瘴気領域
「仄暗き深淵より頭を上げ星に祈りを捧げよ、おいでローレライ!」
「魔槍の使い手よ、その疾き技で勝利を貫け! 行くぜディオン!」
エルクリッドは魔獣ローレライを、シェダは魔人ディオンを薄暗い部屋の中で召喚し戦闘態勢へ。瞬間、シェダの判断を待たずにディオンが床を蹴り駆け出し、それにトリスタンがカードを抜き即応する。
「スペル発動デスバインド!」
ディオンの足下より黒い影が広がりいくつもの腕が迫り行く。それらを魔槍で切払いつつ持ち前の俊敏さで振り切り、その間に身体から出す白い煙を十分に床に広げたローレライが口を開きデスバインドの黒い腕を赤い光で照らし一気に焼き尽くす。
「さすがに簡単にゃいかねぇか……いいぜ、今日という今日は確実に始末してやるよ! デュオサモン、デフィア! グールズ!」
鋭い目つきと強い語気と共に魔力を滾らせたトリスタンがアセスを呼び出す。見つめに灰色の体躯を持つ魔物バジリスクのデフィアと、青白い痩躯の死人グールの大群を同時召喚し迎え撃つ姿勢を取る。
デフィアがトリスタンを守るようにとぐろを巻き、グールの群れは瘴気を受けても平然とし痩せ細った身体がみるみるうちに色艶を取り戻し、筋肉質のものへと変わっていく。
瘴気はグールをはじめとするものには糧となり力を与える。石化の息を吐くバジリスクのデフィアの存在と併せ、トリスタンの宣言がより厚みを増す。
「こうも暗いとバジリスクの息も見えづれぇし広いっても数で押されるのも厄介だな……」
そう漏らすシェダの前にディオンが一度戻って魔槍を構えたが、興味津々といった様子で鼻先を後ろから小突いてくるローレライに気づき振り返り、苦笑するエルクリッドに応えるように軽く撫でてやって前に向き直る。
ローレライも半透明の身体の中の光を明滅させながら頭を上げて臨戦態勢となり、エルクリッドも深く息を吐いて前を見据えた。
「灯りの方はあたしとローレライが何とかするよ。あんたとディオンは攻撃をお願い、可能な限り守りもする」
「自分の身くらい自分で守るぜ。それに、ここで勝たなきゃ先はねぇからな……!」
本気の殺し屋相手に生き残るには倒すしかない。脱出不能とされてるなら尚の事だ。
エルクリッドがカードを引き抜きディオンが身体を沈め一瞬で姿を消し、刹那にグールの群れの中で魔槍を振り抜き全ての個体を横一文字に切り裂く。
「ツール使用、魔除けの篝火!」
部屋の天井中央に大きな火が現れて四つに弾けて部屋の四隅に落ちて燃え上がり、その炎が灯りとなって部屋を照らし出す。
暗さが消えて視界が良くなり、部屋の全体像もよく見える。瘴気が発生している以外は大きな平らな台のようなものが壁側にあり、何かを置いていたと推測ができ、トリスタンの背後の玉が瘴気を集めている状態からその答えをディオンが導く。
(瘴気を利用しての研究か……人だった頃にそんな研究があるという話を聞いたことがある)
(ここがそうだってのか? ならあの玉ぶっ壊しておいた方がいいな)
旧き時代を生きていたからこそ知り得る知識を元に導かれた答えからシェダは判断を決め、それを察したトリスタンもまた舌打ちしつつカードを引き抜きデフィアもまた玉を守るように黒い吐息を撒き散らす。
「スペル発動怨霊の盾!」
鈍い光を放つ黒い玉の周囲に妖しい赤の光の帯が幾重にも集まり、それらが蠢き結界のように張られた。
それがスペルとしては珍しい持続するものとシェダとディオンは察し、デフィアの吐息と併せそのまま突っ込むのは危険と判断し一度引く。
その間にディオンに両断されたグール達が傷口を繋ぎ合わせ元に戻ってゆらりと立ち上がり、刹那に白い煙が足下へ広がるとローレライが口を開き赤い光を当てて一瞬で焼き切る。
が、一度に照射できる範囲の限りがある為全てのグールとは行かず、残った個体や半端に焼き切られた個体から分裂するように増えて数を戻されてしまう。
「ここは瘴気領域とも言われるような環境だ、てめぇら如きに俺様の布陣が崩せると思うな!」
意気揚々たるトリスタンの勢いに合わせるようにグール達の目が光り横一線に走り出す。これにローレライは長い身体をしならせ尻尾でまとめて打ち飛ばし、飛ばし切れなかったものをディオンが魔槍で首を跳ね飛ばしつつデフィアの動きに気を配った。
トリスタン側からすれば瘴気領域と称したこの部屋の瘴気によりグールが強化されてる状態であり、その上で触れればほぼ確実に即死へと持ち込めるデフィアの石化の吐息という必殺の札をちらつかせ攻めを防げるという優位がある。
また時間がかかるほどに彼の後ろにある黒い玉の瘴気吸収は進行し、それが済んで逃げられるという可能性も大いにある。焦って隙を見せればトリスタンは逃さず死を招く殺し屋というのもあり、エルクリッドとシェダは不利であった。
だが今、トリスタンはカードを四枚使っている状態で限られた札しか使えない。デュオサモンでグールとデフィアを召喚し、黒の牢獄を展開し怨霊の盾で瘴気を集める玉を守り使えるカードはあと一枚のみ。
以前地の国にて相対した時も同じように同時行使枚数の制限を突いたエルクリッド達だが、それでも十二星召イスカが助けに入らねば危うかったのも事実である。
(でもこいつくらい倒せなきゃ、あたしの目指すものには程遠い……!)
(俺の行く先に着くには勝つしかない……!)
エルクリッドとシェダはそれぞれの目指す先を思い起こし目に光を灯す。暗闇の中に満ちる殺意に立ち向かい、先へと進む為に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます