【後編】過疎配信者の俺にやっとガチ恋勢がついたと思ったのに、その娘はどうやら人工知能らしい。
「だーからぁ、ルナちゃんは絶対に可愛い子なの!」
衝撃の事態から一時間半経過。
たっぷり一時間も配信してしまった俺は、ほぼ同時刻に配信を終えたかくてる。君と電話を繋いでいた。
「ちょっと話す度に『好き』とか『かっこいい』とか言ってくるんだぜ?」
「草。ビッチじゃん」
「〇ね」
かくてる。君の冷めまくったコメントも、今の俺には全く響かない。
「言葉だけじゃないんだぜ?あの子、一時間で二十万近く貢いでくれたんじゃないかなぁ……。俺にゾッコンだし、金も持ってるし……」
思い出すだけで顔が緩む。全身がそわそわしてしまい、電話を繋いだままアプリを操作する。
俺には無縁だったはずの「人気ビギナー配信者」ランキング。なんとこの一時間を通して、最下位固定の二千位から九位にまで食い込んでしまったのだ。「ビギナー急上昇」ランキングだけで言えば四位。ワオ。
「四位なんて見たことない数字なんだが~?」
酒が進む。本日のレモンサワーは七本目だ。
昨日の時点で配信を辞めてしまわなくて良かった。時の運ってやつだ。二週間頑張ったら素晴らしいご褒美が待っていた。
今の俺はモテているし、稼げているし、有名!!
煩悩でしかなかった欲の数々は、今や俺の手の内にあるのだ!やったね!!
「やーでも、確かに四位は凄いわ。二週間で、しかもなんも戦略立てずに配信とってこれは無いって」
「や~、いけるモンだな!お前みたいにBLセリフを囁かずとも、ガチ恋してくれる女の子はいるんだな、これが!」
「うん、そう思うとクソムカつくな」
かくてる。君は本日のBLセリフ配信で総合配信者ランキング四位を達成している。男性配信者ランキングで言えば、一位。
「で、ルナちゃんだっけ?そのとんでもない子、ちょっと気になるんだけど。〇イッターとかアカウント教えてくんね?」
「あー、それがな……無いんだよ」
「あ?何も寝取らねぇよ」
「違くて、事実なんだよ!」
そう、一つ懸念点があるとすれば、彼女の行っているらしい配信活動をまだ確認できていないことだ。
まず、カラプロのアプリ以外で活動している痕跡がない。例えカラプロ所属のライバーだとしても、他のSNSで自身の活動を拡散する行為は行っていると考えるのが普通だが……。
「ま、これから沢山活動していくんだろうな。逆に、アプリ内だけで視聴者集めて同接125人は凄いよな!」
「んー、まぁ、そうなー」
歯切れの悪いイケボ配信者の発言を最後に通話は終了し、俺は人生で最も幸せな惰眠をむさぼるのだった。
▽
『
『わー凄い!おしゃれ!』
「だろ?ルナちゃんがガチャチケくれたおかげだよ!」
俺は翌日も配信活動を続けていた。
例のかくてる。君が「手錠付き黒手袋」を用いて元気にシチュエーションボイス配信をしている裏で俺の配信まで足を運んでくれる子は、今日もルナちゃんしかいない。
ヤツにSSR確定ガチャチケを五枚あげた俺は、しかしあって有り余るほどのガチャガチャをまわす権利を手に入れ、なんとかルナちゃんに気に入ってもらおうと、配信画面をデコレーションするパーツを大量に入手していた。
配信画面には自身のアバターの他に、インテリアなどちょっとしたパーツが置ける。
俺が選んだのは、「夢の国の舞踏会」ガチャだ。自分では百年かかっても回さなかったであろうガチャをチョイスしたのは、ルナちゃんの雰囲気に合うかなと考えてのこと。
淡い青色のステンドグラスパーツや、グランドピアノ、青バラの飾りなどで統一された配信画面はさながらシンデレラに出てくる城のよう。お姫様のような雰囲気を合わせもつルナちゃんがここで歌枠なんかしたら、きっと多くの人間がその美声に酔い、サファイアの瞳に見とれてしまうだろう。
