第19話:どちらの道にもある不自然
「僕におごる機会を逃したみたいだな」
帰りに寄ったスーパーで涼しさを堪能しながら、
「もう少し喜んでくれよ」
「喜んでいるさ」
「それなら、もっと」
「そんなこと言われてもな」
そう言って、深串は金髪に覆われたこめかみを叩き始めた。
「もしかして、今回も気になる部分があるのか」
「よりによってこの僕に正直になれというわけか」
深串は肩を竦めて鼻から笑い声を漏らしたが指は止まっていない。
しばらくして、深串は細い腕を下ろした。
「なあ、ヒグマって忘れ物するタイプか?」
「急だな。人並みだとは思っている」
「じゃあ、忘れ物をするときってどういうときだ?」
「どういうときって、そうだな、他のことに集中していたときとか、ぼーっとしていたときとかかな」
「そうさ。忘れ物っていうのは気付かないからするものなんだ。ところで、音楽室から漏れるくらい大音量で鳴っているものって忘れそうか?」
「……ふむ」
確かに、一回停止してから外へ出るのが普通だろう。
「いちいち止めるのがめんどくさかったとか」
深串がぱっと切り返す。
「それと、キーボードのピアノがモノホンの音だったらピアノは不要になるよな」
「キーボードとピアノを聞き間違えるはずがないってことか?」
自作のピアスが頷きで揺れる。
「さらに言うなら、キーボードはそれなりに大きい。音楽室に入ったら分かるもんだと思うんだよ」
照明が消された暗がりを、窓からの光で照らされた音楽室を想像する。わざわざピアノの奥という狭い空間を使うことはないだろうから、室内の中央あたりで演奏するだろう。そうなれば、ピアノの奥が見えるほどの明るさがあればキーボードだって見えるはずだ。
「まあ、鍵盤の聞き分けもできない耳をした怖がりさんが、ビビりながらもドアからそっと顔を出して、キーボードに目もくれず人のいないピアノだけを見て、慌てて逃げ帰ったって線もあるにはあるんだけどさ」
そこに、キーボードの自動演奏を流したまま軽音部全員が外へ出ていて、けれど照明はしっかりと消しているという条件まで入る。確かに可能性はあるが、一体どれほどのものだろうか。
「なあ、深串はやっぱりフィクションだと思うか」
すぐに頷くだろうと思いながらも投げた質問だったが、意外にも深串は首を傾げ、眉をひそめて答えた。
「それにしては、ずいぶんと具体的なんだよな」
「どの部分が?」
「曲名が指定されているところだよ」
日暮はその言葉を咀嚼するのに少し時間を要したが、「ああ」と呟いて首肯した。
オカルト研究会に入ってから、七不思議についてある程度は調べていた。
一般的な七不思議では、ピアノが鳴る噂が入っていても曲の指定まではされていない。そうすれば幅を持たせることができるため、たとえば、何かの拍子に楽譜が落ちるような偶発的な出来事でピアノが鳴ったとしても成り立つようになる。ゆえに、どういう音、あるいは曲が聞こえたかまでは、おそらく意図的にぼかされているのだろう。
その一方で、この七不思議では『別れの曲』と明確に示されているのだ。
オカルトによるものだとしても、そうでないとしても不自然な部分がある。
口を真一文字にして黙りこくってしまった日暮に、深串は大きな背中を軽く叩いて慰めた。
「まあ、考えてもどうしようもないことはある。当事者じゃないんだからな。ただ、オカルトじゃないと言い訳が付かない事柄を見つけることが目的なんだろう? 可能性がいくら低くても、現実的にありえるんだったらひとまずは受け入れておくしかないさ」
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