20話
『もうあなたはただの人○し。私のトモダチにはいらない。』
イバラの結界から引きずり出された黒い人影の首を、声の主は締め上げていく。黒い人影はもがき、見る見るうちにしぼんでしまった。
「石水さん…どうして…。」
『こっちのセリフだよ。こんな夜中に女子2人で出歩いて。しかもあんな奴のために。だからこんな目に合うんだよ?』
音色ちゃんは蒼美に目配せする。蒼美はイバラを再び伸ばし結界を作り直す。
『ねえこのイバラ解いてよ。私もこれには手を出せないの。もうあの子たちにも手出しさせないからさ。』
「そりゃいいこと聞いたね。蒼美、しっかりイバラを組んどいてよ。」
『ええ~!?というか、秋津さんもどうして?電話の内容から察するに知っているんでしょ?あいつの過去。』
「ザクロの部屋にいたのは、あんただったのね。」
イバラの結界のすぐ外から声が聞こえる。間違いなく、石水あきらさんだった。
「…成仏できてなかったんだね。」
「する気なかったんじゃない?」
『お母さんのことが心残りだったのは本当。でも善意で協力してくれた2人には悪いけど、成仏なんてする気なかったよ。未練というか、むしろやりたいことができたというか。』
「黒い人影集めて、なに企んでるのさ。というか、アイツらは何なの?」
『この子たちは自〇して、成仏できなかった子たち。正確にはその無念な思いとか、恨みとか、憎しみとか、そういう悪意・負の感情が独り歩きしているような感じだね。本人そのものとはちょっと違う。だからさっきみたいに狂暴になっちゃう子がたまにいるの。』
石水さんは話しながら結界の周りをゆっくりと回る。足音はない。
『私はあの子たちに勇気を出させてあげたの。あの子たちは復讐する権利も、その為の力もある。だから…。』
「○人教唆ってところ?」
音色ちゃんの声に沈黙が返ってくる。
「最近この辺で妙に多かったよね。あの黒い影たちが関係してると思っていいの?今日帰って来たときも電車で事故があったけど、関係ありそうだね。」
今日石水さんの実家に行った帰り、電車で事故があり遅延していた。近辺で信楽先輩が黒い影を見ていた。関係あるとみていいだろう。
『○人教唆なんてひどいなあ。そもそもあんな人でなしどもを○したとして、○人とは言わないんじゃないかな?不幸になるべきものが不幸になった、それだけのことだよ。』
「…そんな…。」
信じられなかった。否定して欲しかった。どんなにいじめられても、ひどいこと言われても誰かを憎むことのなかった石水さんが、人の不幸を望んでいる。そうは見えなかっただけで、本心は当時の私のように人を憎んでいたのだろうか。自分とも、他の人間とも違う、心の強い人だと思っていたのに。
「まさか…じゃあ、石水さん…中学の時の虐めっ子達を…。」
『え?ああ、私はヤッてないよ。確かにいじめられてた。卒業後、高校でも1人でいることが多かったよ。けど、私の死因は事故だからね。それで復讐だ~ってやっちゃうのはさすがにね。でも、やっぱりさ…。』
イバラがガシッと掴まれ衝撃が走る。石水さんのものであろう両手の指がイバラの隙間からのぞかせる。
『やっぱりおかしいよ!』
イバラを強く握られた指からは血がしたたり落ちている。生きている人間と同じ、赤い血がぽたぽたと音を立てる。
『何で、何にも落ち度のない私が死んで!人を死に追いやって平気でいる奴らがのうのうと生きているの!?おかしいよ!納得いかない!』
イバラから覗かせる指が黒く染まっていく。見た目も気配も生者と見分けのつかなかった彼女から、他の黒い人影と同じような嫌な気配が立ち込める。
「い…石水さん…。」
『ああ、いけないいけない。感情に飲み込まれてはダメね。』
ゆっくりと石水さんの指に肌色が戻る。地面に落ちていた彼女の血痕はいつの間にか消えてしまっていた。
『感情に任せて、気に入らないからって何かを傷つけてしまってはアイツらと同じ。私はね、これ以上不幸になる人が増えないようにしたいの。だからこの子たちに、遠慮はいらないって、もう1人じゃないって声をかけて集めたの。』
石水さんは自分に言い聞かせるように説明する。イバラの外の嫌な気配が、少しずつ包み隠すように小さくなっていく。
「聞き分けの悪そうなのもいたけど?」
『うん。そういう子とはお別れしてるの。』
「いつか手に負えなくなると思うけど。そして、ただただ不幸をまき散らす存在になると思うよ?実際、あなたはもうアタシ達の手に負えない怪異になってしまったようだし。」
『ひどい言いようだね。ありきたりな台詞を言うようだけど、”生きている人間の方が”よっぽど不幸を振りまいている、恐ろしい存在だと思うよ?』
「でも…!」
私はイバラを挟んで石水さんと向かい合った。姿は見えないが目の前にいるのを、まっすぐにこちらに向ける視線を感じる。
