第22話 商船を束ねる船長

 ユーディンは商船隊の治療室の中、簡易ベッドの上に横たわっていた。

 意識を取り戻してから一晩が経ち、窓から差し込む淡い光が朝を告げる。

 だが、彼の心は晴れ渡ることなく、どんよりとした暗い影を落としていた。


「……エリシュさん………グエン……」


 部屋の外からは、船が風を切る音と、船体が軋む音が静かに鳴り響く。

 時折、風を受けて波打つ様に揺れる感覚が気持ち悪く……ゆっくりと身体を起こす。


 そして、自分の手のひらを見つめ……静かに、ぎゅっと握りしめる。


「僕は……」


 コンコン…治療室の扉を叩く音がした。


「ユーディン、起きてるか?俺だ、入るぞー」


 レイヴァンスの声……いつもより穏やかな声音で、ゆっくりと扉を開く。


「おう、体調はどうだ?お前……傷だらけで、もうダメかと思ったぜ」

「そう、なんですね」

「嬢ちゃんの血を輸血したみたいだが……嬢ちゃんはどこ行った?」


 レイヴァンスはユーディンの隣にある、空のベッドを見てから、部屋の中を見渡す。


「リシェルさんの……血を?」

「ん?エーテル中毒?かなんかで、ヤバかったみたいだぜ」

「そう……」


 レイヴァンスはユーディンの様子を見て、眉根を下げる。

 そして、言葉を探すように視線を落とし、瞼を深く閉じる。


「なぁ、ユーディン……エリシュとグエンのこと、気にしてんのか?」


 その言葉に、ユーディンは肩をピクっと跳ねさせた。


「……っ!…僕が、彼女を…」

「そうじゃねぇ、悪いのはヘルだ!あいつが神域に入り込んで、何か企んでやがったんだよ」


 レイヴァンスの言葉に、ユーディンは目を見開いて声を荒げる。

 

「でも、オーディーンで……エリシュさんを…」


 声が震え、喉が詰まる……

 

「……ユーディン」

「ごめん、レイヴァンスさん……少し一人にしてください」

「ああ……あまり、思い詰めんじゃねぇぞ」


 レイヴァンスは、肩を落としながら部屋を出て行った。その後ろ姿を見送ることもなく、ユーディンはベッドに倒れ込み……自分の腕で瞳を伏せた。

 その目尻からは涙が滴り、枕に小さな染みが広がっていった。



 ――その頃、北の氷原……冥界の門では


 冥王機ヘルヘイム、復讐機ヴァーリの二機は門の前に鎮座し……瘴気に包まれていた。

 損傷した腕や胴体部分の装甲に纏わり付くように、瘴気は蠢き、少しずつ金属を修復していく。


「父上……ヘルヘイムの躯体が…」

「ああ、我が力の負荷に耐えられなかったようだ……力が馴染むまで、今しばらく、時が必要だな」

「元は偽神の身体……ヨトゥンの力を行使する以上、負荷は避けられないのでしょう」


 ヘルは思案するように口元へと手を運ぶ……


「……フェンリルよ、このような形で再会できるとはな……」


 ヘルヘイムに宿るロキが、ヴァーリへと言葉を投げかける。


「父上……肉体が朽ちてなお、こうして会えたこと……嬉しく思います」


 ロキとフェンリルの会話を、グエンはヴァーリの中で聞いていた。

 そんな彼の胸の奥底、鎖で縛られた心の端で……何かが微かに震えたような気がした。

 

「……親父」


「小僧……何か言ったか?」

 フェンリルが、低く唸り声をあげる。

 

「・・・」

 グエンは黙し、心を閉ざす。

 

「フェンリルよ、その人間は何だ?」

 ロキが、この場に混じっている人族に興味を示し、フェンリルへと問いかける。

 

「これは、ヴァーリの力を引き出すための器です……我が魂だけでは、この機体の本来の力を引き出せませぬ故」


 (そう……俺は、復讐に囚われた器……この力で、俺はあいつを……)


