死地に眠るーDeathー

地獄門

 そこは禁足地。


 そこは眠りの場所。


 そこは永遠の苦痛を与える。


 そこは牢獄そのもの。


 何故それはあるのかわからない。


 何故守られているのかもわからない。


 ただそこにあるものは、触れてはならないという事実があるだけだ。



ーー


 火の国サラマンカ南部にあるカゲロウ神社から南西に行った場所にその場所はある。世界中の罪人達が逃げ込む最後の場所であり、だがそこに群がる者共は血で血を洗う争いを繰り返し外道へ落ち、魔を帯びてさらに血で血を洗い肉を貪り合い、死してなお鎮まることなく怨嗟を撒き散らすとされる。


 地獄門と呼ばれるそこにはおぞましい鬼を象る大きな鉄扉とかんぬきで封鎖されている。暁の中でエルクリッド達は十二星召イスカと彼の配下と共に瘴気漂うそこへ到着し、本来閉じられているはずの門が無残に破壊され開けられているのを目の当たりにする。


「急いだ方が良さそうだ。君達はわえと一緒に進むよ、お前達はここで防衛と瘴気を防ぐのを頼む」


「かしこまりました」


 沈着冷静にイスカは指示を出して黒装束姿の彼の部下達が防衛線を築き始める。それと同時にイスカは何も言わずに走り出し、エルクリッド達も説明される間もなくその後を追う。


「地獄門って、確か……」


「罪人達が最後に到達する場所と言われ、不毛の土地でさらなる罪を重ねた者達が魔に落ちて尚殺し合いを続け、いつしか死の土地となった場所です。常に瘴気を放っている上に何かがあるという事はわたくしも聞き及んでいますが……詳しくはわかりません」


 走りながらタラゼドはノヴァに答え、何かを呟くと全員に柔らかな赤い光がまとわりつき瘴気を遮る膜となる。

 瘴気は何らかの要因で発生する汚れた空気そのもの。濃い場所ではほとんどの生命は死に絶え、限られた魔物か瘴気そのものを糧とする死霊などしか住まない環境だ。


 当然人体にも影響はあり瘴気用にエルクリッド達も事前に渡された口に布を巻いているが、タラゼドの魔法を受けて尚腐敗臭にも似た瘴気を完全には遮れず、地獄門という場所の瘴気濃度の高さが伺い知れた。


 谷間の一本道で灰褐色の道は積まれた石の塔がいくつもあり不気味そのものであり、瘴気のせいで空も紫色に曇り果てている。そんな場所に何があるのか、走りながらエルクリッド達が疑問を浮かべていると、イスカがあまり言いたくはないけどと前置きをし走りながらそこにあるモノについて語る。


「地獄門に餓鬼って呼ばれてる魔物の一種がいて、普通の方法だと救ってやれないから特別な術式をするのが決まってた。ネビュラの件でやる暇がなかったし、ここに何を求めるのかもわからないけど」


 餓鬼と呼ばれる魔物の事はエルクリッド達も名前だけは知っている。火の国の言い伝えに出てくる罪人の成れの果て、実在しない存在とされている。

 それがいる事は少し驚きではあるが、イスカの言うようにそんな餓鬼がいる瘴気が強い場所でネビュラは何をしようと言うのかは想像がつかない。


 刹那、何かを察したイスカが急停止し遅れてエルクリッドらも止まるが、次の瞬間に崖の両側から落石が迫る。


「オーダーツール、舞姫ルリ……演武独楽……!」


 素早くオーダーツールから機巧人形ルリを使用し指先から赤い糸を放ったイスカが操り、刹那に両袖から幾重もの刃連ねた腕を出したルリが独楽のように回転し岩を弾き飛ばし切り裂く。


 瞬間、地鳴りと共に地面が割れて地下空洞へ誘われる。突然の事態にイスカは羽織を脱ぎ捨て背中の機巧の腕を展開し片手で崖にしがみつき、もう片方で糸を飛ばしてノヴァとシェダを捉え、自身の右手も使い糸を飛ばすもリオには届かず、しかし彼女は自力でカードを引き抜きローズを召喚し難を逃れた。

 残るエルクリッドも散らばる破片を蹴りながら上を目指し、浮遊魔法を使って留まっていたタラゼドの伸ばす手を掴み落下せずに済む。


「明らかに罠、ですよねこれ」


「わたくしたちが来る事を見越していたのは間違いないでしょう。皆様もひとまず無事ですが……このまま行くのは少し危険かもしれませんね」


 何かが掘り進んだような痕跡が空洞から見え、落石も人為的なものが感じられた。タラゼドの言葉を聞きながらイスカは崖に掴まる機巧の腕を使って上がって同時にノヴァとシェダを引き上げ、リオ、タラゼド、エルクリッドも地上へと降り立つ。


 罠が仕掛けられてるとなると急ぐ事は難しい、だがそれ以上のある事をリオは勘付いて口にする。


「敵は既に目的を果たしているのかもしれません」


 思わずエルクリッド達が振り返り、そうかもねと目を細めながらルリをカードに戻し機巧の腕を畳みながらイスカもその事に触れ始め、ゆっくり歩き進む。


「今十二星召も神獣の警戒で五人が動けなくなってるし、アヤセもザキラの尋問を続けてる。戦力分散を兼ねてるなら、罠で時間を稼ぐのは定石……追う側は焦るしね」


「じゃあどうするんすか、このまま何もせずに戻るんすか?」


 いや、とシェダに答えつつイスカは足を止めて振り返り、カード入れからカードを引き抜くとそれをシェダへ投げ渡す。投げられたカードを確認すると封をされた巻物が二つ画かれたカードであり、見たこともないものとわかる。


「わえは戻って相手の動きを調べ直す。ネビュラ・メサイアがいるいないどっちにしろそのカード……羅生経典は必要になるから渡しておく、使うべき時はわかると思う」


 少し早口気味に伝えるとそれじゃ、と言ってイスカは来た道を引き返し走り抜けていく。

 二転三転する状況に翻弄されエルクリッド達は顔を見合わせるも、行こう、とエルクリッドは言って両頬を叩き気を引き締め直す。


「今やれる事を、精一杯やろう」


「……その通りだな。行くか」


 今やれる事を精一杯やる、当たり前ではあるが改めてエルクリッドが口にした事で答えたシェダに続きノヴァ、リオと頷き一行は先を急いだ。


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