猫の強請屋 | 三題噺Vol.17

冴月練

猫の強請屋

📘 三題噺のお題(第17弾)

割れたコンパス

真夜中の踏切

赤い封筒

―――――――――――――――――――――――――――


【本文】

 金曜日。帰宅してポストを開けると、もはやお馴染みとなった赤い封筒があった。可愛らしい猫の肉球マークがムカつく。

 近藤絵里香こんどうえりか。ごく普通の中小企業に勤める会社員だ。唯一普通じゃない点を挙げると、強請られているということだ。


 アパートの部屋に入ると、ため息を盛大についた。

 明日は会社の何名かで遊びに行く予定だ。気になっている営業部の小林さんも参加するから、楽しみにしていた。でも、この封筒が届いた以上、キャンセルするしかない。

 スマホを取り出すと、家庭の事情で行けなくなったとメッセージを送った。悔しくて涙ぐむけど仕方ない。何しろ相手は命の恩人だ。




 話は半年ほど前にさかのぼる。

 その日は珍しく電車通勤をした。この街は地方都市としては大きいが、車がないと生活しづらい。

 帰り。酔っぱらいに突き飛ばされ、線路に転落した。そこでに助けられた。でも、電車は余裕で私の手前で停車した。路面電車だったし。


 だが、ヤツは私の前に現れ、対価を要求した。

 私は反論したが、結局対価を支払う約束をした。




 翌日の土曜日。

 早朝から車を走らせ、市場へと向かった。魚を吟味して選ぶ。鮮度が大切だ。以前、適当に選んだら、顔に魚を叩きつけられた。

 次は山に向かった。ヤツが喜ぶ植物を、無表情で黙々と採取する。


 帰宅して入浴した。時間はまだある。

 ヤツからもらったコンパスを取り出した。蓋が付いていて、蓋には可愛らしい猫の肉球マークが彫られている。再び私はイラッとする。

 蓋を外すと、ガラスの割れたコンパスが現れる。私が割ったわけではなく、初めから割れていた。

 アパートのどちらが北か知っているが、コンパスは北を指さない。それどころか、ゆらゆら揺れている。いつものことなので、放っておく。


 市場で買った自分用の食材で夕食にした。

 いつもより豪華な夕食。でも、これくらいのご褒美がないとやってられない。


 コンパスの針が動いたのは、夜の11時過ぎだった。いつも通りだ。

 市場で買ったものと、山で採取した植物を車に積み、コンパスの針が指し示す方向へと走り出した。


 辿り着いたのは踏切。いつも通り。

 もう終電は終わっている。

 人の気配が無いのもいつも通り。


 少しして踏切が鳴り始め、遮断機が下りてきた。

 そして、1台のトロッコが滑るように私の前に現れ、止まった。いつもながら、どういう理屈で動いているのかわからない。

 なのに、それに慣れている自分が嫌だった。


「はぁ~い。え~りかちゃん」

 ヤツが馴れ馴れしく私に挨拶する。

 アロハシャツを着て、サングラスをかけた虎猫。仰向けに横になって、くつろいでいる。人間の言葉を話していることに、もはや違和感を覚えない。

「いつもの持ってきたわよ。はい」

 無表情かつ無感情に持ってきたものをヤツに渡した。


「あ~りがとぅ、え~りかちゃん」

 言い方がムカつく。

 ヤツは中身を吟味する。

 ヤツのラジカセからは、いつも通り懐メロが大音量で流れている。今日は加山雄三だ。こんな大音量なのに周囲の民家から人が出てこないのは、コイツが物の怪か、八百万の神だという証拠だろう。私にはどうでもいいけど。


「素ぅ晴らしい品だ、え~りかちゃん」

 満足したらしい。なら、さっさと帰って欲しい。


 その時、ラジカセの音楽が止まった。

「あ! ちょっと待ってて、え~りかちゃん。MD取り替えるから」

「MDだったの?」

「そう。虎々ここのサマーセレクション! 素ぅ晴らしい選曲だろ?」

 虎々という名前だったのか……初めて知った。心の底からどうでもよかった。


 ラジカセからは、「め組のひと」が流れ始めた。

「さぁて、え~りかちゃん。君の支払いも、こぅれくらいでOKにしてあげようかな」

 ヤツ……じゃなくて虎々がそんなことを言いだした。

「え? いいんですか? ありがとう御座います」

 人間のプライドを捨て、虎々にこびを売る。


「い~いよ、え~りかちゃん。君は人間風情の割にはよ~く働いた。褒~ぅめて使わすよ」

 そう言って、初めて虎々はサングラスを外した。

 その顔は、猫以外の何者でもなかった。


 こうして私は、猫の強請屋から解放された。




 今は都会の繁華街でペットショップを経営している。

 主なお客様は、キャバクラ嬢と、彼女たちに貢ぐ客だ。猫を循環させ、利益を得ている。

 猫を使っていかに稼ぐか。それが私の人生テーマだ。


―――――――――――――――――――――――――――


【感想】

 お題の3つは不穏な感じで、ホラー路線を最初に考えました。

 でも、出来上がったのは鬱陶しい猫の強請屋に取り憑かれた女性の話。

 虎々のしゃべり方は、私の頭の中ではもっと鬱陶しいのですが、文章ではこれくらいになりました。

 絵里香の逞しい感じも好きです。

 良い出来だと思っています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫の強請屋 | 三題噺Vol.17 冴月練 @satsuki_ren

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