「なるほど、人間よ?名は何と申す?」

「……うるせぇ」


 グエンの返事に、フェンリルとヘルが殺気を剥き出しにして声を荒げる。

 

「小僧!」

「っ!不遜であるぞ!」


 しかし、ロキはそんなことを気にすることもなく、言葉を続けた。


「よい……馴れ合いなど必要なかろう?復讐機の力、期待しておるぞ」

「父上……この力、我ら一族の復讐のために……」

「うむ、神装機を蹴散らし……必ずや偽神どもの魂を冥府に沈めてやろう」


 氷原の地下深く……神の血を引く者への恨みと怒りが、瘴気の渦を成し、地表へと溢れ出していた。



 ――移動商船隊

 5隻のホバー船は中心の1隻を囲むように荒野を駆ける。

 その中心の1隻が商船隊を束ねており、その中にラタトクス部隊を乗せて運んでいた。


 移動商船隊、グレイブウォーカーの船長室……

 

「おい、グレイブ?ヴァルハラの連中を助けるのは構わない……だが、ユグドラシルの森から避難してきた連中まで受け入れることはないだろ?」


 ダナンが部屋の中央の椅子に座る男に、尋ねた。


「ヴァーリが失われ、結界が消えたあの森に残しておけないだろ……ヨトゥンが入り込めば、たちまち皆殺しにされるぞ?」


 グレイブは椅子に腰掛けたまま、落ち着いた様子で卓上の地図を見つめる。


「だからってよぉ、避難した連中だけでも200人以上もいるんだぞ?このままじゃ、俺たちの食料もすぐに無くなっちまうって言ってんだ」


 ダナンは腕を組みながら眉間に皺を寄せる。


「わかってる……避難民はこのまま、ヴァルハラに引き取ってもらう予定だ、それまでに消費した食料はその時にヴァルハラから徴収する……まずは大陸東の集落で物資と食料の調達をし、そこからヴァルハラを目指す」


 グレイブは卓に肘を突き、地図を指差しながらダナンに説明する。


「それじゃ、ヴァルハラに着くのは早くても明日……東の集落じゃ、食料を多めに買わないといけなくなるぞ?」

「それは構わん……その分もヴァルハラに請求すれば良いだけの話だ」

「わかった、ひとまず航路はこのまま東を目指すぞ」

「ああ……それで、"あれ"はどうなった?」


 グレイブがジロリとダナンに視線だけ動かして尋ねる。


「ん?あれか?御老人の協力もあって、すぐに修復出来たぞ。だが……もともと、御老人の物だったらしくてな」

「なに?それじゃ俺たちの戦力にはならないのか?」


 グレイブは目を少しだけ見開いてダナンの方を見つめる。


「しょうがないだろ?持ち主がいるんだ、返さないと」

「ぬぅ……久々の上物だと思ったんだがなぁ」

「まぁまぁ、そう腐るなよ。よくあることだろう?」


 呆れた様子でグレイブを嗜めるダナン、その足で船長室の扉に向かい、手をかけた瞬間……卓上の無線が音を響かせた。


 『……船長、前方に敵影です。ティアマット型が一体、ワイバーン型が四体……このままの進路だと、五分後に接敵します』


 無線の声に、ダナンは扉から手を離し、グレイブへと振り返る。

 

「どうするグレイブ?迂回するか?」

「その必要はない」


 グレイブはゆっくりと席を立ち、無線へと手を伸ばす。


「進路はそのままだ、周辺の集落に被害が出る前に殲滅する……"ウォーカー"部隊を出せ、俺も出る」

「お前も出るのか?」


 グレイブの言葉にダナンは意外そうな表情を向ける。


「協力する相手の実力、お客人も見ておきたいだろ?」

「そういうことか……気をつけろよ」

「はっ、誰に言ってやがる」


 グレイブは椅子にかけていた上着を肩に羽織り、マントの様に翻しながら扉を出た。


 その瞳の奥には確固たる信念が灯っていた。

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