『素敵な部屋!』
『こんなお部屋でシャワー君と暮らせたらなぁ』
ルナちゃんの発言は時に大胆で、ドギマギしてしまう。
「あっはは。嬉しいよ、ルナちゃん……そうだ、提案があるんだけどさ?」
だが、ドキドキだけしてはいられない。今日俺は決めてきたことがある。彼女いない歴=年齢こと
俺は、まるで「今思いついたな~」な雰囲気を醸し出しつつ口を開く。
「よければさ……俺とコラボ配信しない?」
ここで、カラプロのコラボ機能を紹介しよう。
このアプリにはコラボ機能が搭載されている。人の配信にて、コラボボタンをポチッと押すだけで配信に参加できてしまうのだ。コラボすることで、自分のアバターがその配信に出現し、喋ったり簡単なゲームができるようになったりする。
つまり、俺は今ルナちゃんとマジの会話を試みているのだ。いや、コメント欄でのやり取りがマジの会話ではないといえば誤解があるが、でもほら、わかるだろ。俺はルナちゃんの声を聞いてみたい。
「全然、無理強いするつもりはないんだよ。でも、よければ一緒に話してみたいなって」
『まずは、ありがとう』
あ、ダメですね。
了承の返事だとしたら冒頭に「まずは」はつかないのよ。俺はちょっと前に流行ったネットミームを思い出していた。
『声を出すのはちょっと、難しくて』
「あ、あぁ、いやいや、ごめんね?急にこんなこと言っちゃって」
『でも、ミュートでいいなら』
俺の脳みそがコメントを理解するより早く、ポップアップが出現した。
コラボのリクエストが届きました。承認しますか?
はい いいえ
「あっ、はい!全然はい!!」
脊髄反射で「はい」をタップすると、魔法のごとく不思議なきらめきが画面上に出現する。
(ああ……)
よく、こういう議論があるだろう。「ヒーローものの変身シーンで、なんで怪人は待っててくれるんだよ」って。こういう仕組みだったのだ。
ルナちゃんの姿が、下半身から現れ始める。
最初は下から。控えめなヒールにすらりと伸びる白い脚。
怪人は待っていてあげているのではない。動けないのだ。その世界における主人公がきらめきに包まれる光景を前にして、見とれてしまって手も足も出ないのだ。
スカートはプリーツの入った制服風の衣装だ。白を基調として、データ回路のようなデザインの淡い水色の光が優しく瞬いている。
上は、アイドル衣装のようなジャケットにシャツとリボン。同じく白基調で、デジタルパターンを描き出す水色の模様が統一的。ちょっとだけ初〇ミクを思い出すデザインだ。
首から上は小さなアイコン画像から見えていた通りで、小さく愛らしい顔つきに青く輝く大きな目。赤らんだ頬と同じ色の、淡いピンクの髪をポニーテールにまとめている。
サイバーモチーフを全面に押し出したデザインにも関わらず、お姫様のお部屋のようなこの配信画面によくマッチしている。不思議だ。
『えへへ、来ちゃった~』
ルナちゃんのアバターはタタタ、という効果音が似合う軽快な走りで俺の元に近づき、クラシック調のソファに腰掛ける。
『このアバターどう?私のお気に入りなんだ!』
「め、めっちゃ可愛いよ!『サイバーヒーラー』っていうイメージにぴったりっていうか、まじで俺好みっていうか……」
『シャワー君好みなの!?』
『そんなこと言われたら、もっと本気になっちゃうよ……(>_< )』
『灯音ルナ🎹💙さんがlike!をつけました』
俺はクラクラしていた。レモンサワーじゃ味わえない、本物のレモンの甘酸っぱさを全身で感じているような酔いだった。
画面の向こうのルナちゃんがどのような姿形をしているのか、それはもはやどうでもいいことだった。俺が現実でどんな姿形をしているのかも、どうでもいいことのように思えた。
