第31話 氷雪地帯を抜けて

 ――ジルとアグニは雪の中を掻き分けながら黙々と進む……

 周辺のマップを確認すると、もう少しで雪原を抜けて荒野に出られる地点まで辿りついていた。


「……はぁ、もう、限界」


 ジルは操縦席に項垂れ、息を荒げる。

 

「どうしたんだ?もうバテたのかよ」


 アグニの能天気な声に、ジルは疲れて震える声で答えた。


「誰のせいだと……あなたが、手当たり次第にヨトゥンに突っ込むから……」


「いや、本当にすまない……このバカのせいで」


 マグニが溜め息混じりに謝罪する。


 二人が雪原を抜けるまでに交戦したヨトゥンは"七体"

 そのすべてにアグニが突撃を仕掛け、ジルは仕方なく援護に回る羽目になっていた。


「突撃した後のフォローが、どれだけ大変か……もう、嫌」

 

「まぁまぁ、もうちょっとで出られるんだろ?そしたらちょっと休もうぜ!」

 

「アグニ……お前のせいで彼女は疲れ切ってるんだぞ」


「はぁ?俺が何したってんだよ!?」

「アグニ……お前、いい加減に、」

「マグニ、いいの、ありがとう」

「二人して何だよ?」

「もう、気にしないで……ほら、そろそろ荒野に出るわよ」


 大地に雪と土が混ざり始め、視界には黄土色の荒野が広がる。


「うぉー、すげえ!雪がねえ!」


 アグニは子供のように歓喜の声を上げる。


「あなた、ニブルヘイムから出たことがないの?」

 

「ああ、俺はこのトールと一緒に狭い部屋に閉じ込められてたからな!訓練以外で外に出るのも初めてだ!」


「初めて……」


 アグニの言葉に、ジルは胸を締め付けられる思いがした。

 

 (彼の言動の幼さや、状況判断能力の欠如は……環境が育んだもの……だとしたら)


「アグニ、あなたは……」

「なあ!あそこの岩場で休もうぜ!」

「え、ええ……あそこなら岩場の影に機体も隠せそうね」

「よっしゃ!行こうぜ!」


 アグニは一目散に岩場へとトールで駆けて行く……それをジルが周囲の索敵をしながら追いかける。


「……もう、危なっかしいったらないわね」



 ――岩場の影に機体を隠し、アグニは光に包まれながら大地に降り立つと、短く整った薄紫色の髪をかきあげる。

 

 ジルもG.O.Dのハッチを開き、長い黒髪を風に靡かせながら深く息を吸い込んだ。


「すぅ……はぁ…………久しぶりの外の空気」


 荒野の風は冷たく、乾いていたが、雪原の息が詰まりそうな空間から解放された気分だった。

 

「おーい、お前も早く降りて…っ…!」


 アグニは声をかけたまま、言葉を失った。

 初めて目に映ったジルの横顔が、思わず息を呑んでしまうほど美しかったのだ。


 ジルは地面に降り立つと、口を開けたまま固まるアグニの前で手のひらを左右に振る。


「ちょっと、どうしたの……アグニ?」


 アグニはジルを熱のこもった瞳で見つめる……


「おまえ……ジル、だっけな……綺麗だ!」

「……は?」


 唐突なアグニの言葉に思考が止まってしまった。


「いきなり、どうしたの?」

「いや、違うな……惚れたんだ!今の一瞬で、一目惚れだ!」

「一目、惚れ……?」


 ジルは言葉を失い、呆然と立ち尽くす。

 その隣で、マグニは深々と溜め息を吐いた。

 

「アグニよ……お前というやつは」


「な、何だよマグニ?」

 

「ジルを休ませようと言ったのはお前だろ?だったら今はそっとしておけ」


「う……わかってるさ。じゃあな、ジル!しっかり休んでてくれ!」


 そう言い残して、アグニは岩の上へ駆け上って行った。


「あそこで見張りをしてくれるってことかしら?」

「そのつもりだろう……すまない、ジル」

「どうしてアグニが謝るの?」

「あいつのせいで振り回してしまっているからな」


 確かに、アグニと出会ってから数時間しか経っていないにも関わらず、何度も彼の暴走に付き合わされている……挙げ句の果てに"一目惚れした"などと言われ、ジルの心は疲れ切っていた。


「まぁ、彼の育った環境のせい……でしょ?」

「それは……」


 マグニはそれ以上口にはしなかった。


「とりあえず、少し休むわね……半刻後には動きましょう」


「了解した」



 ――半刻後、二人はヴァルハラへ向かうため、機体の前で顔を合わせていた。

 だが、アグニはずっとソワソワした様子で、何度もジルを見つめる。


「な、なあ、ジル?その、えっと」

「……なに、アグニ?」

「あ、いや……悪い」


 その様子に痺れを切らして、ジルは核心に触れた。

 

「あなた、一目惚れしたって言ったわね」


 ジルの言葉にアグニの声が上擦る。


「お、おう!言った!」

「私は、あなたのこと好きじゃないわ」

「う……そ、そうだよな」


 肩を落として落ち込むアグニの様子に、ジルは心を掻き乱された。


「でも……嫌いでも、ないわ」

「え?」

「あなたの、そういう……思ったことや感じたことを言葉や行動に移せるところは、嫌いじゃない」


 ジルは一呼吸置いてから言葉を続ける。


「だけど、出会って数時間の相手に惚れただなんて言うのは……違うと思う」


「お、おう……」


「もっと相手の内面を見て、自分のことも相手に知ってもらいたいと思ったら……気持ちを伝えなさい」

 (恋愛経験の無い私に言えたことではないけど)


「ジル……ますます惚れちまった」

「……は?」

「俺、バカだけど……分かるんだ!」


 アグニの言葉に熱が帯びる。


「戦ってる時も、移動してる時も、こうやって話してる時も……ジルは、俺に足りてないとこ全部、そっと助けてくれてんだよ!」


「それは……」


 任務を遂行するために動いた結果で、すべてアグニのためにやっているわけではない……


「ほとんどのやつは俺に苛立ったり、嫌な感情を感じるんだけど……ジルからは、感じないんだ」


「嫌な、感情……」


「だから、ジルしかいないと思った……ジルがいいんだ」


アグニの視線は揺るぎなく、真っ直ぐにジルを見つめる。


「でも、だからって……」


 自分に対して向けられた熱い感情に、胸の奥が熱くなるのを感じる。


「あいつの直感は、本物だぞ」


 マグニの言葉が頭の隅に沁み込んでいく……

 (それじゃ……私もアグニに好意を持ってるみたいじゃない……有り得ない。会ったばかりの、それもアグニを好きになるなんて……私は、認めない!)


「こ、この話は終わりよ!今はヴァルハラに戻ることだけ考えましょう」


 ジルは自分の中のぐちゃぐちゃな気持ちを振り払うように、アグニに背を向ける。


「ジル!」


 アグニはジルに手を伸ばす……そして、そのまま光に包まれていった。


「そう急ぐな……ジルの様子だと、満更でもなさそうだったぞ?」


 トールの中でマグニは、アグニを嗜めるように声をかける。


「そう……か?」

「ああ、会ったばかりの相手に告白して、うまくいくわけがないんだ……焦るなよ」

「おう……」


 自分のバカさ加減に落ち込むアグニ……そこへ、ジルから通信が入る。


「ヴァルハラはこっちよ、着いてきて」


 ――二人は一路、ヴァルハラを目指す

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