クママとミノル、洞窟を行く

第12話


「ぼ、ぼくたち、マキさんのところへ行こうとしていたんだ」

「マギ?」

「それで、迷っちゃって」

「アァ? グイモントマギハ、ドウイウガンゲイガアッヂャ?」

「そう思うってことは……あなた、マキさんに会ったことがあるのね?」

 ミノルの瞳が輝いた。だって、この生き物から話を聞くことが出来れば、なくした地図の代わりになるかもしれないと思えたから!

「え、えっとね。あたしたち、マキさんのところへ行って、空飛ぶパンを作る方法を教えてもらおうと思っていたの。それで、マキさんのところへ行けば、パンを焼く材料とか道具があるだろうっていう話で……」

「ナルホド。ダジガニ、マギナラソノネガイ、ガナエラレゾウヂャネェ。ゾンデ? マギノドゴヅレデイッダラ、パングワゼデグレルッヅウゴドガ?」

 ネッシーのような生き物が、また笑った。クママとミノルは、また跳ねた。

 連れて行ったら? それって、道を教えてくれるだけじゃなくて、案内してくれる、ってこと? この、大きな体で?

 不思議なことは山ほどある。恐怖心がないと言ったらウソになる。けれど、断る話じゃない、とミノルは思った。

「そ、そうね! きっと、食べさせてあげられると思う!」

 マキさんがどんな性格かわからなければ、マキさんの家に何があるのかもわからない今、絶対と保証することはできないけれど。

「ね、ねぇ! あなた、名前は?」ミノルが問うと、

「アァ? ナマエ? ナマエェ?」

「もしかして、名前って言葉を知らないのかな?」

 ミノルはクママに小さな声で問いかけた。

「そう、かも?」

 クママはうーん、と唸ると、

「ねぇ、マキさんになんて呼ばれてるの?」

 ネッシーのような生き物に、大きな声で問いかけた。

「マギニガ? アァ……。ゴッジー」

「なるほど。じゃあ、名前はゴッジーってことだね」

「アァ。ナマエッヅウノハ、ゾレノゴドガ!」

 ゴッジーが笑った。クママとミノルはまたまた跳ねた。跳ねるのにはもう慣れた。少しも怖くない。ゴッジーと一緒に心の底からただ笑いたくなって、そんな気持ちに嘘をつくことなく笑う。

「そうそう! それのこと! あっ! そういえば、ぼくたち名乗ったっけ?」

「ゴッジーに名前を聞いたのに、あたしたちまだ名乗ってないかも!」

「ぼく、クママ!」

「あたし、ミノル!」

「グママドミノルガ。イイオドダナ!」

 いい名前と言われたことならあるけれど、いい音と言われた経験は、記憶の中にはない。なんだかちょっとムズムズする、とクママは思った。ミノルを見てみる。ニッコリしていて、ほっぺたがほんのり赤くて、もじもじしているように見える。ミノルも似たような気持ちなのかもしれない。

「ンヂャ、イグガ~」

「行く? 行くって、どこに?」

「アァ? マギノドゴ、イグンダロ? ンデ、パン、ハライッバイ、グワゼデグレルンダロ?」

「ああ、そっか。そうだよね。で、でも……」

 ゴッジーは、この場所からどうやって出るつもりなんだろう?


「アナアゲェ、ダイヂィ」

 ゴッジーが叫ぶと、ゴッジーの前の壁がぽろぽろと崩れ始めた。

「すごい……魔法?」

 クママの瞳は、一番星のようにキラキラと輝いている。

「マボウ? ンナゴドナイ」

「……そんなことあるよね」

 ミノルがクママに小声で言った。

 クママは目をキラキラさせたまま、うんうんと大きく頷いた。

「ア、ゾーダ。アナドジロ~」

 ゴッジーが上を向いて言った。すると、クママとミノルが落ちてきた穴が、すぅっと小さくなっていった。

 ――クママ! ……!

