第17話 潮風の日々 優しい口付け

次の日、伯母さんの作ってくれた朝食は、昨夜のカレーをシチューとしてマカロニを敷いてチーズを乗せて焼いたグラタン、トーストと、オニオンスープ、レタスのサラダ、それに、昨晩に日向ひゅうがが漬けた人参と大根のゆか漬けだった。

 特に糠漬けは美味しいと、日向は伯母さんにも「男」にも褒められた。

「良かったです、また、コツがあれば教えて下さい」

 照れながら日向は答えた。


 ――――――――――――――

 昨夜、日向は自分の布団で「男」が眠ってしまったので、代わりに、向こうの客間から敷いてあった布団を持って来て、少し離れて眠りについた。

 

けれど、「男」の使っていた布団に横たわると、日向は

(、うわ、、これは、、どうしよう、、)

 と、ギュッとタオルケットの端を握りしめた。

 

 (、、匂いが、、残ってる、、)

 朝に自分を抱いていた人間、それもまだ傍らで寝息を立てている、この「男」にまた包まれている感覚に陥ってしまった。

(目が覚めてしまう、、)

 日向はしばらく寝付けなかった。


 そして、今朝、窓から差し込む眩しい太陽の光で目覚めて、

 (、、何とか、眠れて良かった、、)

 ホッとした。

 まだ、「男」は眠ってるようだった。

 そこで、小さく「よしッ」と言って、こっそりと朝の海に行こうと思っていたら、

「、おい、海への散歩は無し、な、」

 と、いつの間に起きていた、「男」の眠そうな声にはばまれてしまった。

 

 (、えぇ、なんで、ダメ出しを、、されるの?

 こんな素晴らしい天気の朝に、海に行きたかったのに、、後でこっそり行こう、、、)と、

 日向は目の前で欠伸あくびをしながら起きて来た「男」に向かって心の中でグーパンチしながら思った。

 

朝食を食べながら、日向たちは、伯父さんの体調について、医者から示されたケアの方針など、を伯母さんから聞いた。

 今後、伯母さんは病院の近くの従姉妹の家に寝泊まりさせて貰って伯父さんの緩和ケアの事に専念する。

 そして、数日に一回、民宿に戻り、日向に調理の事や、片付けについて指示していく事になった。

 時々は日向達も伯父さんの、見舞いに行けるらしい。


「良かった!、嬉しいです。伯父さんと伯母さんの指示で、俺、色々やりますから!」

 日向が張り切って言うと、

「男」も伯母さんに向かって

「良い塩梅あんばいに落ち着いたご様子で、おれも安心しました、、」

 とにこやかに伝えた。

 

 ――――――――――――――

「、、で、ペンキ塗りは何処をやるんだ?、」

 裏庭に廻り、物置から、幾つかの塗装道具や脚立、ペンキ類を出して来た「男」が日向に聞いてきた。

 

 民宿は、玄関周りが雑木林になっていて、朝から一気に羽化した蝉が鳴き始めていた。海鳥の声も聞こえてきて爽やかだった。


 朝食の片付け、掃除や洗濯を済ませてから、2人は伯母さんにペンキ塗りをすると伝えて、庭に出たのだった。

 日向が伝える。

「はい、今年は裏庭の風呂場の壁を塗ります。去年までは夏に俺が来た時に、民宿のあちらこちらを、毎年、伯父さんと俺でやっていました、

 伯父さんが入院されてどうしようかと思っていたんです。

 脚立も使うので、男性2人の方が良いですし、、」


 実の両親から、家の手伝いなど何も教わったことも無かった日向に、

手伝う事の喜びを教えてくれて、根気よく一緒に丁寧に付き合ってくれたのは伯父さんだった。

 そんな事を日向は嬉しくも寂しく思い出した。


 裏庭は日光が避けられるが、暑さが厳しくなる前の午前中に、いつも伯父さんと日向は作業をしていた。


「そうか、了解、準備しよう」

伯父さんの使っていたペンキを塗る時のエプロンを着けた「男」が脚立を裏庭に担いでいった。


 日向も自分用の汚れても良いシャツで「男」の後に続いた。

「よし、始めるか」

 海沿いの町では、潮風に負けないように家の修繕は欠かせない、初めてペンキの使い方を日向は教えて貰った時には、どうしていいのか分からなくて、ペンキ缶を落として周囲を汚してしまったが、伯父さんは怒らずに

