第2話


この清三郎と言う若者は、歳は数えで16歳、身体が大きいので見た目だけは大人のように見える。


吉蔵はしばらくして帰ってきて、


「熊の肉もついでにもろてきた。

腹が減っとるじゃろ?

栄養あるもん腹一杯食べんと。


戸根川に仕事で行くもんがおるけぇ、あんたの親戚の家に着くのがちょっと遅うなると言付けたで、安心してゆっくりしなされ」


と、熊汁を作ってくれた。

清三郎は喜んで食べ、吉蔵はそれを嬉しそうに見ていた。


「おやじ様はお食べにならんのですか?

わしばっかり食ろうて、申し訳のうございます」


「わしはええからしっかり食べなされ。

明日イノシシでも仕留められりゃあええけどなぁ」


「わしのために熊の肉をどこかでもろうてきてくれたんですか?

ほんま、ありがたいこってす。

もったいないこってす。

わしはもう十分いただきましたんで、おやじ様が食べてくだされ」


「、、わしは熊は食わんのよ。

腹一杯になったんならまた明日食べりゃあええ。

はよ、怪我が治るようにゆっくり休まんと」

と、吉蔵は玄米ご飯とたくあん、酒を少し飲んだ。


清三郎はここ何日かの野宿で、ろくに休めていなかった。

怪我と溜まった疲れで、すぐにぐっすりと眠ってしまった。

吉蔵も、少し火縄銃の手入れをしてから早々に寝た。


次の日まだ清三郎がぐっすり寝ているうちに、吉蔵は仕事に出た。


清三郎の寝顔は、精悍さとあどけなさが混在しており、吉蔵はこれから男として生きていく清三郎を鼓舞したく、応援したい気持ちになった。



昼にはまだ少し足らない頃に、清三郎はチラチラと隙間から入った光に起こされた。

昨日この家に着いたときと比べれば、驚くほど身体が軽く、かなり長い間眠っていたことが、それだけでもうかがい知れた。


ゆっくり立とうとしたが足はまだ痛い。

寝床の横には、朝起きたら食べられるように、大きな玄米の握り飯が二つと白湯が置かれていた。


清三郎は、握り飯なら吉蔵が帰ってきたらすぐに食べられると思い、吉蔵の食べない冷めた熊汁を食べ、握り飯は残しておいた。


清三郎に父はいない。

母と妹が二人、弟が一人。

父のいない清三郎には、吉蔵はなんとも言えぬ力強さと、安心感を感じた。

幼い頃、いなくなった父が今も生きていたらこんな気持ちだったんだろうか。


物心ついた頃から、あんたが長男やでしっかりせいと、周りからも母からも言われてきた清太郎に、吉蔵の存在は大きかった。


【あんな優しいおやじ様がいるんやなぁ。

わしもあんなおやじ様になれたらええのう。

おやじ様はなんでまたこげな場所に一人で暮らしてなさるんじゃろう】


清三郎は時間があったので、色々考えながら、部屋を拭いたり、釜戸を掃除したり、焚き木を作ったりした。

無理をして足に負担がかからないように、気をつけてできることを考えた。


そうこうしてるうちに吉蔵が帰ってきた。

「ようおかえりで」と嬉しそうに笑う清三郎が健気で可愛らしく、帰ってきて人が家にいる事も、それが清三郎だということも、吉蔵は嬉しかった。

今日は罠を仕掛けたところにウサギが2羽かかっていたので、鍋にして一緒に食べた。


二人は久しぶりに逢った実の親子のように、色々な話をした。

清三郎は、これから親戚の家で色々勉強していい米を作りたいのだと話した。

沢山実らせて、次の年はもっと、その次の年はもっと実らせてかかあを楽にしたいと、吉蔵に話した。


「あんたはほんに親孝行な子じゃて。

あんたの母さんは幸せ者だのう。

わしはそげな子の少しばかりでも力になれたようで、嬉しいのう」


と、吉蔵は嬉しそうに話した。


清三郎は一つ、気になっていたことを吉蔵に聞いた。


「おやじ様は山を持ってなされるし、優しいお方でありますのに、嫁子さんはもらわんのかと不思議で。

嫁子はいらんのですか?」


吉蔵は、少し険しい顔をした。

清三郎はびっくりして


「ああ、おやじ様、すまんこってす。

おやじ様にも言いたくない事もあるとわかって、あんまり優しいお方なもんで、つい聞いてしまいました。

ほんにどうお詫びしたらいいか、申し訳が立たんです」


と、頭を下げた。


吉蔵は、また優しい顔に戻り、


「なら頭をあげて、わしの話を聞いてくれるか、ちと長くなるかもしれんが」


と前置きし話し始めた。


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