<第一章:無辜の剣聖> 【08】
【08】
なぜ、誤魔化したのかわからない。
友人と言われて、その気になったわけではない。ロブに、つまらないケチが付くのが嫌だったわけでも、僕自身の保身のためでもない。
いや、保身か。
僕は、僕が一番大事だ。
不幸な獣人女くらい忘れるに限る。
事実として、僕には何もできなかった。ロブが悪いわけでもない。悪いのは、女の運だ。
それでいい。
世は、こんな不幸を敷いて成り立っている。
「俺は、力の加減ができなくてね。特に炎を出すと、いつもこうだ」
「凄まじいな」
改めて焦土を見る。
生命が欠片も残っていない。
この炎なら、あの王子に届くか?
いや、石にされても戻った奴だ。燃やされた程度じゃ駄目か。
「この炎、教えようか?」
「貴重な情報だろ」
「何を言っているんだ。本の中身は、全て書庫に収める。記録官の閲覧は自由だ。とはいえ、収める収めないは俺らの自由。あの司書に削られる部分もある。その前の原本の写しがこれ」
ロブは、真新しい本を渡してきた。
受け取ってページを捲る。綺麗な文字だ。気に食わない。
本を返した。
「施しはいらん」
「正当な対価だよ。俺が名を上げられたのも、様々な力を得たのも、お前さんがシオンの情報を教えてくれたからだ」
「お前が凄いだけだろ。実際、僕は7年かけてやっと1つだ」
「遠慮するなって」
押し付けられた本を払い除ける。
「僕を友と呼びたいなら、こういうことは二度とするな。………僕が頼んだ時は別だが」
金とか飯とか宿とかが欲しい時に。
「それじゃ、俺の気が済まない。世間が俺のことをなんて呼んでいるか知っているか?」
「え、二つ名とかあるの?」
凄い有名人じゃん。
「【大炎術師ロブ】だってさ。親父が広めたに決まってる。不愉快だ。しかも、ガルヴィングのおかげと言っても誰も信じない。なので、お前さんも名を上げろ。これは、その足掛かりの一つだ」
ロブは、拾った本を再び渡してきた。
僕は受け取り拒否する。
「いらん」
「力が欲しくないのか?」
「欲しい。1つ、2つと得たからこそ。更に欲しいと思う。けど、僕は僕が見て得たものを、僕が望む形で手に入れたい。書庫にある本を無作為に選ぶことと、今ロブから本を受け取ることは違う。お前の探求や、旅そのものを追体験するだけ。そこが、なんか気持ち悪い」
「………………気持ち悪い」
ロブは、かなりショックを受けていた。
ちょっと言葉を選ぶべきだった。
「こうしよう。僕が、僕の力だけで名を上げたら、その時はお前の本を受け取る。お前の探求を受け取る器があるってことで」
「同性に、気持ち悪いと言われたのは初めてだ。それも友に。中々こたえる」
「女にはあるのか?」
なんか気になった。
「よく言われる。女ってそんなもんだろ?」
「たぶん………そうだな」
英雄の息子が言うのだ。間違いない。
知らないけど。
体がふらついた。
「ガルヴィング。テントに戻ってくれ。傷は治したが、失った血は戻っていない。飯食ってよく寝るんだ。【黄金の森】に帰っても休めないからな」
あの書庫には、寝泊まりできる施設はあったと思うが。
それよりも、
「飯、あるのか?」
「大したものはない。パンとチーズ、干しぶどうと干し肉。エールがあるくらいだ」
「おいおい、ご馳走かよ」
「皮肉はよしてくれ」
本音なんだが。
テントに戻り、ロブの用意した飯を食べた。
本当にご馳走だった。
新鮮な丸いパンを貪り、チーズを齧り、干しぶどうと干し肉を口一杯に頬張る。それを、普段は飲めないエールで飲み込んだ。
ガブガブと更にエールを味わう。
強い酸味の後に、苦味と果実の香りが口に残る。
エールは、冒険者や荒くれ者の酒だ。僕らのような貧者は、教会の安いワインを水で“かさまし”して飲む。
