18話

「今日は来てくれて、あきらのこと聞かせてくれてありがとうございました」

「そんな、こちらこそ。急な訪問だったのに、ありがとうございました」


 玄関先で石水さんのお母さんに見送られ、門の前でもう一度会釈をし帰路に着いた。


「無事終わったわね」

「うん」

『二人ともありがとう。おかげで、私が自〇するつもりなんてなかったことはお母さんにちゃんと伝わったと思う。必要以上に悲しませることは、これでなくなったわ。』


 私たち二人の背後にいつの間にか現れていた石水さんは、安堵した様私達に礼を伝えた。


「私と石水さんのSNSでのやり取りをスクショして石水さんのお母さんに送ったよ。警察に提出して、事故だった、運転手の過失だったという方向で捜査してもらうようにお願いするんだって」

『そっか。よかった。運転手、ちゃんと裁いてもらえるといいな。』

「あと心残りはあるの?」


 音色ちゃんの問いに、石水さんは首を振った。


『心残りって言えるのはもうないよ。秋津さんも今日はありがとう。生前私にお友達がいたんだってお母さんに思ってもらえた。安心させてあげることができた。生きてるうちに会えたらよかったな。』

「…疑って悪かったわね。ホントにただ真夜ちゃんにお願い聞いてほしかっただけなのね」

『いやそれが、実際こうして幽霊になってしまうと、生きている未来ある人たちが恨めしくなってきちゃうんだよなあ~。あ、ジョークだよジョーク。ユーレイジョーク。』

「や、やだなー、わ、笑えないよ…ぐす」


 私は二人を見ていて涙が止まらなくなった。


「もっと、ちゃんと石水さんと仲良くなってたかった。生きているうちに、ちゃんと友達になりたかった…」

『え~ちょっと泣かないでよ!あ、ほら、むしろ幽霊になったのが仲良くなるきっかけだったようなものだし?私も渡良瀬さんがこんないい子だったってもっと早く知りたかったよ!』

「全然いい子なんかじゃないよ。中学の時は特に。もし変われてたならきっと音色ちゃん達のおかげ」

『そっか、よかったね。いいお友達ができたんだね。』


 石水さんは改まって私たちに礼を伝える。


『2人とも今日は本当にありがとう。渡良瀬さん、私が恨めしくてたまらなくなるくらい、幸せに長生きしてよね!じゃあ、またね!』

「ま、またね」

「いや、成仏しなよ」




 ***




 私と音色ちゃんは、他に飲食店が近場になくコンビニで時間を過ごしていたらしい信楽先輩と蝉川さんと駅で合流し、ことの顛末を報告した。


「じゃあその石水さんは思い残すこともなく成仏できたのかしら」

「姿が霧が晴れるように消えていったから、そうだといいんだけどね。でも『またね』とか言ってたからなあ」

「…そう。分かったわ。それから、なんかやばいやつとは遭遇しなかったかしら?」

「何それ」

「黒い人型の奴が駅の方から来て、アンタたちが向かった石水宅の方向へ向かっていったのよ。まあ、行き違いだったのかもしれないけど」

「変な気配はしなかったし、近くには来なかったと思います」

「そう、ならいいけど」


 そう口では言いながら、どこか腑に落ちないといった雰囲気で考えごとをしている。それほど信楽先輩がやばいと思うほど、邪悪な、嫌な感じを受けたのだろうか。

 相変わらず表情に出さないが、以前よりも先輩の考えていることがわかるようになった気がする。生徒会の先輩が言っていた『面倒見がいい』というのも今ならわかる。


「もう~クロエたんてば心配性だな~。気になっても知らない怪異についてっちゃだめだぞ?」

「こっちのセリフよ。アンタたちが鉢合わせでもして、『自分たちで何とかしなきゃ!』って思いあがるんじゃないかと思ったわよ。あれはきっとどうにもならないわ。コックリさんとお人形さんがいてもね。だいたい知り合いだからって、幽霊についてっていいわけでもないでしょう。今回はたまたま上手くいったのよ?」

