詩季紙ノ陣

 初撃で精霊獣ライドウの能力を推し量ったエルクリッド達が再び攻めへ転じる。セレッタが逆巻く水流を高く打ち上げて弧を描くように三本の槍としてライドウを狙い撃ち、それに対しライドウは髭を動かして帯電すると轟音と共に雷を放ちぶつけ合わせて打ち消す。


 二つの属性の反発と相殺による白煙が巻き起こる中で視界が消え、ヤサカの刃がライドウ目掛け放たれ鎖が首に巻きつけられるもライドウは動じずに放電し反撃へ。だが晴れる煙の中に三日月の刃が床に突き刺さる状態なのを捉え、刹那に側面よりリオが霊剣アビスを押し当てるようにして至近距離から振り抜き身体を切る。


(なんて鱗の硬さ……やはり普通の攻撃では突破は難しいですね)


 ようやく一撃を与えたと言いたいが傷は浅く、飛び散る血も少ない事からリオはすぐに離れながら攻撃方法を改める認識をし、全身から放電し首に巻き付くヤサカの武器を弾き飛ばすライドウが身を震わせ平然と佇む。


 ここまではお互い様子見、アセスの分析をしている序盤の流れだ。ここからどう動くか、どう戦いを動かしていくかが重要となる。

 緊張感たかまる中でルナールがわざとらしく深くため息をつき、カードを口元に運びながらエルクリッドらを捉えつつ動きを見せた。


「五月雨の、音に消される、慟哭は、愛しさ転じ、憎悪へ変わる……ホームカード展開、悲恋の雨空」


 ホームカードが展開されると共に戦いの場に冷たい湿気が集まり始め、やがてポツポツと小雨が降り始める。

 悲恋の雨空は弱い雨を降らせるだけのホームカード。だがそれよりも、エルクリッド達はルナールがカードを展開する前に口上を述べた事が気がかりだった。


(ホームカードに高等術はないはず……)


(だが何か……嫌な予感がするぜ)


 スペルにはスペルブレイクと詠唱札解術が、ツールにはオーダーツールが存在し、アセスの武器防具だけを召喚する武装召令もあるがホームカードには一定条件を揃えて展開されるドラマがあるだけだ。

 加えてドラマは発動条件が厳しいものも多く、それを狙うよりは素直にスペルやツールで強化した方が良い事のが多い。


 だがそれが逆にエルクリッド達の警戒心を強めていく。ルナールの考えが読めない以上尚の事だ。

 武器を拾い直したヤサカへシェダが目配りして意思を伝え合い、それを見てリオもカードを引き抜きセレッタも雨で濡れる床を見て能力を活かせるのを確認し、ルナールが背中のカード入れへ手を伸ばすと共に仕掛けた。


「スペル発動アクアエッジ」


 最初に仕掛けるのはリオ。スペルを発動して霊剣アビスの刃を指でなぞると刃が青い光を帯び、振り抜かれるとともに水の刃が小雨の中を飛びライドウへと向かう。

 刹那にヤサカもまた身体を捻ってライドウの足下を狙うように三日月状の刃を投げつけ、セレッタも雨で増す水量を利用しライドウの頭上から水の塊を落とす。


 次の瞬間、ライドウはその場で跳び上がるとそのまま空気を蹴って宙へ駆け上がり、全ての攻撃をあっさり避けるとそのままヤサカの上をとって雷を落としてみせる。


「スペル発動プロテクション!」


 咄嗟にシェダがプロテクションのカードを切って守ってみせたがライドウは止まらず、全身から放電し網目状の雷を地上へ落として広範囲を薙ぎ払う。刹那にセレッタが水を操り電撃の流れる方向を操作し自分や仲間達が濡れた床を通して電撃を受けぬようにし、その上で回避行動で直接当たるのを避けられるよう促す。


「スペル発動、人魚の涙……対象は、そうだの、霊剣を手にする王国騎士にするか」


 ゆっくりとカードの発動をルナールが宣言し、対象とされたリオを泡が包み込む。すぐに切って出ようとしたが霊剣アビスで切られても人魚の涙はぐにゃりと柔軟に形を変えて鋭さを受け流し、ふわふわと浮いて動きを封じられた所へライドウが狙って雷を落とす。


「リオさん! ツール使用銅の避雷針!」


 素早くエルクリッドがツールを使い、リオのすぐ上に現れた銅のトゲの塊へライドウの雷が引き寄せられ受け止める。その間に人魚の涙が割れてリオは脱出に成功し、だがすぐにルナールが次のカードを切った。


「ツール使用、呪詛の指輪……これを、鬼の戦士につけてもらおうか」


「させねぇ! スペル発動ツールアウト!」


 ヤサカの左手薬指に紙の指輪が現れて装着され、直後に指輪から皮膚へ文字が広がっていき力が抜けていく。が、すぐにシェダがツールアウトのスペルを使い呪詛の指輪が千切れて消滅し、ルナールの狙いを打ち崩したかに見えた。


 だが彼女は、くすくすとほくそ笑みながら妖しくその詩を口ずさむ。


「降り注ぐ雨は黑となり、呪詛を孕む悲恋の乙女の想いは災禍と怨嗟を産み、招かれる惨禍を睥睨し高らかに嗤う……! 詩季紙ノ陣しきがみのじん、悲恋の雨空……!」


 雨が強くなりながらその色を黒く染めていき、やがて濡れる身体が重くなったとセレッタ達が感じた瞬間に水がしがみつく乙女を形作り、空いた眼孔で虚無を招くように見つめていた。


 セレッタはすぐに自らの水流で流そうとするが黒に染められ別の乙女がまとわりついて事態は悪化し、ヤサカも振払おうとするが拘束力は強く、リオもまた伸ばされた手が首を強く締め上げ戦慄する。

 何が起きたのかわからない、だがエルクリッドはルナールが口にした詩季紙ノ陣しきがみのじんという言葉でそれが高等術なのを理解し、今打てる最善手を考えていく。


(拘束は抗うと強まる……そしてあの詩……なら……!)


 分析を終えてエルクリッドがセレッタ達の名を呼んで振り向かせると、ある言葉を飛ばす。


「そのまま何もせずに受け入れて! 多分それで対処できるから!」


「おいおい、それで何とかなるのか!?」


「あたしらがカード使ったりしても駄目だと思う、でも逆をすればあるいは……!」


「……ヤサカ、動くなよ」


 抵抗せず受け入れる。シェダはエルクリッドが前を見続け冷静な分析をしているのを理解するとヤサカへ指示を出し、それに従う形でセレッタ、ヤサカ、リオはその場で止まりじっとする。


 すると拘束はなくなり黒の水の乙女はまとわり続けてこそいるが害を与える素振りをせず、なるほど、とリオも考える余裕を持てたがハッと我に返り上を見上げた。


「一手遅いのう……やれ、ライドウ」


 黒の雨を切り裂く雷が、黒の乙女まとわりつく戦う者達を貫き通す。

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