<第一章:無辜の剣聖> 【02】


【02】


 ぽっかり開いた森の空間に、三角形の小さな家がいくつも並んでいた。

 家の造りは、丸太の骨組みに、枝と枯草を置いた粗末なものである。

 もちろん、周囲に柵はなく物見の塔もない。唯一の防壁は森そのもの。

 爺と小人たちの住まいは、そんな感じだ。

 一つの家に、魔物の死骸が運び込まれる。しばらくすると、ばらけた肉になり出てきた。

 肉は、大きな葉っぱに包まれ、用意された薪に順次放り込まれる。

 ある程度、肉が薪に積まれると、小人の一人が火打石で着火する。何か燃焼物を仕込んでいたのか、一気に巨大な焚き火となった。

 あまりにも火の勢いが強すぎて、家の幾つかに飛び火した。小人たちは慌てふためきながら、土をかけて消火しようとする。

 煙でむせた。

 下手したら、森ごと燃えないか?

「爺。あれ良いのか?」

「いつも通りじゃ。ゲホッ、ゲホッ!」

 爺もむせていた。

「きゃー!」

「きゃー!」

 火の勢いは、留まることを知らず。次々と家に燃え移ったので、爺が家を斬って鎮火した。

「家がー!」

「愛しの我が家がー!」

「また作ればええじゃろ」

「そだねー」

 そして、しばらく時間が流れた。

 火が消え、焚き火の跡から小人たちが肉を持ってくる。

「神様~神様~一番美味しいところをご献上~」

「うむ。ほれ、食え」

 地べたに座った爺に、葉っぱに包まれた肉を渡された。

 受け取ると死ぬほど熱い。

 ローブで包みながら葉っぱを解いた。出てきたのは、ブツ切りにした心臓だ。

「どんな邪悪な者も、心臓だけは純粋なのじゃ」

「まあ、一番毒がなさそうな場所ではあるか」

 鉄臭さはあるものの、焼けた肉の良い匂いがする。ここ数年、炒った蕎麦の実しか食べてなかった胃が、急激に肉を求めだした。

 熱々の肉に齧りつく。

 弾力が凄い。嚙み切れない。口に血の味が広がる。気合で噛み切り、長く噛んでからようやく飲み込めた。

「どうじゃ? 美味かろう」

「硬い血って感じだ」

「美味いってことじゃな」

 そうなのか? そうかもしれない。

 よく考えなくても、蕎麦の実なんて食える砂利みたいなものだし、こっちの方がマシだ。

「よし、お前らも食うのじゃ」

『わー!』

 小人たちも肉を食いだす。

 その様は、家畜の豚が餌を食うのと変わらない。

「爺さん。こいつらとは長いのか?」

「この森で儂が剣を振るいだしてから、10年? あれ20年か? まあ、どっちでもいい」

「雑な」

 僕も、食事に集中した。

 顎が疲れ切った後、ようやく肉を食い終える。腹が重い。食い過ぎた。

 本の様子を確かめる。

 切断に続く名前は、まだ記録されていない。ペンとインクを取り出す。

「で、小人とはどう出会った?」

「儂が狩った獲物を横取りしようとしたから、殴り倒した。そしたら、儂を神のように崇めたので、従えてやったのじゃ」

「あんたの剣技、名前はあるのか?」

「ないが」

「師はいるのか?」

「おらん」

「その剣、銘はあるのか?」

「貴様は、何をしているのじゃ?」

「記録官と言っただろ。お前らのことも記録するんだよ。不本意ながら」

「不本意じゃと?」

「爺さんは本に選ばれた。記録に足る人物ってことだ」

「不愉快じゃ」

「どうしてだ? 記録に残るのは、良いことだろ」

 人知れず忘れられるよりは。

「儂の剣は我流じゃ。思うがまま振るい、数え切れぬ剣閃の中で極めた。故に、顔も知らん他人に選ばれたくない。どうしても記録したいのなら、儂が選んだ奴にやらせろ」

「どんな奴ならいいんだ?」

「いや、知らんが」

「じゃあ、僕が記録するのはどうなんだ?」

「別に構わんが? 同じ肉を食った仲じゃ」

「いいのかよ」

 老人らしく、無駄にケチ付けたかっただけか。

「しかし、貴様の持つ本。妙な気配がするぞ。広く薄く? 晴れの日に浮かぶ雲のような? 朝の月のような? 強くはないが、決して弱くはない」

 具体性のない感覚的な言い回しだな。

「この本のことは、僕も詳しくは知らない。記録に足る人物が近くにいると、自然とその人間のことを本に記入する。だがまあ、正確ではないし不完全だ。僕が加筆して修正する必要がある」

