺からでた老廃物たちは、船内でリサイクルされ、再構築されてキッチンから捻出される。加工とか、調理とか、そんなんじゃなくて文字通りに、捻出だ。どうして賢い創造主は、咀嚼や消化器官まで切除しなかったんだろうか?脳だけをプールに浮かべなかったんだろうか?この箱舟のリソースを切り詰めて、ちょっとでも航海距離、探査範囲を広げたいなら。
このピラミッド規模の墓標の管理人に与えられた仕事は、ほとんどない。この<ログ>を書くこと、膨大な量のマニュアルを読むこと。そして、船に関するあらゆる数値が網羅されたコンソールを確認すること。異常な数値なんて出たことがないが。
ほかにやることと言えば、都市規模の記録された遺伝子たちと、その持ち主の記録を読むことくらいだ。暇を持て余した俺は、英雄譚を作ることにした。これは神話かもしれない、お前たち子孫に語り継がせるためのものだ。
残念ながらこの墓標の管理人の責務には、生物学的な重要イベントは含まれておらず、当然その報酬たる一瞬の快楽も保障されていない。
あるのはこの無限の魂からペアを選出することだけで、できた魂は<ゆりかご>の中に誕生し、<夢>を見る。そして、その成長過程において<課程>を終えたら、無事に30862代目の管理人として、終身就役する運びとなる。
そして、最後は俺が土葬炉の中へと押し込まれるわけだ。
コンソールの数値、オールグリーン。船体、機関、生命維持、遺伝子プール、すべて異常なし。昨日も、一昨日も、俺が生まれる前から、ずーっと異常なし。
果ての無い思案と、小窓から見える宇宙と、ログという聖典の執筆を終えた俺はシャワーを浴びる。キッチンから捻出された有機物をなめて、咀嚼と消化という機能、空腹という生理現象を外せなかった創造主を呪う。
無菌のショールーム、それが孤独なテーブルから見える景色だ、そして俺の本当に知っている世界の半分だ。あと半分は、コンソールルームと、そこに眠る記憶たち。
リビングを抜け、俺はまっすぐ<ベッド>へ向かう。亡骸を押し込んだ土葬炉とよく似たデザインの、白いFRP製のカプセル。違うのは、有機物を分解する機能の代わりに、脳神経へと直接情報を送り込むためのインターフェイスが無数に埋め込まれていることだけ。
一日の終わりに、<ベッド>へと向かい、深い<眠り>に落ちる。
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