「注意して、こう言う風に使うんだぞ」

 と教えてくれた。

 そんな事を日向は懐かしく思い起こした。

 

しばらくは黙々と、2人は剥げかけている風呂場の壁を塗り続けた、「男」は手際良く日向が準備した塗料を、次々と滑らかに壁に塗って行った。

 それを見て、脚立を保持していた日向は、

「凄い、お上手です。」と目を見張った。

 

「休んでください、今度は俺が塗ります」

 新しいペンキ缶を持って日向は、脚立から降りて来た「男」に言った。

「、、お前、まだ完治してないだろ踵の傷。まだおれが塗ろう、その足だと、上で踏ん張れ無いから危ない、」


「それに、、」とジッとこちらを見てから

(お前、多分、腕のチカラが弱いから……)、日向のやや細めの腕を指差して真面目な顔で言った。

 脚立の前で、ムッとした日向は反論した。持って来たペンキ缶持ち上げて、腕の筋肉を見せて、

 「そんな、俺も、腕力くらいありますよ。」

 「男」に言い張った。

 

 (、そうだな、それなりに成長はしてるがな、、、)

 急に、悪戯な顔でペンキ缶を持った腕を掴んで、「男」はそのまま、壁に腕ごと日向の身体を押し付けた。

「違うだろ?、ほら、」

自分の太い前腕と比べて日向の腕は細いだろうと、並べて見せられた。

 確かに、華奢にも見えてしまう日向の腕だが、

 「それは、言い過ぎだと思います、俺だって、やれば、、」

流石に男として日向もムキになった。持たれた腕を動かそうとするが、びくともしない。

 (、ぅ、くやしい、、)

 日向は子どものように、唇を尖らせ、叶わないチカラに反抗してぷいと横を向いた。

 

「そうだ、まだ、成長期だもんな、、、でも、危ないのは変わりない、下の方を塗ってくれないか?、折衷案だぞ、どうだ?」

 言われて、

「まぁ、なら仕方無いです、、」

 なんとか不満を抑えて日向もその案に乗る。

 

「男」は日向の腕を下ろして、ペンキ缶を取りあげた。そして、クスリと笑い、カラダごと引き寄せた。

ペンキの臭いをさせながら背中を抱いて来る、、

 

驚くことに、今回は顔も近づけてきた。

 (えッ!?)

 

 壁に押し付けられて、上から被さるように近づいて、日向の頬に片手を押し当てた。

「、ん、ああ、ペンキ塗り立てなのに、、」日向はなんとか声を上げたが、

「此処はまだだ、。」

 と、あっさり言われた。

 頬にチカラを入れられて、口を開けることになった。


 (、えぇ、?、今までキスはしてこなかったのに、、?)

 日向は戸惑った。

(嫌か?)

 目の前にある、瞳が真面目に問い掛けてきた。

 

 (……どうして、俺はいやだと言えないのか、、)

 日向はまた拒めなかった。

 

 「男」はゆっくりと日向の唇に自分のそれを押し当ててきた……

 (、、ずるい、、)と日向は思う、、そして、意外なほど柔らかなソレに、

 (あぁ、やっぱりおんなじ熱だ、、)

 と感じて、、受け入れてしまった。

 

「男」は静かに、忍び込むように柔らかく舌を入れて来た、、

 

何で、抱いてる時と違うんだよ……

 日向は胸の中で文句を言った。

 まるで、大切なモノを扱うかのように、丁寧に舌を吸われた、、


 (あ、ァァ、)

全身からチカラが抜けて、腰を持たれてなかったら、ズルズルと落ちそうだった。

 髪や頬を残りの手で、優しく撫でてくる、、


(、、恥ずか、しい、、)

 自分の下腹部が反応してしまって、顔を背けたいのに、ヌルヌルと忍びこんでくるような口付けに、つぅと涙が溢れた。

 「何故、泣く?、この前は、してくれたじゃないか、」

「男」が一旦、唇を離して言ってきた。

 

