第4話:二人三脚

『トイレですすり泣く声』の検証が終わった日、日暮ひぐれは休み時間で入会届を記入し、帰りのホームルームが終わってすぐに雪森ゆきもりへ提出した。

 雪森は入部届ではなく入会届であることを念入りに確認して、柔らかい笑みを浮かべた。

「先生にとっても嬉しいことです。ぜひとも、七瀬川ななせがわさんを支えてくださいね」

「はい!」

 教室から郷土資料室へ向かう道のりは、前回よりも短く感じられた。

「ヒグマくん。お疲れ様!」

「お疲れ様です」

 日暮が手前側の席に座ると、七瀬川はかばんを机に置いて、せいかノートを取り出そうと探った。

「また見学に来てくれたんだ」

「いえ。もう入会届を出しました。これからよろしくお願いします」

 日暮は頭を下げたが、上げてみると予想に反して、七瀬川は喜んでいるような、困っているような顔をしていた。ノートを鞄から取り出そうとした格好のまま固まっている。

「入会、したの?」

「はい。まずかったですか?」

「まずいというか、私としてはとっても嬉しいんだけど……」

 ゆっくりとした動作でせいかノートが机に置かれ、鞄が椅子いすの下にしまわれる。まるで、次の言葉に悩んでいるかのように。

「その、どうして?」

「どうして、と言いますと?」

「部とか同好会の選択って、その、大事なんだよ。面接のときに質問されるはずだし、あと、大人になってからも、影響があると思う」

 目も合わせず、七瀬川はたどたどしく言葉を並べていく。日暮はどうにか意図を探ろうと、らされた目をじっとみつめてみたが、いまいちピンと来なかった。

 しばらく七瀬川は口を閉ざして頭のお団子を揉みながら回していたが、言葉がまとまったのだろう、日暮へ真剣な眼差しを向けた。

「あのね、オカルトは陰気で、怪しくて、胡散臭うさんくさくて、将来の展望がないっていうのが世間一般のイメージなの。オカルト研究会に入るってことは、ヒグマくんにもそのイメージが付いちゃう。友達付き合いにも影響が出るかもしれないし、大人になって後悔するかもしれない。何より、進路の妨げにだってなるかもしれない。一年生だからまだ実感はないと思うけど、三年生の私からすると、どうしてももったいない気がするの。私からはヒグマくんが実直な人に見えるから、余計に」

 本気で将来を案じている声色。

 しかし、机上でぎゅっと握りしめられた拳が語っている。本当は会に入ってほしいと。一緒に活動していきたいと。

 日暮は口を開いた。

「『トイレですすり泣く声』の検証が終わったあと、協力してくれた友人が教えてくれたんです。ブライトな顔をしているって」

 驚いたように薄い桃色の口がわずかに開き、固く握られた小さな両手が緩む。

「だから、どんなイメージが付いたとしても、友人がいなくなったとしても、俺は自分が信じた道を進みたいです。その道を、俺はこのオカルト研究会に、七瀬川先輩に見出しました。それが『どうして?』への答えです」

 ここまできっぱりかつすらすらと言葉が出ることに日暮自身が驚いていた。その一方で、胸の底から溢れ出た言葉でようやく、心に揺らぎがないことを確信できた。

「お願いします。俺をここに入れてください」

 日暮は膝に両手を置き、ひたいが机に付きそうになるほど深く頭を下げた。

 しばらくすると、突然に前方から何かが弾けたような音が聞こえ、日暮は思わず顔をあげた。

「暗いことばかり言っちゃったね、ごめん」

 七瀬川の顔を見て、日暮は目を見開いた。白い両頬に赤い跡が出来ている。先ほど聞こえたのは、何かの迷いを吹っ切るために彼女が自身の頬を叩いた音だったのだ。

「私も腹をくくったよ。だから、一緒に解明しようね。この学校の七不思議について」

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