やはり元カノの結婚式に参列したのは間違いだった。

美女前bI

まだ知らない君

 幸せそうに微笑む二人を眺めながら、僕はここに来たことを後悔していた。なぜ彼らの結婚式へ参列してしまったのだろう。


 僕は確かに断った。八度も断った。彼女にはお金はいらないから是非と懇願された。そんな事言われても、参加となれば常識として祝儀袋を出さないわけにはいかない。


 そして仕方なく来てみれば、同じテーブルの同僚たちがとにかくウザかった。新婦は僕の元カノだし、彼らは僕が一方的にフラれたことを知っている。せめて席を離してほしかった。


 時折、未練がましいとか気持ち悪いとか批難の声が聞こえてくる。何度聞いてもやはり居心地が悪いのは変わらない。あの時から振り返ってみてもこの時が人生最悪の瞬間だったような気がする。しかし逃げ出せば職場でしばらく嫌味や文句を言われることはわかっていた。彼女は会社のマドンナ的存在だったからね。つまり正解なんてないのだ。


 そうしてる間に、二人の挨拶回りが始まった。今回は一人一人のグラスにビールを注いで回るようだ。順番的に僕たちのテーブルへ来るのは最後らしい。幸せそうな彼女たちの笑顔とは対照的に、上手に笑えない僕は無表情である。


 隣のテーブルを注ぎ終わると、ようやくこちらへと回ってきた。まずは僕の隣の同僚へ、そして僕とは反対側へと回る彼ら。これまではすべてのテーブルで右回りだった。


 彼女の視線が泳いだ気がした。わざわざ僕を一瞥して、今までとは違う左回りにリードしたのは彼女だった。都合が悪いのになぜ呼んだのか、どれだけ考えてもやはりわからないものだ。


 その間も同僚たちの目が僕から離れてくれない。きっと僕が何をしでかすのかと面白がって見ているのだろう。新郎新婦の相手をする同僚までもが視線はこちらへ向けている。その目にはもちろん温かさがない。白けたような冷たい目。何も問題起こすなよと言ってた男は、逆に何かを期待しているように皮肉った笑顔だった。


「ごめーん。一万円札がなくて千円札しか入れてなかったのお」


 レベルの低いセリフが聞こえた。会費制のはずだが、同じ会社の社員としてとても恥ずかしい。こんな衝撃的な言葉も僕は覚えていなかったのか。どれだけ僕は彼女に未練を持っていたのだろう。


 周囲がそちらに注目している間に新郎新婦が僕のところへとやってきた。同僚たちは常識のない女性社員を弄ることに集中しているらしい。


「今日は来てくれてありがとう。しつこく来てなんてお願いしてごめんね。本当に本当にごめん」


 ビールを注ぎながらそう謝る彼女からグラスに数滴の雫が落ちる。その震えるビール瓶を見ていないふりして、彼女達に顔を向けた。


「結婚おめでとう」


 ただ一言そう言って、ビールを一気に飲むとグラスを新郎へと向ける。

 すると彼もあの頃のように美味しそうに僕のグラスに注いでくれる。相変わらず泡の加減が絶妙だ。


 僕は半分だけ飲むと、彼もあの頃のように僕の残りを飲んでくれる。まるで同棲したあの頃に戻ったようだ。でもこいつ酒に弱くて、いつもこの後……わ、忘れてた!


 時すでに遅し。


『え?』


 それは誰の声だったのだろう。


 気づいた時には、新郎に唇を奪われた後だった。絡めた舌に苦みが混じる。つい懐かしくて、こちらも彼から唇を離せなくなってしまった。


 前回もしちゃったもんなあ。やっちゃったもんはしょうがない。やっぱりこうなる運命だったんだと諦めるしかない。


 周りを見渡せば呆けている同僚たち。新婦の元カノに至っては涙が既に消え口をぱくぱくとさせ、声にならない声を上げている。静かになったところで、僕はようやく満面の笑みを浮かべて二人を祝福した。


「おめでとう」


 この結婚式がきっかけで彼女の旦那と僕は人目を忍んで付き合うことになる。夫婦間にはすれ違いが生じ、徐々にそのズレは加速。やがて彼らが円満に別れると、僕と彼の同棲生活がスタートする。それが未来からタイムリープした僕だけが知る話。


 二人の背中に向かって唇が動いていた。それは誰に向けて呟いたものなのか。


「本当におめでとう。まだ知らない君」


 足が一瞬止まりかけたように見えたが、彼らはそのまま幸せに向かって戻って行く。


「やっぱりこれが最初の浮気だったのね……」


 そんな返事が聞こえたのもまた気の所為だろう。



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やはり元カノの結婚式に参列したのは間違いだった。 美女前bI @dietking

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