第20話 復讐を掲げる闇狼

 ――神域


 オーディーンの放った光がエリシュを跡形もなく消し去った……その現実に、グエンはまるで時が止まったかのように呆然としていた。


「……っぱり……やっぱりそうなんのかよ」


 グエンの声は震え、滲んだ瞳から一筋の涙が頬を伝う。


「守りてぇやつは、みんな……お前のせいで!許さねぇ……」


 血走った目で、オーディーンを睨み付ける。

 そのまま立ちあがろうとした瞬間、不意に頭の奥に響く、不気味な声……


「お前の憎しみ……怒り……殺意……実に心地良いぞ。復讐したいか?力が欲しいか?望むならば前へ、進め」


 その言葉と同時に、目の前に黒い霧が現れた。


「……力を、よこせ!」


 迷いはなかった。グエンはそのまま闇の中へと進む……


「兄上、なぜあの人間を?」

「くく、ヘルよ……今の我は"復讐機ヴァーリ"の一部。その力の本質は強い憎しみ……この人間は最高の餌だ」


 ――

 次にグエンが目にしたのは、見覚えのない操縦席……その中で先の声が響く。


「我の名はフェンリル。この機体に封じられし獣……小僧、お前の名は?」

「フェンリル?……俺は、グエンだ、そんなことより早く力をよこせ!オーディーンを、あいつを殺す!」

「まぁ急くな、ただの人間にこの機体は動かせん。我の魂と結びつかねばな……」


 その瞬間、グエンの胸を激痛が貫いた。

 ジャラジャラと、鎖が鳴る音……心を締め上げるような圧迫感。


「が!……っは、なに、しやがる!」

「すぐに終わる……我と魂を結びつける"鎖"だ」


 一方その頃、神域の瘴壁をオーディーンが激しく叩き続けていた。


「まるで猛獣よの……今ここで引導を渡してやろう」


 ヘルが冷笑を浮かべ、瘴気を集め始める。


「ヘルよ、手を出すな……そいつは我らの獲物だ」


 空気を凍らせるような声が響く。


「兄上……」

「ふはは、さぁ、グエン!我の力をくれてやる!」


 その瞬間、グエンの意識が完全に機体と同期した。

 視界が広がり、目の前にオーディーンの姿が映し出される。


「オーディーン……いや、ユーディン……許さねぇ」


 復讐機ヴァーリ、その白い機体に黒き瘴気がまとわりつく。光と闇が混ざり合い、異形の存在が生まれる。

 そして、その瞳に強い憎しみの色が灯された。


「ぅぉおおおお!」


 グエンは雄叫びをあげながら突貫する。


 神域を囲む瘴壁が消え去り、ヴァーリとオーディーンが衝突する。

 理性のタガが外れた2機の戦いは、本能のままに争う野生の獣のように荒々しく……常軌を逸した力の衝突が空気を震わせる。


「なんで!エリシュを殺した!なんで、お前が!」


 ヴァーリは瘴気の鋭い爪を生成し、連撃を浴びせる。


「ぐぅ、ああぁアァ!」


 ユーディンは、その連撃を払いのけるようにヴァーリへと接近し……その両腕を掴む。

 そして、胸部装甲を展開させ、エーテルを溜め始めた。


「また、それかよ!それで……エリシュを!お前がぁあ!」


 グエンが怒りの咆哮をあげると同時に、ヴァーリの身体から紅い稲妻が迸る。

 次の瞬間、ヴァーリの頭や背中に、稲妻を纏わせた瘴気の塊が形成され、巨大な狼の姿へと変貌させた。


「……グルぅ……ゥワォオオオン!!」


 轟くような咆哮とともに、瘴気の波動がオーディーンを吹き飛ばす。


「いいぞ、小僧!期待以上だ!」


 フェンリルの興奮した声が響く。


「……コロ、す」


 ヴァーリは稲妻を纏う牙を剥き出しにして、オーディーンへと飛びかかる。

 ガキュッ……鋭い咬撃が、装甲を裂き、オーディーンの胸部装甲を抉る。


 そこには、気を失ったユーディンの姿……


「ユーディン……死んでくれ」


 グエンの言葉とともに、ヴァーリの口から瘴気とエーテルの光が渦を巻き始め……放たれた。


 しかし、解き放たれ光は

 なぜかオーディーンを外れ、遥か上空へと消えていった。


 ――

 神域の入り口、そこに片膝を立ててライフルを構える白い機体。その銃口からはエーテル粒子が立ち昇り、空気へと消えていく。


「っしゃあ!俺ってばナイスショット!」


 レイヴァンスが操縦席でガッツポーズを決める。

