第48話 セレーネブルーに導かれて

「それは光貝か!?」

「それ、わたしも持ってるわ!」


 ルーナがザップドスから託された光貝を取り出すと、ティノはくりくりした目をさらに丸くした。


「ルーナさんたちも……どうしてそれを?」

「伝説の漁師ザップドスさんからもらったの。その人もセレーネブルーを知ってるって言ってたのよ」

「……本当!?」


 期待に揺れるティノの瞳に、ルーナはザップドスの語った内容を丁寧に伝えていく。


「――そうだったのか……。まさか父さんの形見が、セレーネブルーの鍵だったなんて」


 ティノは光貝を胸に握りしめ、遠い記憶をたぐるように話し始めた。


「……昔、オレたち家族もセレーネブルーを目指して船を出したんだ。でも嵐で船は沈んで……オレだけ岸に流れ着いた。他のみんなは……多分、助からなかった……」


 淡々と語りながらも、声には震えが混じっていた。

 海風がふっと弱まり、周囲の喧騒が遠ざかるような静けさが落ちる。


「そんなことが……あったのね……」


 ルーナは胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。


 その重たい空気を破ったのは、エルザの明るい声だった。


「だったら、あたしたちと一緒に行かないか!? ちょうど仲間を探してたところなのさ!」

「エルザ……さん?」


 思わず顔を上げるティノ。しかし、ナミが慎重に口を開く。


「ですが……彼はまだ子供ですよ?」

「それもそうね……ティノくんにはまだ危険すぎるかもしれないわ」


 ナミとルーナが難しい顔をするなか、ティノは食い気味に叫んだ。


「連れていってくれ! セレーネブルーに! オレ……できることならなんでもするから!」


「ティノくん……」


 その瞳は、震えながらも決意の光を宿していた。


「本当に行きたいのね? セレーネブルーに」

「……ああ。家族の意志を継いで、オレが行くんだ」


 ルーナはしばしティノの目を見つめ、強くうなづいた。


「……分かったわ、ティノくん。あなたもわたしたちの仲間よ」

「――本当によろしいのですか、お嬢様?」


 ナミの声に、ルーナは微笑む。


「ええ。彼の意志は本物よ。だったら……わたしたちは背中を押す側でいたいの」

「決まりなのさ! よろしくな、ティノ!」


 エルザが頭をワシワシと撫で回すと、ティノは目を細めて照れたように笑った。


「……うん。よろしく頼む、みんな」


 するとアルスが窓の外から声を上げて、胸びれをパタパタと振る。


「キュイ~!(ティノ、ぼくも負けないぞ! よろしくね!)」


 言葉が通じないながらも、ティノはアルスなりの歓迎を受け取って微笑んだ。


「アルス……ありがとう」


 こうして、セレーネブルーを目指す一行に、

新たな家族がひとり加わったのだった。


 その夜。ルーナたちは宿の一室に集まり、これまでの旅を軽く振り返ることにした。


「まずはわたしたちからね。わたしたちは――アルスがのびのび暮らせる世界を探すために旅をしているの」

「どうやら、お屋敷暮らしはアルス様には窮屈だったようです」


 ナミの補足に、エルザとティノが納得したようにうなづいた。


「確かにあの巨体だと、じっとしてるのは無理があるのさ!」

「ルーナさんは……アルスのために旅をしてるんだ」


「そういうことっ。これまでにも色々あったわよね、ナミ」


 ルーナに促され、ナミは目を細める。


「ええ。グリフォンとの空中戦、レッドドレイクとの交戦……今思えば、本当に大変でございました」


「グリフォンもレッドドレイクも三ツ星ランク以上の魔物だよな!? そんな化け物とやり合うなんて……アルス、どんだけ強いのさ」

「でもアルスなら……やっちゃいそうだよな」


「キュウ?(それどういう意味~?)」


 窓の外からジト目でにらむアルスに、ルーナは慌ててフォローを入れた。


「つまり、アルスが頼もしくて強いってことよ」

『それならいいや!』


 満足げに巨体を揺らすアルスに、三人も自然と笑みをこぼした。


「やっぱりおまえ、可愛いのさ!」

「……同感。でも、負けられない気もする……」


「あら、二人とも今じゃもう家族みたいなものよ?」


 ルーナの言葉に、エルザは誇らしげに胸を張った。


「もちろんさ! あたしたちは同じセレーネブルーを目指す同志。義兄弟も同然なのさ!」

「義兄弟……オレも、そうなんだ……」


 胸に手を添え、ティノはふわりと笑みを浮かべた。


「それにね、旅の途中でアルスの仲間がいるかもってセレーネブルーの噂を聞いて……」

「この本に導かれたんだよな! あたしもさ!」


 エルザが取り出した本に、ティノの目が輝く。


「そんな本が……!?」

「読むか、ティノ?」

「……うん!」


 エルザから受け取ると、ティノは夢中でページをめくった。


「すごい……セレーネブルーの話が、こんなに……!」

「それ、書いたのはあたしのおじいちゃんなのさ!」

「ほんと……!?」

「ああ! おじいちゃんの話がお伽噺じゃないって証明したいんだ!」


 胸を張るエルザに、ティノもうなづく。


「オレも……同じだ。父さんたちが目指した場所を、この目で見たい……!」

「おう! ティノも立派なのさ!」

「ちょ、ちょっと……苦しい……」


 エルザにがっしり抱きしめられ、ティノはくぐもった声を上げる。


 そんな二人を見ながら、ルーナの目はいつの間にかエルザの胸元へ。


(……あれ、エルザって意外とある……?)


 自分と同じくらいの背丈なのに、胸だけ明らかに差がある。

 ルーナの胸の奥に、ちくりとした感情が芽生える。


「ん? どうしたのさ、ルーナ」

「い、いいえ、なんでもないわ……。わたしだって、成長期だもの……」


 最後のほうは消え入りそうな声になり、エルザは首をかしげた。


 そんな賑やかな空気の中、四人と一頭の夜は、波の音に包まれながら静かに更けていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る