これはただの青春譚

大地ノコ

初めての友達!?

「おい! そこのお前に話しかけてんだよ!」

 

 少年は目覚めると同時に、訳の分からないセリフを吐き出した。

 

「違ぇよ、訳わかんねぇわけねぇだろ。お前が一番わかってんじゃねぇのかよ」

 

 ぶつぶつと呟きながら、少年は顔を洗うためにベッドから出る。

 

「勝手にストーリーを進めるな!」

 

 頭に冷水がかかるその度に、自分の意識が明瞭としてくるのが分かる。その感覚が面白くて、何度も水をかけ続ける。

 

「うぼぼ。言葉を封じてんじゃねぇよぼぼぼ。クソがぼぼぼ」

 

 ……………………。

 

「やっと黙ったか。ちくしょう、俺はお前の言いなりにはならないからな、作者!!!」

 

 …………これは、そんな少年の、ただの青春譚だ。

「ちげぇから! 絶対抜け出してやる! こんなクソみてぇな世界!」

 

「あんた、早く学校行きなさいよ!」

 少年の耳に母親の言葉が飛び込んだ。少年は慌てて身支度を終わらせる。

「母ちゃん持ってくるのはずるいだろ……」

 

 母親の愛を小さく感じながら、行ってきますという言葉と共に、扉を開けた。今日は高校の入学式を終えて翌日、初めての授業なんだ!

「勝手にセリフを言わされるのが1番腹立つ……」

 

 …………チッ。

「舌打ちした!?!? 地の文が舌打ちした!?」


 ♢


「はーい、それじゃあ皆さんで自己紹介をしましょう」

 

 入学式の日は時間が無く、少年はまだ誰の名前も聞いていない。それどころか、緊張のせいでろくにクラスメイトの顔も覚えられていない。

「この作者、都合が悪くなったから場面飛ばしやがったぞ」

 

「そこ! ブツブツ喋らない!」

「先生使って攻撃すんなよ……はい、すいません」

 早速怒られてしまった少年は、目に涙を浮かべながら出席番号1番の自己紹介に耳を傾ける。

「泣いてねぇし……クソッ、地の文の権力が高すぎて、涙が……」

「初めまして。愛生 絵尾あいう えおです。趣味は五十音表を鑑賞することです」

「えぇ、青春モノにしたいのかギャグ作品にしたいのか、どっちなんだよ」

 

 涙ながらに語る少年は、鋭い目線で隣に座る男子を眺める。

「登場人物が2人になったせいで、少年と男子とでズレが生じてるじゃねえか」

 

「ねぇ、君。名前教えてくれない?」

「え、自己紹介でいいじゃん」

「いいから、ほら!」

 

 男子……隣に座る生徒は微笑みながら強引にそう迫った。

「もしかして、さっき言ったこと気にしてるの? 名前イベントを発生させて、齟齬をなくそうとしてるんじゃ……」

 その言葉を言い終わるか否かのタイミングで、隣の生徒は名前を告げた。

「図星じゃねぇか」

 

「俺、多田日 真人ただひ まなひと

「これやっぱりギャグ作品だろ……」

 少年は握手を求めながら、微笑んで自分の名前を告げる。

 

「俺、亜 明あ あ。よろしく」

 

 …………は?

「へへっ、見たか作者め。この世界じゃ、全てが先に言ったもの勝ちなんだよ!」

 

 …………もうさすがに我慢できない。なんなんだよお前!? 私はただ、普通の日常青春作品が書きたいだけなのに! なんでお前に自我が生まれてんだよ!?

 

「おっと、作者さんが遂に話しかけてくださった。どうよ!? 自分が翻弄される側になる気持ちってのはさ!」


 第一、私の中でお前の名前はとっくのとうに太宰乱歩で決まってたっていうのに!

 

「やっぱり作者さんさぁ、あんた小説書く才能ないよ。全てが中途半端すぎるし、変にギャグ要素入れて寒くなってる」

 

 うっさい!!! もういい。こうなったら、作風ごと変えてやる!


「ちょっと! 明くん! うるさいですよ。そんなんじゃ、最強の殺し屋になる夢が叶えられないんじゃないですか?」

 先生が、大声でそう叫んだ。……わざわざ地の文の体裁装わなくていいや。

「は? 先生、別に俺そんな夢ないですけど」

「この学校、殺し屋育成高校なの知らなかったんですか!?」

 どうよ、この変更! 導入が汚すぎるけど仕方ない。だってこれは、太宰乱歩、お前をぶっ殺すための調整なんだから!

「部外者じゃ仕方ないですね。ちゃちゃっと、先生が片付けてあげましょう」

「は!? 俺に戦闘スキルなんかあるわけないだろ!?」

 よっし! この世界じゃあ言った者勝ちって、さっきお前が言ったんだろ!? お前がそれを言ったことによって、本当にお前に戦闘スキルは無くなった。もう終わりだ!

 教師は、とても巨大な銃を素早く構え、そして引き金を引いた。

「クソ! こうなったら……」

 

 その銃弾は、

「俺には効かなかった」

 

 は!? 何で地の文に被せて言ってんだよ。

「たまにあるだろ? こういう、地の文の保管をキャラクターがする演出。権力は地の文が上でも、セリフとしての優先度はセリフの方が上なんだよ!」

 

 まずい、このままじゃ、教室までぐちゃぐちゃになっちゃう!!!

 

「そもそも、地の文が話し始めた時点で、この小説自体がぐちゃぐちゃになっちまったよな?」

 それは、一体……?

「だから、終わらせなきゃだろ、この物語を。 小説を終わらせる、最強の呪文ってのがあってだな……」

 まさか……やめろ!!! 初の作品が、打ち切りであって溜まるか!!!

「俺たちの戦いはまだ、はじまったばっかりだ!!!」


 やめろぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!


 〈了〉

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