「そんな人ばかりじゃないし…過去のことで後悔してる人もいるし…。少なくとも吉祥さんは、今の吉祥さんは人を不幸にする人じゃないよ。変わろうとしている人だっているんだよ。」
『…。』
少しの間、マンションの駐車場は夜の静けさを取り戻す。石水さんはイバラから手を放し、ため息をついた。
『人が変わるっていうのは、あり得ないことではないとは思う。渡良瀬さんは変わったもんね。前は人との関わりを避けているようだったのに。こんな夜中に、こんな目にあってまで、誰かと、誰かのために動いているんだもん。』
「吉祥さんも、その、昔はわかんないけど、今は誰にでも優しいよ?」
『渡良瀬さんには見せてない一面はあるはずだよ。仮に本当に変われるとして、アイツらに、人様を○に追いやるような奴らに、変われる未来・可能性はほとんどないよ。』
「だからって人の命を奪うことを良しとしてたら、いつかさ、自分にない未来があるってことを理由に生きてる人間を呪うようになったりしない?あなた変わらないでいられる?」
『わ、私は…!』
音色ちゃんの質問に石水さんが答えようとするのとしたのとほぼ同時に、イバラの結界のそばに何かの気配が感じられた。黒い影のような嫌な感じはないが、ヒトではないとわかる程度の弱い霊気といえばよいだろうか。
『どうしたの?やっと済んだ?…うそ、生かしておくというの?』
石水さんは何かの気配と会話しているようだったが、石水さんの声しか聞きとれない。状況から察するに、吉祥さんの部屋に現れた子と思われるが。
「音色ちゃん何話してるか聞こえる?」
「真夜ちゃんが無理なのにアタシがわかるわけないじゃん。多分あれがザクロの言ってた子だと思うけど。」
イバラの隙間から覗き込むと、石水さんと離れた場所にもう1人同年代の女の子が見える。相変わらず石水さんの声しか聞こえないが、何やら決裂した様子だ。
『本当にいいのね?』
石水さんの質問に女の子は頷く。黒い人影達は納得いかないのか、ざわめいている。石水さんは影たちを制しながらこちらを向いた。
『あの吉祥という女は生かしておくそうよ。よかったね2人とも。』
「そりゃどうも。」
『アイツらの謝罪なんて、罪悪感…あればだけど、それから逃れて自分の気が楽になりたいだけだと思うんだけどな。それに幽霊に対していってるんだから、呪われたくなくて命惜しさで口先だけで言ってるんじゃないかな。私だったら絶対許さないんだけど。』
石水さんの言葉に女の子は首を横に振った。
『許したわけじゃないの?…何がしたいやら。』
「当事者の意思を尊重してあげたらいいんじゃない?」
石水さんは大きくため息をついた。
『今回は一旦諦めます。
そう女の子に言うと石水さんは黒い人影達を連れて夜の暗闇に消えてしまった。
「行っちゃった?」
「そうみたいね。」
安全を確認し、蒼美がイバラを解いていく。黒い影もすっかりいなくっている。残されたのは私達2人と、もう1人の女の子。電灯の下にポツンと立っている。音色ちゃんが歩み寄ると、少し見上げて音色ちゃんと目を合わせた。敵意は感じない。
「あなたはもういいの?」
女の子は頷く。
「そっか。強いね、あなた。じゃあ、アタシ達行くね。」
女の子に声をかけ、音色ちゃんはマンションの入り口へ向かう。私は音色ちゃんを追いかけてから、女の子の前で立ち止まるも言葉が出てこなかった。
「真夜ちゃん、行こう。」
「あ、うん。」
私は女の子に会釈をし、音色ちゃんを追った。途中、石水さんが消えていった暗闇に目を向けたが、もう何も見えなかった。
***
音色ちゃんが電話であらかじめ向かっていることを伝えていたため、吉祥さんは玄関の前で待ってくれていた。
「遅いじゃん。あの子はもう帰っちゃったみたい。多分だけど。」
「そうみたいだね。実はさっきその子と会ったんだ。あ、そうそう。こちら助っ人の真夜ちゃん。」
「こ、こんばんは。」
「やっぱり、そうだと思った。」
やっぱり…?まさか誰を連れていくか伝えてなかったのだろうかと思いながら部屋に案内してもらう。
「なんかもう1人声がしたんだけど、いつの間にか聞こえなくなってさ。それで、2人で話したんだ。話したと言ってもこっちから一方的に話しかけただけだけど。」
「なんて話したの?」
「もちろん謝ったよ。許してもらえるとは思わないけど、でも普通は会えないわけじゃん。折角だし、生きてるとき話せなかったこととかも話してさ。」
謝罪したこと以外は、吉祥さんは話した内容までは詳しく話さなかった。音色ちゃんも聞き出そうとはしなかった。
「あの子と会ったんでしょ?なんか言ってた?」
「うん。私はもういくから、ザクロが悪いことしないか見張っとくようにって。」
「っぇ!?」
流れるように嘘をつくものだから、小声だが思わず反応してしまった。私も霊感があることは秘密にしていたのだから、そうなんだと納得しなければ。
