《アルケミストブラッド》世界にたった一人で戦う皆様へ、僕から送るOverturned.

空堀 恒久

第1話

 彼は最初に息苦しいと思った。次に胸と頬が冷たい。

「……暗い」

 年の割に小柄な身体を金属質な床にうつ伏せに眠っていた異常性に恥じて、周囲を見回してその場所に見覚えのない何も無い倉庫のような場所とだけ思った。


 ジクジクと……頭の後ろの方で鈍痛で目覚める前の最後の記憶が寮内でキリルと挨拶をして部屋に戻った直後に感じた痛みであることを思いだす。


「口の中を切っているな、どうりで頭がボンヤリしてきているのか」

 ナギサは塞がりかけの口の中の傷を治癒させるか一考し、自らの血の持つ特異性を考慮して、『お前達の欲しかったものは実は口腔内に隠していた』と偽りのエピソードを用意するために傷を残すことにしたのだ。


(しかし、自分の体から出た血を飲むだけで鎮静剤を打ち込まれたように視界が重たくなって、眠くなるのはどうにかしたいけど)


 普段そういう悪影響をなんとかするために掛けていたデバイスは首に掛かってない事に指をさみしく鎖骨から空を撫でる。


「よりにもよって誘拐されるときに外されてしまったらしい、壊れてたら嫌だな。アレの材料高たいし」

 ナギサ部屋着のままここに連れ去られたのだと結論付けて立ち上がって横に延ばした手で壁に押し付けてバランスをとる。

「おっと」


 まるで地面がぐらついたように脚がもつれている。ナギサは頭の鈍痛に意識を巡らた。

 身体中の細胞内に内包されるミトコンドリア状のマギオン器官をから生み出される力で行使する。治癒の術だ。

 手のひらの内に溜めたマギオン術の効果で後頭部を押さえるだけで、痛みは完璧ではないが徐々に引いていくことを感じた。


「フラフラするな」


 自らの血の毒性の影響か、頭の痛みでどうにかなってしまったのだろうか? ナギサが生まれて初めて感じるグラグラとする感覚から逃れられない。

 扉に手をかけると向こう側から何かが動く気配がする。よく見ると扉には横長の監視用の窓みたいなものがある。


「目がさ――――」


 扉越しの何者かを狙って拳を振るう、腕に纏った物質を分解、霧散させる力場「消散」の高等マギオン術によりケーキにバターナイフを通すようにサックリと扉は砕けて、男の腹へナギサの拳は貫通して、腸を引き裂くか悩み、マギオン術で作った昏倒させる簡易麻酔のような薬剤を設置して指を引く。


「なっ!!」

「ガキが、いきなりなにを!」


 見張りがまだいた。

 彼らが電撃と鎖のマギオン術を行使して壁をそこら辺にあったテーブルなのか椅子なのかも判別できないような台を破壊しながらナギサを絡め取ろうとするが、鎖はナギサに触れる直前で霧散して、鎖を伝った電撃はナギサが鎖に触れた瞬間消失する。

 それだけじゃない、電撃は流し続けることで熱を与える攻撃なのだ。エネルギーの影響を制御する「緩衝」のマギオン術に一度に大量に消費されたらマギオン器官の過剰活動を促し、カロリー不足により人体の意識は停止する。


「これはっ、うぶぶ、ぶぶぶぶ、なんで高度な術を!!」

「電撃を、お、止め、……」


 言い切る前に電撃を出してた数名は気絶する。もしかしたら、なにが怒ったかもわからず、気絶しかもしれない。わずか一人電撃を使わず金属を生成加工だけしていた男が自分よりも頭1つよりも幼い可憐な見た目のナギサを前に尻餅をつく。


「ひ、や、やめ、降参です! 俺もこれで雇われでさぁ……命までかけてアンタみたいなお人に歯向かいやしませんぜ」

 ナギサは会えて何も答えない。言葉に価値があるようなことを言えるなら、最初から襲ったりしないはずと考えているからだ。

「雇い主のことだって、言っちゃいますぜ? 知りたいでしょう? なんで襲われたかとか、いろいろとさ」

 なにを言ったとして信用できるという思考にはならない、男の斜め後ろの扉に手をかける。


「隙ありぃ!」


 「消散」のマギオン術は誰にでも習得できるが、高等マギオン術と分類される程度には習得難易度が高い。故にこんな技は軍人でもないと習得しない。翻して言い直してしまえば、「消散」が使える相手はこの世界において、鍛えられた軍人並みの実力があるということだ。

