夢の世界でまた歩けたら

夜宵 恋兎音

第1話 夢の世界

 夢を見た。

 僕はある日から見た内容を覚えていられる限り、ノートに書くようにしている。

 「今日見た夢は__」

 7月14日(月)

 今日の夢は、久しぶりに歩夢と会った。久しぶりと言っても、夢の中で会ったのは初めてだけど。夢の世界の歩夢は生きていた頃となにも変わらない。平均よりだいぶ小さい身長にパッチリした目。肩くらいに伸びた髪の毛はウルフカットだ。あの頃と変わらずいつも笑顔でまぶしい存在。

きっと幼馴染という関係がなければ一生関わることのなかったような存在。

そしてもう2度と、僕が歩夢の夢でも観ない限り会うことはできない。

夢の内容は大したものではなかった。僕のいつも通りの日常に彼女が居ただけの、くだらなくて、もう望むことのできない日常。

 握っていたシャーペンを一瞬強く握りしめてため息をする。

イスにもたれて天井を眺める。

 「__歩夢。………準備しないと」



 今日は朝から何となく気が重い。

歩夢の夢を見たからだろうか。なんだかいつも歩いてる道のはずなのに今日は何となく目に見えている景色が少しぼやけているような、モヤがかかっているような、そんな風に感じた。

 「視力でも落ちたか」

 なんて独り言をぼやきながらいつも通り朝一番に教室に入ったはずだったのだが__。

 「えー視力落ちたのー?」

 「__えっ?」

 彼女に声をかけられて顔を上げて、顔をみた瞬間、世界から音が消えた感覚が走ったと同時にさっきまでのボヤが一気になくなり世界がはっきりと見える。

 窓から夏の生暖かい風が吹く。

 肩に掛けていたスクバがズルっと落ちる。

 聞き覚えのある懐かしい声が聞こえる。

 見覚えのある久しぶりの顔が目の前にいる。

 動揺して目を見開く。

 ぽかんと小さく開いた口が閉まらない。

 思わず一歩後ずさる。

 居ないはずの君が、教室の一番後ろの窓側の席に座っている。

 「あゆ、む?」

 「なーに動揺してんの。歩夢だよ」

 「夢の中に、入ったのか…?」

 「夢の中?ここは現実だよ?__」

 教室に座っていた歩夢らしき人はなにか言葉を続けていたが驚きのあまり、とっさに教室を飛び出してきてしまった。慌てて駆け込んだのは、図書室だ。

 「息を切らしてどうしたの?」

 「斎藤さん…。もしかしたら、夢の世界に入ったかもしれないです」

 この学校の図書室の管理をしている斎藤さんは、僕が学校内で唯一気楽に話せる人物で、よく図書室に来て話したりしている。

朝はいつも荷物を置いたら図書室に来て斎藤さんと話しているか本を読んでいるか、テスト週間には勉強をしている。だからとっさに足が進んだのも、図書室だった。

 「夢の世界?ここは現実だよ」

 あぁ。そうか。斎藤さんには歩夢の話はサラッとしたことはあったけど、夢の話は一切していない。

 「すみません、独り言です」

 「全然いいのよ。それにしてもそんなに息を切らして来るのは初めてね。今日はどうしたの?」

 「あー、えっと。教室にもう人がいてびっくりしちゃって」

とっさにそう言っけど、さすがにそんな理由では誤魔化せるはずもなく、どうしようかと考えていたけど、斎藤さんは「そうなのね、いつも1番乗りだもんね」と言ってそれ以上は何も聞いては来なかった。

 「何かすることはありますか?」

 息も整ってきたので、何か手伝えることはないか聞いてみたけど、さっきの様子を見てなのか本当に今日は仕事がないのかは分からないけど

 「今日は何もないから大丈夫だよ。今日は走ってきて疲れてるだろうしゆっくり座ってなさい」

と言われてしまった。

正直、なにかして一旦気をそらして落ち着かせて、そしてまたさっきの事についてゆっくり考えたかったのだけど、いつも仕事はないと言われたら大人しく引いているので、いきなりグイグイいくことはできなかった。

 「そう、ですか。……じゃあ」

 そう言って今日は昨日読んでいた本の続きを開くけど、全然頭に入ってこない。

教室に居たのは、歩夢だったよな。

見間違えるはずがない。だって、ずっと会いたかった。3年間、彼女を忘れた日なんて1日もなかった。でも2度と会えるはずはないんだ。

 だって彼女は__。

 なんて読み進まない本を開いたまま頭に入らない文字を眺めながら考えていると、突然ガラガラと図書室が開く音が聞こえた。

朝から図書館に人が来るなんて珍しいな。

 ゆっくりと顔をあげるとそこには、さっき逃げてきた歩夢の姿があった。

 「失礼しまーす。……って、あぁっ!居た!博也、探したんだよ」

 と言いながらはぁはぁと少し息を切らしながら、手で首元をパタパタさせながら僕の座っている向かいの席に座る。

動揺で足が動かなくて今回は逃げることができなかった。

 「あゆ、む?」

 「ねー、それさっきも言ってたよ。ふふっ、私は歩夢ですよー。きっと博也が考えてる、佐々波歩夢です」

 「そっ、か。じゃあ夢の中に入ったってことか…?」

 「夢の中?何言ってるの?ここは現実だよ?」

 「いいよ、夢の中ってとゃんとわかってるから……。それに、それを自覚できるのはきっと僕だけ…あいたたたた!なにすんだよ」

 「あはは!夢の中だって言うからつねってあげたんだよ。痛いなら、ここは現実だよ!だって、夢の中じゃ痛くないって言うでしょ?」

なんて自慢げに言う歩夢。ほっぺが痛くて手でさする。

 「それはそうなんだけど…。まぁいいや。ここは現実だね」

 「よろしい」

 ふふん、となぜか得意げかつ上から目線にはなす歩夢。だけど、僕は知っている。この世界は夢の中の世界で、歩夢も斎藤さんも僕の夢の中で作られたんだ。

 あの時歩夢が言っていたことは本当だった。

 なんでこれが夢だって言い切ることができるかって__それは、歩夢は現実ではもう、3年前に病気で亡くなっているから__。

 だからあの日、歩夢が言っていたことを信じてノートに夢を書き続けた。また歩夢に会えると信じて。

そしたらどうだろう。本当に夢の世界で意思を持つことができてしまった。

しかし、夢の世界で自分がどれだけの期間意思を持っていられることができるかはわからない。

これがきっと歩夢に会えて、話せて、一緒に学校生活を過ごすことができる最後のチャンスだ。

それが夢の世界だっていい。

もう一度、君の横を歩けるのなら。

そしてきっと、今度こそ君に気持ちを伝えるよ。

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夢の世界でまた歩けたら 夜宵 恋兎音 @YayoiKotone

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