「、え、いや、あの、それは、あの時は言われたからで、、」

 焦って言うと、「男」の動きが一瞬止まり、

 (やはり、夢では無かったな、、、)

 と、嬉しそうに言われる。

  (あ、ぁ、、やられた、、、)

 日向は身をよじったまま、赤面するしか無かった。

 

 それから、再び、日向の唇に当てられた唇は、しっとりと弾力があり、そして意思を持ったかのように、日向の唇だけで無く、眉や瞼、頬を確かめるように口付けしてまわってきた。

 (ど、どうしよう、、)焦りながら、日向は「男」の口付けを受けていた。


 すると、足音がした。


「矢尾さん、日向くん?、ご苦労様、」

声が聞こえてきた。伯母さんだ!

 日向は驚きで、「男」から一気に飛び退いた。

 危うく脚立を倒しそうになり、

「男」がバランスを崩した日向と脚立を同時に支えて、伯母さんの位置から見えないように隠して、振り向いた。


 数メートル離れてる玄関の方から顔を出して伯母さんは続けて話した。

「、矢尾さん、日向くん、ペンキ塗り、本当にありがとうございます!

 矢尾さんは本当に主人の代わりにお願いしちゃって申し訳ないわ、、冷蔵庫にスイカを切ってあるから、早めに召し上がって下さいね」

 と、言って来た。

伯母さんの言葉に「男」は

「いえ、伯父さんにも世話になっていて、ここで恩返し出来て良かったです、スイカもありがとうございます。日向君と早めに貰います、、」

と、何も変わらない様子で返答した。


 日向は2人の会話を聞きながら、真っ赤になっていた顔をシャツでパタパタと仰いでなんとか抑えようとした。

 (だ、大丈夫、、気が付かれてないはず、、、絶対に、、)

 深呼吸していても、激しく胸からの動悸が全身を波立たせ、汗がドッと出て来た。

 

「今日も暑くなりそうだから、2人とも無理はしないで下さいね、、。

 わたし、そろそろ主人の方に行って来ますから、どうぞ宜しくお願い致します、

 矢尾さん、お食事は日向くんにお任せしてありますので、もしも何かあったら直ぐに連絡をしてね、日向くん、」

 

「男」が先に答える、

 「はい、おれは全く大丈夫です。ペンキ塗りも暑くなってきたら直ぐに休みますよ。

 日向君の負担にならないように、気を付けます、、」

 

日向も「男」の肩から顔を出して、

「あ、はい、伯母さん!、スイカいただきます!、

 えっと、、無理しないでやりますので、ご心配無く、気をつけて行ってきて下さい、

 あと、伯父さんにもよろしくお伝え下さい、、」

 と、日陰になっていて、伯母さんには見えなかっただろうが、火照った顔で伝えた。


 伯母さんが出掛けると、ようやくふう、と落ち着いた日向は、脚立を無言で立て直して、「男」に伝えた。

「あ、あの助けて貰って助かりました、上の方はお任せします、暑くなる前に、この一角を終わらせましょう、お願いします」

お辞儀をして言って来た、その思い詰めたような表情に「男」も、

「、分かった、早く終わらせよう」

 と答えた。


 それから、殆ど無言で作業を進めて、日向が目的と言っていた場所は塗り終わった。

「ありがとうございました、後は俺が道具類片付けて、刷毛はけを洗って来ます、着替えて食堂で涼んでいて下さい、」

 日向がそう言うと、

「脚立はおれが持って行こう」

 と「男」は言って、脚立を担いで物置に向かった。

 脚立と道具を仕舞って、刷毛をバケツに入れて外へ出ようとすると、物置の中に「男」が入って来た。


「な、何ですか」暗い物置の中で引き戸に立たれて、日向は困った。

 

「泣いてたのか?どうして?」

 日向の顔を両手で持ちあげて、目を覗き込まれた。

 黙ってペンキ塗りをしている時からすでに日向は涙を堪えていた。赤く潤んだ瞳が軽く「男」を睨んだ。

 ついと、「男」の視線から逃れるように顔を横に向けた。

「いえ、なんでも無い、です、」

 

