第15話
「あ、あたし……井戸の外まで登りきれるかなぁ」
ミノルは耳たぶをぐにぐに。
「おーい! はやくいらっしゃーい!」
「ンー? イガナイノ?」
「はーやーくー!」
「ちょ、ちょっと待って! 心の準備が!」
クママが叫んだ。ミノルをおいて一人で登るなんて、そんな選択肢はないからね。どうにかして、ふたりで登る方法を考えなくっちゃ。出来るだけ、はやく! だって、マキさんはなんだか――せっかちそうだし。
「ど、どどど、どうしようかなぁ」
「ナニゴマッデンダ?」
「ああ、えっとね、ツルをよじ登るの、ミノルにはちょっと大変でさ。それで、ふたりで登るにはどうしたらいいかなって、考えているところで――」
「ブゥン」
シュルシュルシュル――。
「コラ! コッジー! 引っ張りすぎないでちょうだい! 危うく全部落ちるところだったじゃないの!」
グルグルグル――。
「わああああ!」
「えええええ!」
「マギィ、イグゾ~」
「いく? いくって何が? って、あああっ!」
びゅーん!
ツルを巻きつけられたクママとミノルが、井戸をグングンのぼって――
「「うわあああっ!」」
大きな空の下に飛び出した!
「ひどい、ひどい、ひどい……」
ミノルがブルブル震えている。
「お、おしっこ出ちゃうかと思った……」
クママもブルブル震えている。
「こういうの、なんていうんだったっけ?」
「バンジージャンプ?」
「それって、飛んで降りるほうじゃなかったっけ?」
「それじゃあ、逆バンジージャンプ?」
ブルブルブル。震えはなかなか止まらない。
「まったく、乱暴なことして。ダメじゃない! コッジー!」
『ゴ、ゴメーン!』
井戸の奥からシュンとした声が聞こえた。
「ふたりとも、大丈夫?」
「ああ、はい……いぃっ⁉」
クママとミノルは巻き付いたツルよりもぎゅっと抱きしめ合った。
「な、なんなの? どうしたの⁉」
「わ、わわわわわ!」
洞窟から見上げていた時に持ったイメージと、すぐ触れられる距離に近づいたときのイメージが違いすぎる。マキさんの体、思ったより大きい! ミノルは〝サル以上ゴリラ未満。ほとんどチンパンジー〟と心の中で思った。
「いったい、どうしたんだい⁉」
「ああ、いや、そのぅ……。もっと小柄な方だと思い込んでいて……。思ったよりも大きいなって」
ミノルがぎこちなく笑いながら言った。
「そんなに大きい?」
「思っていたより?」
「ふーん。それを言うなら……」
マキさんは、クママのことをじっと見た。
「……えっと?」
「クママは、思ったよりも小さいわよね」
「あっ……」
クママは頭をぽりぽり。
「最近は言われないけど、前はよく言われてました……」
「じゃあ、仲間ね」
「仲間?」
「イメージと違う仲間」
マキさんがニッと笑った。
「ま、マキさん! あのぅ」
「なんだい?」
「えっと……」
クママは、言いかけてから聞くか悩んだ。聞いていいかな、ダメかな。ええい、聞いちゃえ! 相手は仲間だ。きっと大丈夫!
「マキさんは、どうしてエレンと仲が悪いの?」
「……えっ⁉」
「えっ? エレンが像猿の仲って言ってたから、てっきり仲が良くないのかなって、思っていたんだけど……」
するとマキさんは地面にごろんと寝ころんで、
「あっはっはっはっ!」
空に向かって、大きな声で笑いだした。
「仲、悪くないの?」
「クママ、知ってる?」
「何を?」
「喧嘩するほど仲がいいって言葉」
「聞いたこと、ある、かな……?」
自信がなくて、ミノルを見る。ミノルはうんうんと頷いている。
「うわべだけじゃなくて、魂と魂でぶつかり合える相手ってことだよ。コイツなら文句を言ってもいい。コイツに文句を言われたら、一言一句逃さず聞いてやる。それで、文句があったら言ってやる。コイツが正しいと思うことを言うなら、苦いなって思いながら噛んで飲んでやる。喧嘩しないで仲良くしているやつより、ずっとずっと、相手のことをよく知ってるってものよ」
ミノルは視線を感じた。その方をそっと見てみる。クママが不安そうな目で見ている。まるで、〝ぼくたちそんなに仲良くない、ってこと?〟と問いかけられているような気がする。
「まぁ、でも。喧嘩しないと仲良くなれないってことじゃないわ。わたしとエレンは、喧嘩してこそ仲良く居られるってだけ。でも、最近はわたしがこの森を出ないし。エレンはこの森を駆けまわれないくらいに大きくなってしまったから、全然会えなくて、喧嘩のしようもないんだけど」
マキさんがトントン、と地面を叩いた。隣に寝て、と言われた気がして、ミノルはごろんと寝ころんだ。その様子を見て、クママもごろん。
空だ。大きくて、青い空。久しぶりの地上。広い。明るい。怖くない。大きく息を吸ってみる。肺がぷくぅっと膨らんでいく。ふーっと息を吐いてみる。口から踊るように空気が飛び出ていく。
「エレンが来ると聞いて、楽しみにしていたんだけど。仕方ないわね。あなたたちに出会えただけでも、良かったわ」
マキさんは、少し悲しそうな顔をした。
「マキさん、ぼくね――」
『ハラァ! へッダァーッ!』
地面がブルブルッ!
井戸がトランペットみたいに、大きな音を吐き出した!
「た、大変! コッジーのこと、忘れてた!」
マキさんの顔から、悲しいが消えた。かわりに、顔いっぱいに焦りが浮かぶ。
「あの子、中途半端に食べると、空腹を耐えられなくなるのよ」
「どういうこと? ぼくにはよくわかんないや」
「お腹の虫を刺激したら、もう手が付けられなくなる、ってこと! 大変! 何か食べるものを急いで作ってあげなくちゃ! また家を壊されちゃう!」
「あたし、手伝います! ……って、コッジー、家を壊したことがあるんですか?」
「あるわよ? あっちもこっちも。ギャーギャーワーワードンドン暴れるものだから、グラグラ揺れてボロボロになっちゃうのよ。直すより新しくする方がらくちんだわ、って、壊されるたびに引っ越しをしているの。おかげでいろんな家に住むことができて楽しいけれど……。わたし、この家気に入っているの。だから、今壊されたら困っちゃうわ」
「ねぇ、マキさん。コッジーが洞窟の外に出ればいいんじゃない? そうしたら、グラグラして家がボロボロになることもないんじゃない?」ミノルが問うと、
「あの子はね、あんまり見られちゃダメな子だから」
マキさんが、ピンと立てた人差し指を口の前に添えながら、小さな声で言った。
「なんで? なんで?」クママが好奇心たっぷりに、小さな声で問う。
「あの子は、ヒミツの存在だからこそ、生きていられるの。あとできちんと話そうと思っていたけれど、今はっきりと伝えておくわ。あなたたち――あの子のことは、街の、森のみんなには内緒にしてね」
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