大江戸大相撲大会

主道 学

第1話 禁止された武士の魂

 江戸初期の最強と謡われた剣豪で大名に仕えていた。宮本武蔵の息子。宮本武部は、数え五つの時に幽霊という存在というものを全く信じてはいなかったが。 


「相手が幽霊だったら、敵わない」


 宮本武部は、父に剣では敵わないならと、二刀の剣を早々と捨て。代わりに素手で相手を倒すといわれる二天一流兵法の奥にある古武術を学んだ。


「えい! や!」

「ぬぬぬー」


「そこまで!」


 滝のような汗を掻いて、宮本武部は木刀を降ろすと、相手に向かって一礼した。


 組み手の相手は、有名な佐々木小次郎である父を持つ。佐々木相太郎である。言うまでもないが、父である佐々木小次郎は宮本武蔵と巌流島で決闘し、そして相討ちとなった人物である。相討ちとなったことに、憤慨した佐々木小次郎は、やけくそで押し入った小屋で、しばらくして生まれてきたのが、この名前に因んだといわれる相太郎であった。


 武部と相太郎は、古武術の稽古が終わると、道場の床を門下生と共に丁寧にぞうきん掛けをしていた。


 ぞうきん掛けがてら、相太郎が隣で屈んでいる武部に小声で耳打ちをした。


「ちと、武部よ。耳に入れたい。昨晩の丑三つ時に、なんでも芝居小屋の江戸四座の通りにある小橋で二人の侍と歌舞伎役者が斬られたそうだ。だが、斬られた下半身は、どいつも小橋の下の川へ落ちたわけでもなく。まるで、持ってかれたかのように消えてなくなったようだ」

「それは面妖な……足でも欲しがっていたのか?」

「いやいや、それはないぞ。何故なら、血も一滴もでない。周りにいた酔っぱらいどもも音すら聞いていない。いつ斬られたのかも誰も知らないときた。これでは、下半身ごと消えたも同然だし、足だけ欲しがっていてもなあ?」

「……それは、なおさら面妖なことだぜ?」


 ぞうきん掛けをしていた。門下生の一人。林原 健之助もしゃがんでこちらに寄って来た。もう、とっくに床は綺麗になったというのに、三人は未だぞうきん掛けを足元だけしている。


「聞いたぜ。そりゃ、岡っ引きや奉行所の間では、天狗の仕業と噂されているんだぜ」


 宮本武部は、独り言ちた。


「相手が、妖怪……。しかも天狗となれば……敵わない」

「武部よ。お主も気を付けよ。あそこの小橋はお主。良く通るであろう。それと、小耳に挟んだのだが、どうやら、腕に覚えのあるものの前にも時々現れるらしい」

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