 そして、G.O.Dの背部スラスターを噴射させ、ライフルを背中にしまいながら駆け出す。


 ヴァーリは、頭部へ直撃したエーテル粒子の衝撃で頭を揺らす。


「くそ、レイヴァンス!邪魔しやがって……」


 グエンの瞳は憎しみに囚われ、銃撃のあった方へと牙を剥きながら振り返る……そこには既に。レイヴァンスの機体が猛スピードでヴァーリへと距離を詰めていた。


「おぅ、らぁあああ!」


 右肩の大剣を取り出し、紅いエーテル粒子を纏わせながら斬りかかる。

 ヴァーリは、その斬撃を両手の爪で受けながら後方へと飛び退く。


「お?俺のレイヴァンス・キャリバーを受け流しやがったか」

「っるせぇ!邪魔なんだよ!」


 聞き覚えのある声に、レイヴァンスが眉をピクリと動かす。


「あん?お前、グエンか!?」

「許さねぇ、ユーディン……殺してやる」


 レイヴァンスの言葉はグエンには届かず、ユーディンへの殺意だけを滲ませる。


「おいおい、いったい何があったってんだよ?」


 そして、ヴァーリはオーディーンめがけて飛びかかる……それをレイヴァンスはG.O.Dの大剣で弾き飛ばす。


「待てよグエン!なんでユーディンを殺そうとしてんだ!?」

「殺したのよ……オーディーンが守護者の娘を」


 ブリュンヒルドの声がレイヴァンス機に伝わる。


「は?守護者の、娘……まさか、エリシュちゃんか!?」


 レイヴァンスは戸惑いつつも、状況を整理する。


「そりゃ……グエンのやつも、ブチ切れちまうか。今のあいつを連れて帰るには……機体から引き摺り出すしかねぇか」


 レイヴァンスは意を決し、大剣を構える。


「待ちなさい!ヴァーリは神装機よ!そんな機体で太刀打ちできるわけがないわ!」


 ブリュンヒルドの声がレイヴァンスの耳に響き渡るが……


「だから、逃げろってか?それこそ、ありえねぇな!俺はコイツらの隊長なんだよ!」


 自分に言い聞かせるように大声で叫び、ヴァーリへと突撃する。

 背部のスラスターを全開にし、その勢いを殺さずに斬りかかる。

 ヴァーリはその単調な攻撃を、姿勢を低くすることで躱す。そして、その体勢から回転するように飛び上がり、爪撃を鎌鼬のようにレイヴァンス機に浴びせる。


 レイヴァンスは機体のスラスターを全開で吹かしたまま、脚部のバーニアを噴射させることで横に回転しながら攻撃を躱した。


 その回転の延伸力をそのままに、宙へと飛び上がったヴァーリの胴体に大剣を振り抜いた。


「どぅらぁああ!」


 瘴壁とエーテルがぶつかり合い、凄まじい衝撃と火花が飛び散る。

 ヴァーリの瘴壁が破れ、胴体部分の装甲が抉られる。


「ちぃ!くそが!」


 グエンが斬撃で吹き飛ばされ、体勢を整えながら感情を吐露する。


 そして、ヴァーリが口を開き、光闇の熱線を溜め始めた瞬間……神域の上空を大きな影が覆った。


「おいおい、なんだありゃ?」


 レイヴァンスが空を見上げ、呟いた瞬間……幾重もの光線がヴァーリへと撃ち放たれる。


「っ!次から次へと、邪魔ばかりしやがって!」


 ヴァーリはその光の雨を4本の脚とバーニアを使って躱していく。


 上空に現れた巨大な影は、徐々に姿を現し、クレーンのような機械を何本も降ろし始める。


 『ヴァルハラ所属のG.O.D、及び神装機を確認しました。これより、サルベージを開始します』


 凛とした女性の声が聞こえた、かと思うと、クレーンの先に取り付けられたアームが動き出し、オーディーンやウルキューレを掴んで回収していった。


「くそ!待ちやがれ!」


 グエンが吼えるも、光線の雨は止まず、身動きが取れずにいた。


「兄上……ここは退きましょう」

「やむを得んか……」

「おい!待てよ!もう少しだってのに!」

「次の機会を待て、小僧……」


 ヴァーリとヘルは黒い霧に包まれ、溶けるように姿を消していった。


「退いたのか?グエンよぉ……あのバカやろうが」


 レイヴァンスは上空を見上げ、アームに捕まりながら呟いた……そして、巨大な鋼鉄の塊の中へと引き上げられていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る