第9話 駆け出しハンター
ルーナとナミに加え、ニッケとベルを背に乗せたアルスは、宙をゆったり泳ぎながら森を抜けていた。
「それにしても不思議な感覚ですね……!」
「お嬢様の魔法があってこそです。アルス様は本来、水の生き物なのですから」
「そうなんですか! やっぱりルーナさん、すごいです!」
目を輝かせるニッケに、ルーナは首を振って笑った。
「わたしはただ、浮かんだ言葉を唱えただけよ」
一方で最後尾にいたベルは、アルスの艶やかな肌をそっと撫でていた。
「アルスくん、つるつるで気持ちいい……。私なんて顔にそばかすがあって……」
「あら、そばかす美人って言葉もあるじゃない。ベルは十分きれいよ」
「ルーナちゃん……ありがとう!」
はにかむベルの笑顔に、ルーナの胸は温かくなる。
『ルーナ、ぼくもきれいだよねっ』
「もちろんよ、アルス。あなたは世界一美しいわ」
『えへへっ!』
「――気になったんですが、ルーナさんってアルスの言葉が分かるんですか?」
「そうよ、ニッケ。でもどうやらわたしにしかアルスの声は聞こえないみたいなのだけど……」
「そうなんですね! まるで秘密の会話みたいで、ちょっと羨ましいです!」
ニシシと快活に笑うニッケもきれいだと、ルーナは感じた。
その時、アルスの体がピタリと止まった。
『ルーナ、誰かがぼくたちを追ってるよ』
「みんな、アルスが後ろからの気配を感じ取ったわ」
森のざわめきが不気味に変わる。
「やっぱりそうなんですね、ウチも気付いてました!」
「どう致しますか、ニッケ様? 今すぐ迎撃しましょうか」
「いえ、ここは相手の出方をうかがいましょう!」
「かしこまりました」
『ぼくはどうすればいいの?』
「そうね、一旦止まってくれるかしら」
『わかったー!』
アルスが宙で静止すると、程なくして暗がりから姿を現したのは、赤い瞳を光らせる黒狼の群れだった。
低い唸り声と共に、地を蹴って包囲を狭めていく。
「
ナミが警戒を強める。
「ちょうど狙っていた獲物です! ベルさん、いきますよ!」
「うん!」
ニッケとベルはアルスの背から飛び降り、獲物を迎え撃った。
「ライトニング・パンチ!」
ニッケの拳に青白い電光が走り、空気がバチンと弾ける。
黒狼の一頭が飛びかかる瞬間、その顔面に直撃。
毛が焦げ、その身体が大木に叩きつけられて沈黙した。
「ガルルルルッ!」
怒り狂った群れが牙を剥く。
だが、ベルは先がねじれた杖を地に突き立てて叫んだ。
「ロック・ブラスト!」
足元の土が隆起し、鋭い石礫が一斉に飛び出す。
狼たちは首や肩を裂かれ、悲鳴を上げて転げ回った。
残りの数頭は恐怖に尻尾を巻き、森の奥へ消えていった。
「ふぅ……ざっとこんなものですね!」
「ニッケちゃん、やったね!」
二人は笑顔でハイタッチを交わす。
「すごい……!」
「なかなか見事な連携でした」
ルーナとナミが拍手を送ると、ニッケが照れくさそうに笑った。
「ウチら、まだ一つ星ですけどハンターとして活動してますので!」
「ハンター……狩猟をして生計を立てる人のことかしら?」
「そうだよ。私たちはまだ駆け出しだけどね」
ベルが補足する。
その横で、二人は黒狼の死体に手際よく刃を入れていく。
皮を裂き、肉を切り分け、骨を外す。
「魚とは全然違うのね……」
「慣れればどうってことないですよ!」
同年代の少女が、獣の血と肉にまみれながら淡々と獲物を解体していく――。
その光景に、ルーナの胸に冷たい驚きが走った。
前世の水族館では決して見なかった「生の営み」。
ここはもう、彼女の知っていた世界ではないのだ。
剥ぎ取ったばかりの黒狼の毛皮を肩に掛け、ニッケとベルは再びアルスの背に乗り込んだ。
血の匂いがまだ生々しく漂い、アルスがくすぐったそうに頭の噴気孔を鳴らす。
「そろそろ出発しましょう!」
「そうですね。――お嬢様、お願いします」
「分かったわ。アルス、お願いね」
『はーい!』
大きな尾びれを振り、アルスは宙をゆったりと泳ぎ出す。
「ところでニッケ、その毛皮はどうするつもりなの?」
「これですか? ハンターギルドで素材として売るんです!」
「ギルド……ファンタジーでよくあるアレかしら」
「ふぁんたじぃ?」
「あ、なんでもないわ。……それよりハンターって、なるのに資格とかいるのかしら?」
ルーナの問いに、ニッケはあごに手をやって笑った。
「特に必要ないですよ! 何のあてもなかったウチらでもなれましたから!」
「もしかして……ルーナちゃんもハンターになるの!?」
ベルが目を輝かせ、勢いよくルーナの手を取る。
「まだ考え中よ。でも……アルスの食費を稼ぐなら、何か手段を見つけないと」
「お嬢様のおっしゃる通りです。アルス様ほどの巨体となれば、餌代は莫大ですから」
ナミが冷静に添える。
「キュイ?」
首をかしげるアルスに、ベルとニッケが立て続けに身を乗り出した。
「それなら一緒にやろうよ、ハンター!」
「はい! ルーナさんとアルスがいてくれたら百人力です!」
だがナミが間に割って入る。
「お待ちください。お嬢様にそのような血生臭い真似をさせるおつもりですか?」
静かな声に、二人は「ひっ」と肩をすくめる。ナミの目は笑っていない。
「待って、ナミ!」
ルーナが制し、アルスの背の上で拳を握った。
「わたし、ただの箱入り娘なんかじゃない。前世でも大好きなアルスのために働いたし……今だって、旅に出た以上は挑戦してみたいの。ハンターでも何でも!」
「お嬢様……」
ナミがわずかに目を伏せる。
「――だから、その時が来たらよろしくね。ニッケ、ベル」
「もちろんです!」
「うん! 一緒に頑張ろうね!」
こうして、ルーナは二人との絆をさらに深めていった。
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