 そこら辺のチンピラでしかないと認識されているであろうこの男にある圧倒的な強者へ向けた勝ち筋は騙し討ちだけなのだ。

 一見無敵に思える物体による攻撃をほとんど無効化する「消散」にはいくつかの弱点がある。

 体のどこからでも発動できるがタイミングと位置を能動的な意識しないと発動しないことと、マギオン器官が活動している持つ人間の細胞を分解できないことだ。

 故に、拳のマギオン器官を活性化させながら、電撃で筋肉を収束させた高速の拳! 電撃のマギオン術の素養のある男は、目の前の小娘がいくらマギオン術を鍛えていようとこの拳で確実に仕留めたと思った。


「なに?」

 男の拳は目の前の未熟で滑らかな手触りながろも白魚のように美しい形の指に覆われ止められた。


「隙があるように見えたのか?」

「ぁ、あぁ」

 心底馬鹿にしたセリフ、普段の男ならこんな小娘にしかみえない子供にこんなことを言われたら激甚の感情を巡らせて噛みついていただろう。

 だが、掴まれた拳が教えてくる。こいつと自分と力の差は本当に隔絶した壁のようなものがそびえ立っていると。

「ひっ、えっ……あっ! 小娘、俺はっ!」


 ナギサのマギオン術の適性属性は「身体操作」である。身体操作はできることが単純なようで比較的多様な属性で、

 どの適性をもつ者でも使う身体能力の強化させるマギオン術の適性が高いというのもあるが、五感を研ぎ澄ませ精密な作業を可能にして外科的な治療に用いたり、治癒能力を高める自然治癒に半年もかかるような傷を数秒で済ませる内科的治療のためのマギオン術に用いたりすることができる。


 そして、他人の傷を治癒する術が使えるということは、五感の一部を研ぎ澄ませる術を他人に使うことができるということだ。

「ヒギャッ! なにがぁ!? 起きて」

「いくら僕が美形だからって女の子と間違えるのはないんじゃないか?」

「ギャアアアアア! あぁぁ!? え、あれぇ? はぁぅん!!」

「まぁ、こんなことをする悪党に寄る女が僕よりも美形ではなかったと思えば悪い気分じゃない」


 男は腕が握りつぶされたのかと錯覚した。人生で一度も経験したことのないような痛みで腕がおかしくなったからだ。

 離された腕を抱え痛みでのた打つ前に、更なる痛みが襲う。腕を抱えた胸も、腕を押さえた反対側の手も床と設置している足も、体重を支える体の全身という全身が痛みを訴えている!


「ぅぅ腕が……ぁぁ!? 砕かれ、はぁ? ぐへぁ、あぁ! 痛、痛い!! 痛い痛い痛い痛い痛い! 痛いぃぃぃ!! 話が違う! 話が違うであります! こんな、戦闘能力がないから追撃だけ注意しろって命令だっただろうがあああああああ!! なぜだああ!」


 実際は傷など負っていない。ただ、痛いような気がするだけだ。

 のたうつほど床や衣服とふれる肌が、何か言おうとするとその喉も舌も、無意識にまばたきした瞬間から目の中の奥の方まで痛みで染め上げられる。

 ただ、痛いのではない。男が想像できるかがり「痛いような気がする」だけの誤認を促すマギオン術を手の甲からかけられたのだ。

 男が気絶するか、マギオン器官が衰弱するまで男はのたうち回る。ただし、男がそう認識でしているだけで体も五感も痛みを感じていないから男狂えない、気絶もできない。

 ただ、マギオン器官が脳に誤認させているだけの激甚の苦しみで悶えるのだ。


「しばらくそこでそうしてて」

「お前はいったい! 何者なんだよぉお!」


 ナギサとしては脱出と同時に助けを呼び、警官から捕縛して事情を改名させるために後で捕まえやすいように丸一日悶えるようにしておけばいいだろうと言う話だ。

 嫌いな相手を合理的に無力化して逮捕して犯罪の背景を調べられるなら素晴らしいことだろう? 良い教育者に恵まれた彼はそういうマギオン術をいくつか習得している。だから、彼にとって弱い上に暴力しかないゴロツキ真の弱者を心の奥底から見下せるのだ。


 ◆

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