「嘘を言うな、触られるのが嫌か?」

 手を離されて、日向はうなだれた。

「ダメならもう、止めるから、言え、、」

 静かに上から声が降って来た。

 背の高い「男」に向かって、日向は伝える。


「さっきは、本当に見られるかと思いました、、

 伯母さんのいる時には、嫌です、、絶対に、、

 伯母さんは優しいので、気を遣って何も言われないの無いのかもしれませんが、、、

 俺はどんな風にされても良いんです、、でも、、でも、、

 お2人には、余計なことを考えずに波風なく穏やかに過ごして欲しいと、、願っているんです、、。」

日向は両の手で顔を覆って、また出て来た涙を隠した。

 

 すまなかった、、と声がして、日向の背中に両腕が回されて抱き締められた。

「誰かいる時には、何もしない、、約束する」

 (おれのこと、いやじゃないんだな、、それなら、お前の願う通りにしよう)

 頭に優しく口付けして来た声は嬉しそうだった。

 

お願いします、、と

 日向も、温かい声に胸が熱くなり、両腕を「男」の背中に回した。


 涙が収まり、落ち着いてくると、日向は

 (、?、まるで恋人同士みたいだ、、うわ、)

 と一気に恥ずかしくなって、離れようとするが、「男」の手は緩まなかった。


 物置の引き戸を締めると、少しだけ光が入ってくる蒸し暑い場所で、三度みたび口付けをして来た、今度は、激しく長い舌を入れてくる。

 (、く、苦しい、なんて舌が長いんだ、そして、これは上手ってことなのか、、?!)

よりペンキの臭いが近づいてきて、「男」の香りと一緒に包まれた。

 そして、日向は深くて長い「男」の口付けに、段々とチカラが抜けて来た。


 (あ、ァァ、、)

 「、、、止められなくなった」

 ズルッと落ち掛ける日向を

止められない、と言った言葉通りに、今度は息詰まる程の口付けをしたまま、乱暴にシャツの上からボタンを摘まれた。

「う、、あッ、や、はァァ、、」

 (お前は、誠実過ぎて、困る、、)

激しい息遣いで、言われた。

 

「悪いな、これは、おれの我儘だ」

 今からなら良いだろう、

 お前を此処でいかせたい、、挿れないから、、

「ふぇ、、え、なん、で、?」

 薄いペンキのついたシャツの中に手を伸ばしてきて、胸を弄られる、、

 ピッタリと身体を添わせて、深い口付けをしながら、今度はズボンの中をもてあそぶ、

 すでに硬く勃っていた日向の陰茎を熱い手で一気に擦られた。

「、ふっ、くぅ、あァァ〜!、強いです、このままじゃ、俺、、」

 おれの手に出せよ、耳元で囁かれて、我慢出来なかった。

(あ、あ、あァァーー、ダメ、あ、イく、くぅ〜)

 ピクピクと立ち昇る気持ち良さが日向の全身に回って、そのあかしを「男」の手の中に、出してしまった。


 ……あぁ、なんで、こんな事に、、?

 

 あっという間に快感を与えられ、駆け上がった悦びに翻弄されて、「男」の肩にしがみつきながら、日向は息切れして戸惑うばかりだった。

――――――――――――――

「着替え、持って来たぞ、」

 ペンキと体液でかなり汚れてしまった服の変わりを持って来てくれた。

 

 下半身も「男」に拭いてもらいながら、

「ありがとうございます、(いや、お礼いうのは違うのでは?)」

 と、日向が悩んでいると「男」は着替えさせながら、

「汗かいたから、冷えてるスイカを頂こう、」と言って来た。

 続けて聞かれた。

「伯母さんは明後日戻るのか?」

「はい、そうです」

「それなら、良かった。これからしばらくは誰もいないのか、」

 含みのある言い方に、日向は少し考えてから、ハッとした。

 

 ?、誰かいる時にはしない、、って、それは、誰もいない時には、する、、って意味、、?

 日向は気付いてしまい、軽く目眩を覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る