第11話 裂け目2


 「戻りました、お騒がせしました、伯母さん?、」

玄関先に停めてある筈の伯母さんの車が無かった。

 民宿には鍵が掛かっていて、いつもの隠し場所に鍵が置いてあった。

 

「出掛けたみたいだな、、」灯りをつけながら「男」が言った。


 (、、伯父さんに何かあったのかも知れない。)

 「降ろしてください、あの、申し訳ありませんが、、」

 日向は「男」の背中から直ぐに降りようとしたが、

「駄目だ、先ずは椅子に座れ、消毒するんだ」

 と命令され食卓の椅子にすわらされた。傷付いた足も椅子に載せられた。


 待ってろ、と言って、「男」は何かを探しに行った。

 戻ってくると、

「お前のスマホにメモが貼ってあった。伯父さんが病院を移動するらしい、、」

 スマホは日向の部屋に置いてあったので、伯母さんはそこにメモを残していた。

 

「男」はそのメモを日向に渡して来た。白い薬箱も手に持っていた。

メモには、〈伯父さんの治療の為に更に大きな隣町の病院に急遽移動する事になり、伯母さんが呼び出された。

 後で連絡する。心配しないように。

 密漁の事は、後で漁協の人に連絡して処理するから、何もしないで良い〉

 と、手短に書かれてあった。

 

「伯母さんはスマホは持ってないのか?」

 日向に尋ねながら、「男」は薬箱を開け、直ぐに消毒液をたっぷりとガーゼに浸してから釣り針を避け、左のかかとに優しく当てがった。

「つ、、」

 沁みるか?

「大丈夫です、、」

 丁寧に触られる方が、おかしな気分になるが、日向は黙っていた。

 

「はい、伯母さんは携帯電話はお持ちで無いので、、。病院に着いたら連絡くれると思いますが、もう深夜なので、して来ないかも知れません。

 消毒ありがとうございます。」

 

 伯父さんが心配で、今からでも何か出来ないのか?と日向は足の痛みよりもそちらに気を取られていた。


「男」は、心ここに在らずの日向の前にひざまづいて、消毒ガーゼをもう一度、新しくして踵に当て、クイっと足を持ち上げた。

「落ち着け、大変な状況だったら、直ぐにでも呼ばれるだろう、お前のスマホに連絡無いって事は、最悪では無いって事だ、、分かるか?」


「、、はい、、分かります、」

 考えれば、そうだった。怪我をしてしまった事で、考えが及ばなかった。

「ありがとうございます、そうですね。気が動転していました、、」

 日向は深呼吸をして、

 (そうだ、いまは冷静に対処しなくては、、)

 落ち着こうとした。


「それで良い。傷を先ずどうにかしないとだな、、

……消毒は済んだ、、さて良く確認するか、、」

 

 踵を突き破っている釣り針は、戻すよりも、ついてる釣り糸を切って、踵の中に根元を通せば無事に抜く事が出来そうだった。

「男」は、針自体を動かさないように注意して釣り糸を切りながら、そのような説明をしてきた。

 

「はい、それで良いと思います」

 その処置を言われた日向も同意した。

 それしか良い手段は無さそうだった。

「……それでも、根元は膨らんでいる形だから、踵を通過させる時、痛いと思うぞ、良いのか?」


「……はい、このままにも出来ないですし、、」

「確かに、いま抜かないと、、、」

「男」が日向の踵を持って、今は止まっている血の跡を丁寧に拭きながら言った。

 ――――――――――――――

氷水の入ったビニール袋で踵の周りを冷やすように持たされ、日向は「男」がタオルを床に引いている間、傷の周りを冷却した。

 (少しだけでも出血や痛みを抑えられるからな、、)

 と言われて、怖いけれど、強さと賢さがある人なんだと日向は思った。

 

充分、傷口の周囲が冷えた状態を確認して、「男」は

 「じゃあ抜くぞ」

 と、日向の足の乗っている椅子に座り込み、自分の目の前に釣り針の飛び出ている踵を持ち上げ、

 (挙上しておくと血が流れにくくなる、、ちょっと我慢しろ)と言った。

 

