消えたとて浮かぶもの
例えばそれは台所にあるとします。
わたくしがそれを取ろうとすると、浮かんでいたはずのものも沈みますね?
だから最初から消えていたと理解して、撮ろうとしてもやはりそれは存在しないといえます。
次にわたくしが言うことは「消えた」ということ。
消えたのなら最初はそこにあったはずです。
写真とか見せたいのですが、その瞬間を撮ったことないんです。取ろうと構えてるときに限って何も起こりません。
だから わたくしの心を読み取っているといえます。それだからわたくしはいつもビクビクしています。
もしかしたらわたくしも消えるかもしれないからです。
真面目なんですけどごめんなさい。
例えば鏡とかに映った自分が浮かんだらわたくしも浮かぶ(強制でも消えるかといったらいやですから抵抗します。
その時に沈む、
……あ、少し分かってきたかもしれません。
物は消えようとするときに抵抗しています。
それは多分消えたくないからでしょう。
わたくしは消えたくなかった。
でもその力よりもさらに強い力が物を引っ張り結局消えてしまう。
そして、わたくしは今まで消えたものたちに憎しみとか持っていないので大丈夫ですよ。
本当に憎しみとか持っていないはずなんです。
鏡の自分はわたくしではないのですからいつ映ろうと鏡の自分(サ)の勝手です。
だからよく鏡見てもわたくしが映らないことがありますがそれは(サ)の勝手だから起こることが出来ません。
わたくしが寝てる間に(サ)が私を殺そうとしたり、でも誰も気付かないことになります。
だから頻繁に消える日はもしかしたら警告なのかもしれませんすると見方は変わってくるのですが。
よく考えてみました
結果わたくしが間違っているのでしょうか
もし(サ)さんが正しくて私が間違って
もし(サ)さんが正しくて私が間違っていたら今まで私は鏡の中に居たことになります
(サ)さんはこの世界の人間であり正しくて
もう一人のほうは…
こうやってキーを打っている俺は俺以外の何者でもありません。
鏡を見れば俺が映ります。
普通のことでしょう。
最後の投稿をした後、血溜まりの中で煙草に火をつけた。
血って臭い。生臭い。あーあ。
俺はサクちゃんを辞めた。サクちゃんの人生に成り代わって、俺が挿入ってきた。
サクちゃんはママに触られた瞬間、耐えられなくなった。夜遅く台所で、まだ洗い物をしている俺に、ママが触れた。
白魚のような重みと湿度のある手が、ゆっくりと俺の成長した体を撫で回した。
ビキビキ、サクちゃんという鏡にヒビが入って、ぼろぼろ零れ落ちて、サクちゃんが間違ってて、俺が正しいのだと、これまでの全部が間違ってて、慧介との行為だけが正しかったのだと、破れた表皮から俺が顔を出して、産まれた。消えて浮かんだ心を掴むように包丁を握った。この人から逃れないと、俺の人生なんてものはずっと鏡の向こうの虚像でしかないのだと、慧介が正しくてサクちゃんが鏡の中にいて、全てが、間違っていて。
母を殺した。
「……これ元ネタわかる人居んのかな」
ボソッと呟いて、項垂れた。今どき知らんだろ。誰にも分からんネタを擦り続けちゃって、まったく。まだ『モンスターを倒した。これで一安心だ』の方をパロった方が良かったんじゃないの。
……いや、炎上するわ。炎上するわな。でも人殺しちゃったんなら今更炎上なんてどうでも良くないか。あはは。
サクちゃんは俺という怪異に乗っ取られて、(サ)と俺とわたくしはごっちゃになった。完全に俺が(サ)を乗っ取ったんでもなく、元ネタみたいに(あ)が私と成り代わったわけでもない。全てがぐちゃぐちゃのマーブル模様を描いて、そう、床に広がる血液みたいに。
そして成り果てたのが、今の血まみれの俺の姿。
せっかく人間の世界に戻ってきたのに、うっかり怪異に成り果ててしまった。
今の俺を人はなんと呼ぼう?
私利私欲に走り自らの母を刺し殺した怪物を。
グッバイグレートマザー。俺はもう自由だ。俺はいつだって、決してあなたの彼氏になった覚えは無い。
……慧介の所には本当に戻れなくなっちゃったな。
これからどうする。どうしよう。母から解放されても、両手にべっとりとついた血が俺を呪う。シンプルに殺人犯である。この遺体をどうすればいい。そのままにして出頭すんの?ほんで母親殺しで地上波デビューってか。
あーあ。
なんとなくスマホに手が伸びる。ロック画面に表示されたポップアップに背筋が凍る。
『慎作さん、俺今北海道にいるよ』
『明日迎えに行くから、場所を教えて』
うそだろ、嘘だろ、なんで。お前飛行機すら乗ったことねぇだろうが。なんで来た。大丈夫か。凍えてないか、危ない目に遭ってないか。飯は食ったか。今どこにいる。
俺のために?
あーあ。どうする?お前の愛した男、殺人犯になっちゃったよ。もう関わんない方がいいよ、マジで。家にある俺の荷物とか俺がいた証拠ぜーんぶ捨てまくった方がいい。全部忘れた方がいい。頼むから、これ以上慧介に───
ああ、でも身勝手だな。あいつは察しがいいのか悪いのかわからないが、テキトーな文面で拒絶してもダメだ。そんな小手先の技でコントロールできるような恋をする男では無いし、あいつはアレでロマンチストなのだ。
じゃあ見せてやろうか。
見せてやろう、人殺しの、血まみれの怪異たる俺を、最後に一目見せてやろうか。
慧介が決めればいい。全部。もう俺はなにもしてやらない。
慧介に住所を送った。
深夜三時過ぎのことだった。
俺はその日、硬直してゆくママの遺体にもたれかかって浅く浅く眠った。安全に、誰にも身体を暴かれることなく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます