極限遊戯

@Cookymon

第1話〈拒絶〉

はっとした。彼は今、右手に鍵を握ったまま、自宅のドアの前で立ち尽くしていた。


 やっと長い勤務が終わり、やっと家に着いたのかーー?


彼は日中の疲労のせいか、意識が朦朧もうろうとしていた。「給料が良い」ただそれだけに目を惹かれ、入社したいわゆる「ブラック企業」で、むしろ会社に住んでいるのではないかという程の長時間を労働に費やす毎日であった。


 もう寝よう、疲れた…。頭も痛いし。


握り締めていた鍵を、鍵穴へ運ぶ。左に回すか右に回すか、普段あまり意識することのないこの2択は、少なくとも確率がイコールではない。無意識レベルで身体からだに刻まれているであろう感覚が、これを操作する。そしてまた、操作したのだろう…。


 ガチャッ


ほんの少し、しかし確実に、身体を巡る微量なよろこびを、彼は味わうほかなかった。躊躇ためらいがあるはずもなく、ドアノブに吸い寄せられるように手をかける。そして、それは起きた。


 ………ガン!!


順調にいっていたはずの動作が拒絶された。


 ガン!!ガン!!ガン!!


 なんで、なんでだっ!ドアが開かない!そんなっ!まさか…。閉め忘れたのか!?


鍵の音が鳴ったにも関わらず、ドアが閉まっている。これは、もともとドアが開いていた、ということ。そしてそれは、日中、長時間家がガラ空きであったことを意味した。


 まずい…。


彼はその動揺した頭の中で、こんなことを考えていた。


 中に誰かが、るかもしれない…!


確かに、その可能性は非常に低い。しかし、一つ、言えてしまうのだ。ゼロではない、と。おそらく世界中を探せば、家に誰かが侵入していた、また被害を受けた、更には命を奪われた。そういった人達が、少なからず存在するだろう。その上で彼らは、家に誰かが居るということを扉を開ける前から確信していたのであろうか、否、その可能性もまた、非常に低い。つまり彼は今、生死をも分ける境地に立っているのだ…!


 居ると想定して、動いた方がいい…。


彼は覚悟を決めた。扉の先にすぐ奴が居て、襲いかかってくるという最悪のイメージが、彼の拳を強く、握らせていた。

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