こんな機会でもない限り、エールなんか飲めない。
ロブは、不味そうな顔で干し肉を齧る。
「今度、まともな飯を馳走しよう。王都の家に来てくれ。乳母の作る豆料理は、この世で一番美味しい」
「気が向いたらな」
王都に家ねぇ。
もう、考えるのが馬鹿馬鹿しくなる格差。
こんな奴と同じ空間で飯を食うとは、人生よくわからないもんだ。
僕は、用意された飯を残さず食べ切り、エールの残りをチビチビと舐める。
ロブは、インクとペンを取り出し、本を開いた。
「ガルヴィング。【切断のヴァッサー】についてどう思う? あれは老人のことなのか? 小人のことなのか? 記載された内容では判別が難しい」
「え? わかるだろ優秀な記録官なら」
「わからないから聞いている。あの老人は何も成していない。小人もやったことは山賊と同じ。しかも、記録官に負ける程度。あ、ガルヴィングを下に見ているわけではないぞ」
自然と見下していた気がする。
まあ、僕が卑屈なだけか。
「【切断のヴァッサー】は、あの剣のことだ」
「剣? 名もない老人の剣が?」
「正確には剣の業。あの業が生み出した光こそが、【切断のヴァッサー】だ」
「なるほど、嵐や、洪水、蝗害などの、天災に似たものを剣で起こしたのか」
さすが、理解が早い。
少し考え込んだ後、ロブは言う。
「盲点だった。俺は、本に記されるべくは人だと思い込んでいた」
「あってるぞ。ただ剣も人だろ? そこから現れるものも人だ」
「剣は剣だよ。人ではない」
「人が作った物は人だ。境界があるだけで、最後は同じ場所に行く」
「それは、お前さんの宗教かい?」
「僕は、何も信仰していない。宿や飯のために、適当な教会で祈ったふりはするけど」
宗教はどうでもいいが、宗教の慈善事業は貧者の糧だ。僕を含め、あれで生き延びてる人間は多い。
ロブは、何とも言えない表情を浮かべる。
「国母、聖リリディアスの教えによると、我ら人間だけが魂を持ち、魔物や獣はそれを持たない。だから彼らは、凶暴で無知で、暗愚なのだ」
「おかしいだろ。王国の敵である諸王連中は、魂を持っていても愚かだし凶暴だ。てか、王国も、諸王も、ヒーム以外の種族を滅ぼしたり、奴隷にして家畜のように使い倒しているが、これが魂のある賢い人間の所業か?」
「諸王の魂は穢れている。下々の人間も然り。そんな感じだな」
「どうしたら、穢れのない高貴な魂を得られるんだ?」
「金と名声と地位」
「わかりやすい」
富むものが富む宗教だ。
しっかりし過ぎていて、皮肉も言えない。
「勘違いしないでくれ。俺は、自分の宗教を人には押し付けないよ。剣の業を信仰しても、そこらの石ころに神や魂を見出しても、それは個人の自由だ。あ、これも秘密にしてくれよ。一応、俺は聖リリディアスの司祭の一端なんだ」
「その成りで司祭か」
斧持って暴れた方が似合うよ。絶対。
「うむ、ガルヴィング。やはりお前さんは良い」
「なんだよ、気持ち悪い」
「この短い会話で、知見が広がった。まあ、他の記録官が、金や女の話ばっかりなのもあるけど」
「どんな連中だよ」
「俺と同じさ。金が欲しい。名誉が欲しい。でも、戦争に行く勇気はない。しかも、それなりの名家。一生、身内と比較されて腐る」
「羨ましい」
だが、持っている連中だ。
「家柄なんぞ………と言うのは、贅沢な悩みだな」
「とてもな!」
「まあまあ、でも大変なんだぞ?」
「言ってみろよ。持ってる人間の悩みを。僕は、持ってない人間だから興味があるねぇ」
「そんな、噛みつきそうな顔で言わないでくれ」
「いいから、言え」
「はいはい」
ロブから、持ってる人間の悩みを聞き、気付くと眠っていた。
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