テイク-27【危険な魔法、ブレーキ壊れそう】
「杖が喋ってる」
龍二の口が半開きになったまま固まっていた。瞬きが一拍遅れ、声は戸惑いを引きずっていた。
「びっくりさせちゃったね、龍二もこのステッキは馴染みがあるでしょ? 名前はマコちゃんステッキよ」
「そんな名前だったか? 確かマジカルステッキだったと思うんだけど」
「あれは会社が勝手に考えた名前。本当の名前はマコちゃんステッキなの」
やっぱり全部、塗り固められた虚飾だったのか――といったふうに、龍二の目尻に涙がじわっと溜まる。頬を伝う雫は、わざとらしい“泣いてますアピール”の水分だった。
「ダラダラと話してると死ぬぞタイダー!」
ギャンブルスキーが拳を真花の顔面めがけて突き出す。その動きが視界の端で大きくなる。
「おっけおっけー♪ すぐに殺すから待ってなさい」
真花の指がピンクのハートストーンを握り込み、引き抜く。内部の細身の剣が、露わになった。
「血まみれにしてやれマコン!!」
右足を一歩踏み出し、地面を押すように重心を沈める。腰をひねり、剣が横へ払われた。
半回転――刃がギャンブルスキーの胸元を裂く。
赤い雫が舞い、粒が空中で弾ける。真花は空いている左手を突き出し、指先を軽く弾いた。
「弾けろ! ブラッドバースト」
血の粒が点滅し、赤い閃光とともに爆ぜる。爆風が火花のような破壊を撒き散らした。
叫びとともに後退するギャンブルスキー。全身がのけぞり、痛みに揺らぐ。
赤い蒸気と、焦げた鉄の匂いが漂う。
龍二は、その光景を理解できなかった。
真花の魔法が爆発系なのは知っていた。だが――赤くなかった。血を媒介にするなど、一度も見たことがない。
マジエト時代の彼女は、いつだってピンク色の爆発魔法だったのに。
「真花」
「ん?」
ライトブラウンの髪が揺れ、視線が龍二へ向く。
「君の魔法は……えと、血を使うのかい?」
「そうよ。あたしの魔法は自分や他人の血液を媒介にした高密度・高出力の魔法なの」
「でも、映像ではピンク色だったじゃないか……」
バツが悪そうに頬を人差し指でかく真花。
「あれはー、会社の方針で血を使って戦うなんて魔法少女としてグロすぎるから、ピンク色に変化するための着色料薬を定期的に飲まされてたの」
アハハと乾いた笑みを浮かべる、元マジエトセンター。
現実味があるような、ないような――龍二は、もうこれ以上詮索する気をやめた。
(真花は真花だ。マジエト時代も今も俺の……)
白のプリーツスカートが、なぜか胸に刺さる。
(最推しだけど信じがたい気持ちもある、俺のバカバカぁ〜)
「ん? なにシクシク泣いてんのよ?」
首を傾げる仕草が、今の龍二には残酷だった。
「うぅ……痛い痛い死にたくない……おんれは生きて生きて生きて、一生ギャンブルするんだタイダー!!」
咆哮が天井にぶつかる。ギャンブルスキーの周囲から、全身真っ黒の人型モンスターがぞろぞろと出現した。
「ブラックヘンタイダー! あのわけわからん二人組を蹴散らすタイダー!」
拳が振り上げられる。その合図とともに、黒い群れが突進してきた。
「あたしがぜーんぶ! ぶった斬ってやるわ!」
真花は飛び込み、剣を斜めに走らせる。
「うぎぃ!」
最初の一体が地面に沈む。包囲が縮まる。
だが焦りはなく、むしろ楽しむように回避と反撃を繰り返す。
斜めからの攻撃を身をひねってかわし、そのまま切り返し。血が舞う。指先を弾けば、血が沸騰して爆ぜる。
龍二はただ呆然と、その光景を目で追っていた。
そして――ブラックヘンタイダー達の標的は真花だけではない。
先ほどの爆風で倒れていた人々の近くで足を止め、無惨にも命を奪い始めた。
「ヤバい、助けないと!」
震える足を無理やり動かし、龍二は突撃する。
「や、やめろー!」
膝を沈め、拳を斜め上へ突き上げた。
アッパーカット。
「うぎぃー!」黒い体が宙に舞う。
「す、すごい……魔法衣装着てるだけでこんなに力が出るものなのか?」
驚きと興奮が混じる。震えは止まらないが、胸の奥に小さな自信が芽吹く。
だが――
「あの黒髪イケメンを倒せー!」
甲高い声。指差した一体を皮切りに、黒い群れが雪崩れ込む。
「来るなー! フォースシールド!!」
目をつぶり、片手を突き出す。
全方位バリアが展開された。
バコバコバコバコ!!
拳がひたすらに叩きつけられる。シールドが震える。
「真花ー! 助けてー!」
腰が抜け、地面に這いつくばったまま叫ぶ龍二。情けなさが滲む。
「いま助けるから待ってて!」
横に立つ一体の頭を掴み、勢いで腹部へ剣を突き立てる。
「うぎぃ!」
剣を引き抜き、流れ出す血に右手をかざす。
「血よ集まれ! ブラッドリープ!!」
詠唱と同時、術式が相手の血流へ侵入し、真花の手元へと血を引き寄せる。
血は赤黒く輝く鎖に変わった。
頭を掴んでいた左手を放し、鎖を握る。振り回し、龍二の元へと伸ばす。
鎖がシールド周囲のモンスター達を絡め取り、表面へ貼り付かせた。
「龍二、シールドそのまま展開してなさい」
ミスティーピーチの瞳が光を帯びる。
鎖が血を奪うたび、ブラックヘンタイダー達はみるみる萎びていく。
やがて周囲は、ミイラのように干からびた残骸ばかりとなった。
「イケメンを虐めたらあたしが許さないんだからね!」
シールドの外で、真花が可愛く笑う。その笑顔に、龍二はほんの少しだけ引いてしまった。
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