第16話 ユグドラシルの森
――ラタトクス部隊
ヴァルハラがヨトゥンの襲撃を受けている頃、生命の樹の捜索に赴いていたユーディンたちは、鬱蒼とした森の中を進んでいた。
「山岳地帯の奥深くに……こんな森が、広がってるなんてなぁ……はぁ、はぁ……」
息も絶え絶えに声を漏らすレイヴァンス、それに対して、呆れた様子で言葉を返すグエン。
「何回、同じ事言ってんだよ……ふぅ、それにしても、なんか同じとこばっか、グルグル回ってないか?」
「そうね、上空から見てる姉さんからも、私たちの位置は全然進んでないようよ」
「それって、やっぱり同じとこを迷ってるってこと?」
リシェルの言葉に、辟易とした表情でユーディンは尋ねた。
「そういうことになるでしょうね……なんだか変な力の流れも感じるし、闇雲に進んでも無駄ね」
「まじか〜そしたら、入り口まで戻って休憩にしようぜ」
レイヴァンスが両手をあげながら首を振る。
「そうだな、俺も賛成……早く休もうぜ」
グエンも「やってられねぇよ」と小さく呟きながら入り口へ引き返す。ほかの三人もその後について行くが、不思議なことに、入り口へはすんなりと戻れた。まるで、この森が奥に進む者を拒んでいるようだった。
――そして、その一行の後ろ姿を静かに見つめる者"達"がいた。
樹々の生い茂る森の奥、その影に潜む金色の髪が揺れていた。
「兄上の魂の気配はこの先だと言うのに……ふむ、あの者たちなら、この難儀な結界をなんとかしてくれるやもしれんか。くく……利用させてもらうとしよう」
金色の髪を翻し"ヘル"は笑みを浮かべながら、闇の中へと溶けて行った。
――キャリアへと戻ってきたユーディンたちは、座席に腰掛け、携行ボトルに口をつけて水を飲み干す。
「っぷぁ〜!生き返る〜、なんだってこんなとこに森があるんだろうな?やっぱ、生命の樹が近くにあるってことか?」
「どうじゃろうな?こうも、同じところを歩かされ続けると、何かしらの結界が張られていると考えるのが自然じゃが」
「結界ねぇ、オーディンさまの力でなんとかしてくれよ?なぁユーディン?」
「できるならやってますよ」
「はっ、神装機が目覚めたってのに役にたたねぇな、お前は」
何度目だろう、この人はいつもいつも……
「なんとか言えよ?本当のこと言われて泣きたくなったのか?ったく、なに…『うるさいな!』…が、あん?」
「うるさいって言ったんだ!あんたはいつもそうだ、顔を合わせる度に嫌味ばかり、何がしたいんだよ!?」
怒りが爆発してしまった……
だが、一度火がついてしまうと、自分では止めることが出来なくなってしまう。
「オーディンの血筋だの、神峰家だの!期待に応えられきゃ役にたたないだって?何様なんだよ!」
「おいおいおい、何キレてんだよ?神の血を引いてるくせに、誰も守れなかった連中が偉そうに!お前らを守るためにどんだけの犠牲が出てると思ってんだ!?」
ユーディンの言葉にグエンも怒りを露わにする。
そして、ユーディンの胸ぐらを掴んで言葉を続ける。
「オーディンの後継者を守るために、ヨトゥンどもと戦う連中は、いつも死と隣り合わせなんだよ!お前らがさっさと神装機を動かしてりゃ助けられた命が山ほどあんだ!」
「そんなことはわかってるさ!あんたこそ!オーディンの後継者として、戦えない僕らの気持ちなんかわかんないだろ!」
これを見かねたレイヴァンスが間に割って入る。
「はいはい、そこまでだ!お前らいい加減にしろ。ここはお家じゃないんだ、任務中に私怨を持ち込むな。いいな、グエン?」
「ちっ……やってらんねえよ」
キャリアから降り、森の中へと姿を消すグエン。
「おい、グエン!一人で行動するな!戻って来い!」
「……姉さん」
「わかってるわ、空から位置情報は確認してるから」
「悪いな、お嬢さんがた……ユーディンも、あんまり気にしないでってのは無理か」
レイヴァンスは頭の後ろを掻きながら、言葉を選ぶように続ける。
「あいつはな、小さい頃に父親を亡くしてるんだ。親父さんもG.O.Dの操縦士をやっててな……当時は、まだ樹里博士のエーテライト装甲の導入なんかもしてなかったから、一度の戦闘での損害も大きかったんだ」
「グエンさんの、お父さん……」
珍しい話ではない……ヨトゥンの襲撃で命を落とすなんて、日常茶飯事とも言えることだ。樹里博士の考案したエーテライト装甲がなかった時分は、装甲の強度が脆く、ヨトゥンの攻撃で紙の様に裂けていったらしい。
「小さかった頃のあいつはな、ヴァルハラを守るために戦ってる父親のことが大好きでな、大きくなったら父さんと一緒にG.O.D部隊に入る、つって格納庫で整備の手伝いとかよくやってたんだ」
そこで、レイヴァンスの表情が暗くなる……
「だが、度重なるヨトゥンの襲撃でG.O.D部隊の損耗が激しくなるなか、グエンの親父さんは単騎で戦い続けた……最後は機体の中で冷たくなってたそうだ」
「そんなの、ただの僻みじゃない?ユーディンに辛く当たる理由にはならないでしょ」
リシェルさんが目を細めながらレイヴァンスにそう言うと、彼は少し驚いた様子を見せながらも答えた。
「その通りだ、あいつもそんなこと分かってるはずなんだ……それでも」