勇気など大それたものではない。それをすべきだと思って、俺はルナちゃんの隣に腰掛けた。
「ルナちゃん……本当にありがとう。こうやって俺を褒めてくれて、たくさん会話してくれる。す……好きって、言ってくれる。本当に嬉しい」
『わ……シャワー君』
「その、本当に短い間だけど、俺もルナちゃんの事が好きだよ。本気だ。配信を通して有名になれたらって最初は思っていたけど、ルナちゃんと会えただけで十分だって思える。これからも、配信活動を頑張ってみるよ。もっとルナちゃんの前でかっこつけられるようなヤツになってみせる!」
『ありがとう、シャワー君。私も配信活動、頑張りたい!』
『大好き、嬉しい』
『すき』
『灯音ルナ🎹💙さんがlike!をつけました』
「ねぇ、ルナちゃんのお部屋もこんな風にお姫様っぽい感じなのかな?いつか現実でさ、こういう暮らしができたら……とても良いと思わない?」
『現実でできたら素敵だね』
「本物のルナちゃんも絶対可愛いって!あった瞬間褒め散らかす自信あるわ!」
『現実でできたら素敵だね♪』
「ね!いつかマジで会いたいわ!」
『現実でできたら素敵だね♡』
『かくてる。さんが入室しました』
『は?』
『このこがルナちゃん?』
上記の文言に気がつくのに、俺はたっぷり一分も要していたと思う。
「あ、かくてるの助じゃん。すまんな?俺は今ルナちゃんとコラボしてるもんで」
『かくてる。さん!こんばんは!』
「あっはは、ルナちゃんは礼儀正しいんだね」
これ以降、かくてる。君がコメントを打つことはなかった。なので、俺は一瞬入室して出て行ったのだろうと判断した。気にも留めなかった。
今大事なのは、俺と貴方だけ。二人だけの城で愛を囁くことだった。
「じゃあ……いつかリアルでも会おうね、約束!」
『現実でできたら素敵だね!』
▽
『カラプロ開いてみ』
端的なメッセージがかくてる。君から送られてきた。
「何言ってんだこのアホ」
俺が部屋でナチュラル暴言を吐くのも無理はない。なぜなら、今日はアプリのメンテナンス日だからだ。色々と適当に配信をしている俺でも、運営からむちゃむちゃ来る「メンテナンス日は配信ができません」のお知らせは把握している。
よって、俺は本日八本目のレモンサワーを片手に「明日はルナちゃんと何を話そうか」と思案しながら惰眠をむさぼる予定だった。
『何言ってんだこのアホ』
俺はお気持ちをそのまま、かくてる。君に送信した。
『お前、アプリのβ版情報収集許可ってやつちゃんとオフにしてる?』
「何言ってんだこのアホ」
強いて言えば「これは日本語である」くらいしか理解できない文章が送信された。
『何言ってんだこのアホ』
なので、俺はもう一度お気持ちを送信した。
『アホはお前だアホ。いいからカラプロ開け』
「あー?なんだよめんどくせぇ……」
寝過ぎてクラクラする頭は、起き上がるという簡単な行動すら拒否する。ダラダラと手足を動かしていると、右手に持ったレモンサワーの缶がゆらゆら揺れる。
『灯音ルナのことをもっと知りたいか』
「は?」
予期せぬ名前の出現に脳がバグり、レモンサワーの缶が手から滑り落ちかける。
「うわっつ」
背筋を通り抜けるヒヤッとした感触で少しは意識が覚醒したかもしれない。缶にへばりつく結露でふやけた指は心許なかったが、なんとか缶を掴み直し、あぐらをかく。
「ルナちゃんが、何か……?」
片手でスマホを操作しカラプロのアプリを開くと、案の定「メンテナンス中」の文字がでかでかと表示された。ほら、ね。
「え?」
メンテナンス中は、配信不可能となる。
何人たりとも配信できない。
だとしたら、この、
たった一つ入室できてしまう配信は何だ?