「そ、そんなこと言ってたんだあ。」
「そっか。許してはくれてない感じ?」
「まあね。でも、呪ったり祟ったりするようなことはしないって。」
「…そっか。」
「その代わりなんかあったらすぐ私がチクることになってるから。気を付けてよね。」
「分かった。ていうかアンタ1回あっただけで友達にでもなったの?あの子とは一生仲良くなれる気しなくて、一生仲直りもできなくなったのに…。」
吉祥さんは天を仰ぐように天井を見つめた。
「あの子、真面目な子だったよ。そうだよ、きっと人を呪ったりなんてできない。この前死んじゃった子も、絶対あの子の呪いなんかじゃないよね。」
***
それから数日が経過した。吉祥さんは少しずつ、過去の過ちと、友人の死から立ち直っていた。
私たちが泊まりに行った翌日、吉祥さんは電車の事故で亡くなった友人の葬式へ出席した。もっぱら、亡くなった友人達のいじめで自〇した子の呪いだと噂になっていたらしい。吉祥さんはそれを否定しようとしたけれど、聞き入れられなかったり、自分だけ今更いい子ぶるなとか言われたりしたらしい。
それを話す吉祥さんはどこか吹っ切れたような表情だった。
『おはよう、渡良瀬さん。』
通学路で不意に声をかけられる。声のする方を振り返ると、木の陰からこちらを見るものがある。
『SNS着信拒否にしてる?全然返事くれないんだもの。』
「着信拒否、怪異に対しても効果あったんだね。」
『そんな言い方ないじゃん。もうこの辺で集めた
木の陰から出てきたそれは、生前と変わらない笑顔で、優しく語りかけてくる。
『この前のことは諦める。お互い水に流しましょう。だから、困ったことがあったら、いつでも連絡してね。渡良瀬さんのためなら、いつでも力に…。』
言い終わる前に、それは足元に張り巡らされたイバラに気づいたようだ。私のバックからは、蒼い人形が、薔薇色の眼を覗かせる。
『そう、残念。そんなに生きている人間の味方がしたいの?』
「あなたが亡くなってしまったのは、残念だし、かわいそうと思うよ。でも、協力はできない。助けもいらない。」
『はーい、わかったわかった。』
それは、降参したように両手をあげてから、葉桜を巻き上げる風と共にいなくなってしまった。
『あーあ、せっかく友達になれたと思ったのに。友達作るの、本当に大変。』
「それは、私も思うよ。」
巻きあがった葉桜を目で追っていると、こちらに歩いてくる2人の人影が目に入った。なんだか珍しい組み合わせだった。
「あ、ま、真夜ちゃん!」
「やっぱ真夜ちゃんだ。」
それは渡辺さんと吉祥さんだった。渡辺さんに下の名前で呼ばれるのは、記憶が正しければ初めてだ。
「真夜ちゃん、お泊り会したんだって!?あ、えーと、やっぱり私も名前で呼びたくて!いい!?」
「う、うん。じゃあ、私も、琥珀ちゃんて呼ぶ…。」
「え、えへ。」
「うへへ。」
「なによこの子たち…。」
「いいでしょ、大事な名前呼びイベントでしょ!エモいでしょ!」
「はあ。そんなことより…。」
吉祥さんは一呼吸おいてから、ゆっくりと話を切り出した。
「さっき誰と話してたの?」
「え、な、何の…?」
「すごく真剣に話してた。誰かいたの?」
吉祥さんの私を見る目は、まるで決して逃がすまいと言っているようだった。間違いない、さっき本来見えるはずのないものとの会話を見られたのだ。
もう1人の友人も、さっきの同じ場面を目撃しているのだろう。きっと同じ気持ちなのだろう。こちらを探るような、どこか心配そうな視線をみけている。2人で出かけた時、幽霊を見てしまった時にとった挙動不審な態度を、やっぱり怪しまれていたのだろうか。
言い逃れはできなそうだ。2人の中では答えは決まっている、そんな感じだ。あとは私が答え合わせをするだけ。覚悟を決めて口を開いた。
「私…怪異が、お化けとか…見えるの。」
2人は顔を見合わせる。
「やっぱり!」
「そうだと思ってた!」
「泊まりに来た時教えてくれてもいいのに~」
2人は話ながら歩き始める。私は二人の後をおずおずとついて行く。
「あ、えと、それ…だけ?」
「お化けの話?」
「うん。」
「話したいことがあったら、真夜ちゃんの方から言ってくれればいいから。音色みたいに役に立てないけどさ。聞くだけならできるから。」
「そうだよ。だから、これからは遠慮しないでね?道端でおかしなもの見たりしたら、言ってくれていいんだから。」
「…うん、ありがとう。」
早歩きで、2人の横に並ぶ。
「そうだ真夜ちゃん、この前の映画続編が決まったんだよ。吉祥さんも誘ってるんだけど真夜ちゃんも見るよね!?」
「ガキの頃見てたとは言ったけど、いい年して行かないわよ。オタクのワタワタコンビだけで行って。」
「私、行きたい。」
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