 何かをしっかり掴んでろと言われ、日向が椅子の座面を持った瞬間に、見ていた「男」の肩にチカラが入った。

 釣り針の先を摘んで飛び出していた針先をクルリと引っ張り出した瞬間に、日向にぐりっと肉を破っていく痛みが走った。

 「ん、つぅ、、」

 歯を食いしばって、耐えた。

「取れた、、また血が出て来たな、強く押さえるから少し我慢してくれ、」

 止まっていた血が、抜けた刺激でプツプツと再び流れ出て来ていた。

 

「男」がガーゼで強く押さえて止血しようとするが、押さえたその指の間からもボタボタ垂れて来た。

 床に敷いたタオルにも染み込んでいった。

 (しばらく、押さえるぞ)

「はい、、お願いします、」

 強く傷口を握られた。

 しばらく経つと、少しずつ出血は止まって来た。

黙って、消毒と踵の保持をしていた「男」は、ようやくホッとした顔になった。


 そして、自分の指の間に流れていた、乾きはじめた日向の血をゆっくりと舐めとった。

 (えっ!?)吃驚して、日向は

「やめて下さい、汚いです!、直ぐにゆすいで下さい!」手を伸ばしてやめさせようとした。

「大丈夫、綺麗だ」

 な、何を言うんだ、、この人は、、日向はカタチの整った唇に自分の血が吸い込まれていくのを呆然と見つめた。

「男」は日向の血を綺麗に舐めとった後、

 

「よし、もう大丈夫そうだな」

 傷と自分の手を消毒して、くるくると包帯を上手に踵周りに巻きはじめた。


  (よく我慢した、痛かっただろ……)

 巻き終えられた包帯の上から、大きな手で撫でられた。

「、はい、、、本当にありがとうございました、、」

 日向は撫でられた事に赤面してしまった。

 

「今日は日曜だから、診療所はやってない、、もしも発熱して来たら救急に連れてく、、。先ずは休むんだ。」

 

その後、肩をかかえられながら、日向の部屋に連れてこられた。布団に横たわった日向に聞いてきた。

「気分はどうだ?」

「……大丈夫です、ありがとうございます……」


 踵の包帯を優しく触られる、(熱はそれほど無いな、、)安心したように言われた。


「……、あ、あの?」

 なかなか、傷付いた左足を持った手を下ろさない「男」に声を掛ける。

 (なんで、もう触らないと決めたのに、こんな羽目に、、)ボソッという声が聞こえた。


「え?、何を、、?、あっ、、」

足の指先に熱いモノがあてがわれた。動けない足の指先から初めての感触が登って来た。

「男」は、傷ついた日向の左足から、その柔らかく熱い唇を離してから、

「頑張ったな、、変な奴ら相手に、お前。」と言ってきた。

 そして、驚いた日向には応えずに、今度は怪我をしてない右足を持たれて、指先をねぶってきた。

 

 熱い舌が指の間を辿っていく、。

 

「、、何をして?、やめて下さい、、あっ、」両手を延ばして、静止しようとするが、無視された。


ズキズキする痛みと、ゾクゾクする足先からの初めての感覚に日向は身動みじろぎした。

 (、、変な、、感覚になってしまう、、あぁ、)チカラが抜けてくる。

 

 抵抗できなくなった相手をみて、

「……おれはたくさん、、血を見て来た……、騒いでる奴も、血を見るとひっくり返ってたな、、」

と「男」が言う。

 

 (……血は「死への道」とセットだ、他人の見ると燃える野郎もいる、おれは違ったが、、)


「でも、お前の血は綺麗だ、、」

 何を言うんだと、言いかけた時、舌が止められた。

ゆっくりと足が下された。

 (悪かった、、疲れてたのに、)

 指先を拭いたあと、小さく呟いてから「男」は部屋の電気を消して出て行ってしまった。

 

 

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