 時には、事実と異なることでも記す。

 なんか、小人が僕の本を覗き込んでいた。しかも、数人が僕の体に集っている。見た目より重いし、凄く邪魔。

「ふ~む。しかし、儂自身が語れることは少ない」

 爺は、神妙な顔つきで考えながら喋り出す。

「何か思想があるわけでも、技術があるわけでも、敵がいるわけでもない。言うなれば、阿呆の剣技じゃ。しかし、最強じゃぞ」

「最強なのか。………なんで?」

「どこから話すべきかのぅ」

「最初からだ」

 僕の経験上、変に途中からだと話が戻ってやり直しになる。

 石眼の時も、それで時間を食った。あれはあれで、有意義な時間だったけど。

「………儂の剣の始まりは、いつもと変わらぬ骨拾いからじゃ」

「何年前だ?」

「儂が、30と少しの時じゃな。たぶん」

 恐らく、50年近く前のことか。

「骨拾いが、最も拾う死体は何じゃ?」

「地域によるだろ。ダンジョン近くなら冒険者、戦場なら傭兵、敗戦国なら兵士、貧国なら貧者だな」

「かぁー! つまらん答えじゃ! 利口ぶりおって! 大体は、冒険者や傭兵じゃろうが!」

「なら冒険者ってことで」

「うむ、その通り。その頃の儂は、ここから東にあるダンジョンで骨拾いをしておった」

 ここから東のダンジョン?

 有名所はないはずだ。

「ダンジョンの名前は?」

「忘れた」

 たぶん、王国管理外の小規模ダンジョンだろう。

「冒険者の死体を漁っていると、この剣を見付けた」

 爺は、小枝のような剣を見せる。

「最初は、もっと立派な剣じゃった」

「なんでその有様に?」

「使い続けたからじゃ」

「同じ剣を50年近く? よく折れなかったな」

「ぶ厚い剣身は擦り減り、幾度も刃は欠けた。しかし、折れなかった。折れた時は、儂も死ぬつもりじゃたし、その辺りの気概は他の剣士と違うのじゃ」

 実は、名のある剣だったのか? だとしても、50年も使い続けることができるのは、異常な力量がないと無理だ。

「その剣に、こだわる理由は?」

「この剣を手にした時、輝きを見たのじゃ。一筋の月光の如き輝きを。あの時、儂の人生は決まった。もう一度、あの輝きを見るために剣を振るうのだと」

「ちょっといいか?」

 わからない部分がある。

「“輝き”ってなんだ? 月明かりが反射したのか?」

「いんや、ダンジョン内だぞ。月も太陽もない」

「カンテラや、松明の明かりってことか?」

「違う」

「んじゃ、なんだよ」

「はぁぁぁぁぁぁぁ」

 爺は、深いため息を吐いて言う。

「わからんかー!」

『わからんかー!』

 小人たちが声を揃えて続いた。

 仲良くて腹立つな、こいつら。

 小人たちは、急に踊り出す。食後の運動のようだ。

「わからんから、具体的に説明しろ」

「輝きとはな。輝きなのだ」

「………………?」

 意味不明過ぎて星空が見えた。

「見たものにしかわからぬ。鮮烈で幽かな、剣の頂点。いいや終わりといえる輝きじゃ」

「剣の頂点にして終わり」

 本は、その内容を記していない。だから僕が記す。僕がわからなくとも、後々読んだ者が理解するかもしれない。

「で、“輝き”とやらには辿り着いたのか?」

「んにゃ、まだまだじゃな。日々剣を振るっているが、まだ遠い」

「遠いのか」

 色々聞いたが、こいつには石眼と違って実績がない。

 何故に本に記されたのか、全くわからない。

 おまけに、この爺さんの寿命はとっくに過ぎている。そもそもヒームは、40で寿命。50生きたら長生きに当てはまる。80も生きたヒームは初めて見た。

 長生きだから本に記された?

 馬鹿な。

「ん、待て」

 爺が言うと、周囲にいる小人たちが固まる。

「疲れた。眠い。寝るのじゃ!」

『寝るぞー!』

 小人たちは、一斉に家に戻る。まあ、燻った瓦礫だが。

 爺は、剣を抱いて地べたに寝転んだ。

「あ、お前。好きな場所で寝ていいぞ。気にするな」

「………はあ」

 爺は、すぐ寝息を立て始めた。

 本の中身を確認する。

 切断の――――――に続く文字は浮かんでいない。聞いた範囲の話では、僕にも続く言葉は思い浮かばない。

 明日、もう少し掘り下げて聞いてみるか。

 僕も寝ることにした。

 いつも通り、慣れた地べたで。周囲に人の気配があるので落ち着かない。

 全然、眠れない。

 眠れない時は、本を抱えて過去を見る。

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