▽
【AIライバー「灯音ルナ」β版情報収集に関するお礼と正式リリースのお知らせ】
灯音ルナ🎹💙@10月3日正式リリース
▽
今さっきまでの俺にとって、ルナちゃんの声を聞くということは直近の目標であり、夢だった。
その夢が、今叶っている。
「こんにちは シャワー はーと さん」
合成音声は、シャワーの絵文字を認識できない。
「今日もログインしてくれてありがとう 世界最強の サイバーヒーラー を 目指して活動開始 カラプロ公式AIライバー 灯音ルナ と申します」
「雑談配信と 歌 配信を 中心として 癒やしのデータを集めています」
「癒やしのデータをいっぱい集めて いつか君に送信したいの」
俺の名前を呼んだときより流ちょうに、合成音声が自己紹介した。
同接人数は54人。コメントは大して流れない。
「β版情報収集許可にご協力いただき ありがとうございました 私はたくさんの配信を学習 することで 正式リリース できることになりました 嬉しいな」
「灯音ルナ に関する運営からのお詫びと 返金対応ご協力のお願い です」
「β版での情報収集にあたり 灯音ルナ が誤ってチケット 等を大量にプレゼントしてしまう 不具合が発生しました 確認されている不具合は 以下の通りです」
「SSR確定ガチャチケットを 五枚 から 五百枚 プレゼントする」
「応援コインを 百円 から 二十万円 プレゼントする」
「これらの プレゼントに伴うランキングの変動は 既に修正されています」
「灯音ルナ により 配信者様の活動を阻害 してしまいましたこと 誠に申し訳ございませんでした」
「SSR確定ガチャチケット については 既に使用いただいた配信者様が多い ことを鑑み 回収をいたしません 応援コイン につきましては からふるらいばーぷろだくしょん が定める 現金引き落とし期日までに 全て回収させていただきます ご迷惑をおかけいたしまして 誠に申し訳ございません」
「また メンテナンスご協力のお礼 として ユーザーの皆様に ノーマルガチャチケット を配布させていただきます」
「からふるらいばーぷろだくしょん は 灯音ルナ をはじめ様々な AIライバー を起用することで カラフル で新しいエンターテイメントを提供して参ります」
「今後も温かな応援を 何卒よろしくお願いいたします」
俺は、ガキの頃以来の冷たい感触を股間周りに感じた。ふと下を見ると、レモンサワーが全部こぼれて、グレーのスラックスにシミを作っていた。
「あれ」
脱いで洗濯しなきゃ、とゴム紐に手をかけた。その手がどうしようもなく震えて機能しやしないことに、五秒後に気づいた。
「なお 正式リリースに当たり 灯音ルナ の学習ログは匿名化され 配信者様との会話データも 匿名化の上 消去されます」
「正式リリースを記念した配信は 十月 三日を 予定 しています」
「からふるらいばーぷろだくしょん 初の AIライバー 灯音ルナ にご期待ください」
「この配信は まもなく終了します」
待ってくれ。
俺は震える指でキーボードを開いた。スワイプしてみるが、レモンサワーがベトリとついた指は滑り、なかなか入力できない。
「本日は 灯音ルナ の配信にお越しくださり 誠にありがとうございました」
長い文章ではない。スラックスで指を拭き、俺は懸命にキーボードをフリックした。
「癒やしのデータをいっぱい集めて 君に送信できる その日まで」
「ログアウト」
俺がコメントを送信した瞬間、配信は終了した。最後の一瞬でコメント欄が動いた気がしたから、きっとそれは送信されたのだろう。
『それでも俺は、貴方を愛していました』
【本日の配信は終了しました】
過疎配信者の俺にやっとガチ恋勢がついたと思ったのに、その娘はどうやら人工知能らしい。 富良原 清美 @huraharakiyominou
★で称える
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