「はいはい、そうですね~」


 音色ちゃんはわざとらしく生意気な後輩ぶって信楽先輩をかいぐりする。


「ふふ…2人ともよかったね」

「何が?」

「またこうして会えて、前みたいな友達に戻ることもできたから」

「音色は絶対こんなんじゃなかったはずだけどね」

「逆にクロエちゃんは昔を取り戻してきたんじゃない?最初はマジで淡泊だったし」

「あ、電車復旧するみたいですよ」


 私と音色ちゃんが石水さん宅へ行っている間、どうも人身事故があったらしい。最近多いな、本当に。今日は駅でも車両内でも、オカルトサイトで噂されているような亡くなった方の怨念はいなかった。他者を呪うほどの強い意志がある存在なら、そういう気配を感じるはず。信楽先輩は思いあがるなと言うだろうけど、その時はできることをやりたい、助けてあげたい。


「ちょっとマヨ」

「え、あ、はい」


 急に信楽先輩が声をかけるから、私の考えを見透かされているのかと驚く。当然その場で無茶はしないです。あと距離近いですよ。


「心配性ついでに言っておくけど、あたしは今回の件、石水さんとやらはまだ成仏してないんじゃないかって思う。あるいは何か隠してる。念のために、意味あるか分からないけど石水さんユーレイからの連絡は着信拒否するのよ」

「そ、そうなんでしょうか。またね、とは言ってましたけど。多分冗談というか、またいつか天国とかで会いたいとか、そういう意味かと思ったんですけど…」

「あたしもその子を見たけど、あまりに綺麗すぎるわ。ルックスの話じゃなくて、服装とか。亡くなってしまった時の姿で出てくる幽霊がはるかに多いから、ちょっと変わってるなと思ったの。交通事故で亡くなったとは思えない姿だったわ」


 確かに、最初に声をかけた時も全然幽霊とは気がつかなかった。だから声をかけたし、生者と何ら変わらずコミュニケーションをとれた。


「お母さんのことが心配だった、ただの浮遊霊ではない…と?」

「マヨ…それにあたし達もみんな、化かされていたんじゃないかって、ちょっと思ったの」

「そんなキツネやタヌキじゃないんですから」

「人間を騙すのが一番得意なのは、やっぱり人間よ」




 ***




 同年代の女の子の幽霊と会話するなんて、初めての経験だった。今まで幽霊の類は見てきたが、一見すると自分たち生きた人間と見た目の変わらないこともあり、なおさら自分と同い年の若い子が早世してしまったということを実感した。

 未練を残さず成仏しろなんて自分で言っておきながら、はたして自分はできるだろうか。正直生みの親は今となってはどうでもいいが、今の養父母を残して先立つのは嫌だ。での、いつ誰の身に、何が起こるかわからない。

 そんなことを考えていたからか、夕飯の時、いつもおいしい料理を作ってくれること、アタシを引き取ってくれたこと、本当の家族のように愛してくれることへの感謝を養父母へ伝えていた。

 恥ずかしくていても立ってもいられなくなり、涙ぐむ養父母を背にこうして自分の部屋へひげ込んだのだった。



 携帯が振動している。

 頭によぎるのはオカルト研究会のメンバーだ。今日の午後はオカルト研究会で幽霊の依頼をこなしてきた。依頼主からは悪い気配はなかった。あれで全て終わったと信じたいが、誰かに身に何かあったのだろうか。


「…ザクロ!?」


 ザクロは過去のいじめ…していた側だがそのことで悔み、最近は当時のグループの子が、いじめを苦に亡くなった子が化けて出ているという話を聞き、いつか自分のもとにも…と怯えていた。わざわざ電話をかけてきたのだ、よほどのことがあったのだろう。急いで折り返す。


「もしもし!もしもしザクロ!?どうしたの、何かあったの!?」

「…音色?ごめん、こんな時間に」

「いいから、どうしたの!?」

「それがさ…前話した子が、〇んじゃったの」

「え…それって、この間聞いた中学の時の…」

「うん。この前電車遅延してたじゃん。それ、その子だったんだって…。明日お葬式で…」


 ぽつりぽつりと話す電話口からは、教室で明るくふるまうクラスの一軍女子の面影はない。

 仲の良かった子が、若くして亡くなってしまったのだ。ショックは大きいだろう。


「お葬式出るの?正直、今のザクロは行かない方が、ううん、外出るのも心配。体調悪いって言って、後で色々落ち着いてからお参りするとかさ」

「出たいよ。みんな出るみたいだし。でも…」

「でも何?どうかしたの?」


 十数秒だろうか、沈黙の後に確かにザクロはこういった。


「アタシのとこに来てるんだよね」

「…誰が?」


「中学の時、自〇しちゃった子」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る