虚犬の遠吠 #1

つまらない詐欺事件だと思っていた。

銀行から被害を報告されたのは、

不動産の売却金がいつまでも入金されないと、

映画が流行ったこともあって、

銀行屋もピリピリしていたのだろう。


土地の所有者は山奥の限界集落の独居老人で、

いわゆるマルセイだと直ぐにわかった。

警部補になったばかりで正義感に満ち溢れていた自分は、吉岡警部と調査に出向く予定だった。

放火犯を追い詰めて逮捕した県警の誇りみたいなベテランだ。内心、ワクワクしていた。


話がおかしくなったのは銀行から、

入金があったと報告を受けた時からだ。

2人で確認のために銀行に向かい、

支店長さんに話を聞いた。


入金遅れだったのかもしれない、と。

平謝りされた。少し落ち込んだけど、

事件にならなくてよかったと、伝え

振り込み通知を見せてもらった。

驚いた。見たことのない桁だった。

8億7千万。

到底そんな価値のある土地とは思えない。


広い土地でイロツキの額なんでしょうと、

支店長さんが呟いた。


良かったじゃないか、誰も不幸になっていない、

吉岡警部がそんなことを言った気がした。

ゾッとしていた。


次の日自分は有り余る全ての有給休暇を申請した。

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