「今、誰かがぼくの名前、呼んだ?」

「そう? あたしには何も聞こえなかったけど。っていうか、クママ。手を貸してよ。握っていたら、怖さが少し無くなりそうだから」

 頭上の穴はもうすっかり閉じて真っ暗。だから、ちょっとだけ怖いのだ。

「ああ……うん。わかった!」

 ふたりはぎゅっと手を握った。


 ドスン、ドスン、ドスン。

 ゴッジーは魔法のような力で横に開けた大穴をずんずんと進んでいく。

「ゴノザギ、ドウグヅ。グママ、ミノル。ゼッダイオヂルナ~?」

 洞窟? 落ちるな?

「どういうこと? って――」

「うわぁ!」

 ゴッジーの体がドン、と落ちた。

 クママの体がぴょん、と跳ねた。

 ミノルは慌ててクママを引き寄せる。危ない。さっそく落ちちゃうところだった。

 あたりを見てみる。暗くてよく見えないけれど、なんとなくはわかる。まるで、大きな大きなトンネルだ。そして、下には水がある。だって、なんだかゆらゆら揺れているように見えるし、その揺れとゴッジーの揺れがよく似ているようにも感じる。それだけじゃない。ゴッジーが体を動かしてすいすいと進めば進むほど、ざぶんざぶんと音がする。だから間違いない。

 驚いた。こんな空間が地面の下に広がっていただなんて!

 いや、もしかして……ゴッジーが今開けたのかなぁ?

 ぼわん。ぼわわん。じわじわと、ゴッジーの体が光を放ち始めた。おかげで洞窟の中がほんの少し明るくなった。下を見る。やっぱりだ。今、ゴッジーは水をかいて進んでいる。キラキラと輝くきれいな水に、恐怖心が溶けていく。心をときめかせながらあたりを見回す。

「オヂルナッデ、ヂャンド、ヂュウイジダゾ?」

「ああ、うん。ちゃんと聞いていたよ! だけど、心の準備がまだだったみたい」

 クママはぽりぽりと頭をかいた。

「ジバラグ、ドウグヅ。オヂルナ~?」

「うん! わかった! しっかりつかまってるね!」

「ゾウジロ~」

 ざぶん、ざぶん、ざぶん。

「クママ、クママ!」

「どうしたの? ミノル」

「あそこ! あそこを見てよ!」

 ミノルが指さす先を見てみると、そこにはキラキラ輝く色とりどりの宝石があった。

「すごい! 宝石だ! ぼくも何か探してみよ~っと!」

 キョロキョロとあたりを見てみると――

「うわぁ! ゲジゲジ!」

 クママは脚がたくさんある虫を見つけたみたい。

「うぅっ!」

 クママが見つけた虫をしっかり見てしまったミノルは、怖くなってクママに抱きついた。

「オメェラ、モジガジデ、ムジニガデガ?」

「あ、ああ……。苦手っていうか、なんていうか。ちょっと怖い、かも?」

「ゾリャア、ゴマッダ。マギントコノヂガグ、デダゴドアルンダヨナァ」

「出たことあるって、何が?」

「ザッギノ、ゴドモ。モッドデッガイノ」

 ひぃっ。

「ミノル、痛い……」

「ご、ごめん、クママ」

 クママに抱きついていたミノルが、クママから離れた。それから、耳たぶをぐにぐに。

「だ、大丈夫だよ。たぶん、きっと!」

 クママはミノルを元気づけようと、にっこり笑顔で言った。

 すると、その時、

 ひゅん!

 体が浮いた! みんなバラバラに浮いた! 洞窟に入ったときの落下とは比べ物にならない! 罠にはまってしまったときと同じかそれ以上、体が浮き続けている!

「わあああっ!」クママが叫んだ。

「きゃあああっ!」ミノルはぎゅっと目を瞑った。

「オッドッドッドォ」ゴッジーは慌てることなく、少しも抗うことなく、ただ落ちた。



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