恨み言の一つや二つ、言いたくなるだろう。戦いもせず、神装機と一緒に守られているだけの人間が、両親と幸せそうに生活を送っている姿を目にして、何も感じないはずがない。
「ぼくは……」
「だけどなユーディン……今みたいに、ムカついたら言い返してやって欲しい」
「え?」
「グエンがああやって、気持ちをぶつけてるとこなんか初めて見たんだよ……お前と本音で喧嘩してりゃ、自分の気持ちを整理できると思うんだ」
本音で、喧嘩をする……僕もそんな相手はいなかったな。それに、なんだろう?さっきグエンさんに思いの丈をぶつけたら、心が軽くなったような不思議な感じがする。
「わかりました……僕も我慢するのはやめます」
「おう、ありがとな!」
「それじゃ、暗くなる前にグエンさんを探して、謝らないとですね」
「……私も行くわ。姉さんが位置情報を追ってくれてるから」
「助かるよ、リシェルさん」
「すぐ戻って来いよー、あったかい飯作っててやるからよ」
「はいっ」
夕闇の迫る森の中へと、ユーディンとリシェルはグエンを追って足を運んでいく……
――一方、グエンは森の中を進み、一際大きな木の根元へと腰掛けていた。
「戦えない僕らの気持ち……か」
先のユーディンの言葉を口にし、その意味を頭の中で反芻する。
(ガキの頃の俺は、親父と一緒に戦いたくても戦えなかったな……結局、俺も守られるばかりで親父を助けることは出来なかった)
「同じじゃねぇか……くそっ」
グエンは何度も自分の後頭部を木の幹にゴン、ゴンとぶつけ、項垂れるように上を見上げた。
そして、"目"が合ってしまった……
「……あん?」
「……あっ」
見つかるとは思っていなかったのか、その目の方向から若い女性の声が漏れ出た。
その声の主は木の枝を足場に、飛び跳ねながらグエンの前へと降り立ち、細身の剣を突き付ける。
「あ、あなた、この森が神域だと知って足を踏み入れたの?」
剣を握るその手は震えていて、脅しにもなっていない。
グエンはそんな彼女の様子を見て、思わず笑みをこぼす。
「ふっ、この森は神域なのか?だとしたら、生命の樹があるって噂は本当なんだな」
「な、生命の樹の存在を知っているの!」
「ってことは、ここにあるんだな」
「あ、いえ……そ、そんなものはありません」
取り繕うように剣を構え直すが、目が完全に泳いでいる。
「あんた、顔に出過ぎだ……俺はグエン、生命の樹を探して保護するためにここに来たんだ。あんたは?」
「え?生命の樹を保護?あ、わたくしはエリシュ……その、生命の樹の守護者です」
「守護者ってことは、ここに人が住んでるのか?」
グエンは森の中を見渡してエリシュに尋ねる。
「そうです。生命の樹が焼け落ちる前から、我々の一族はここで樹を守り続けているの」
「へ〜ぇ、じゃあ、その樹まで案内してくれねぇか?」
「あなたを?それはできないわ。部外者を神域に入れることは許されないから」
そして、再び剣を構え直した直後……エリシュの背後から、何者かが目にも止まらぬ速さで距離を詰めてくる。
グエンは咄嗟にエリシュの手を引いて、庇うように抱き寄せる。
「おい、コイツは敵じゃねぇよ」
「剣を向けられておいて、敵じゃないとはどういうことよ?」
白銀の髪を靡かせながら、リシェルが剣を構える。
「リシェルさん!どうしたの!?急に剣を抜い……て、グエンさん、その人は?」
リシェルの後を追うように走って来たユーディンは、グエンの腕の中にいる見知らぬ女性に驚く。
そして、エリシュ本人は……
「は、わわ、あの!な、何なんですか!?」
急にグエンに抱き寄せられたことでパニックになったのか、顔を赤らめながら、わたわたと剣を振り回していた。
「っとと、危ねぇな!落ち着けっての、そこの女がお前を斬ろうとしたから助けたんだよ!」
「た、助けてくれたの?」
リシェルの姿とグエンの顔を交互に見て、ようやく状況を理解したのか落ち着きを取り戻すエリシュ。
「あ、ありがとうございます。もう、大丈夫です……それで、あなた方も生命の樹を?」
グエンからニ、三歩離れ、剣を構えながら問いかけるエリシュにユーディンが答える。
「はい、僕はユーディンと言います。生命の樹の保護をするためにここへ来たんですが。あなたは?」
「生命の樹の守護者さまだとよ。どうやらその樹がある
神域には部外者は入れないらしいが」
「守護者?」
「……守護者ならオーディン様の神格を受け継ぐ者を部外者とは言わないわよね?」
リシェルが剣を納めながらエリシュに尋ねる。
「オ、オーディン様?」
「千年前の族長、エルドリックなら快く案内してくれたけど」
エルドリックという言葉に眼を見開くエリシュ……
「その名は、黄昏の時代の……どうしてあなたが」
「私がオーディン様の眷属として共に戦ったからよ」
「そんな、まさか……ヴァルキリー?」
「ええ、それで?案内してくれるのかしら?」
「あ、はい……その、族長に確認するので、少し待っていてください」
そう言い残して、エリシュは樹上へと飛び上がっていった。
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