第10話 裂け目1
民宿から数100mほど離れた入り江の奥に小さな砂浜があるが、今までは地元の人にしか知られていなかった。
そこから、容易に磯場へ移動出来るので、貝などを取ったり、子供達用の磯釣り教室なども行われていた。
その場所で許可無く、貝を取ったり夜釣りをするのは管理する漁協で禁止されている。
けれど、最近ではネットでの情報が出ているらしく、こっそりと入り込み密漁する者が現れてきてしまっていた。
(防波堤切れ目の入り口にも告知の立て看板は立っているのに、、)
一部の心無い人たちの行為を聞く度に、日向は残念に思っていた。
その付近から灯りが見えていた。
(今回も同じだ、、)
かなり細くて暗い道なので、行き方を知っている日向が「男」の前を歩く。
民宿から緩やかな坂をおりて防波堤の切れ目の道路にやって来た。
もしかしたらと、日向は感じていたが、
そこには、やはり見覚えのある車が停まっていた。
「これ、さっきの人達のだと思うのですが、どうでしょう?」
「ああ、おれもそう思う」
車内には誰もいなかった。
日向たちは防波堤の切れ目から砂浜に続くゆるやかな段差を下りていった。
雲が多いので月明かりもなく、一層、その者たちが磯で何か動いている事が、チラチラ動くライトの動きでわかった。
「静かに行ってみましょう、」2人は懐中電灯は消し、磯の岩場に近づいて行った。
やはり、数人いる、小声で喋っているのが伝わってきた。
ガリガリと音もする、貝を取っている証拠だ。
現行犯だ。
(あの声は、やはりさっきの奴らだな、どうする?)
背後から「男」が言って来た。
(確認が取れたので、、一度戻りましょう、、)
気付かれないように、戻ろうと、2人は岩から砂浜に降りた。
(うわっ、!)
そこで、日向は何かに足を取られ、砂に倒れ込んでしまい思わず声を上げてしまった。
懐中電灯で確認すると、ヌルッとした、魚の内臓が捨ててあった。
これもマナー違反だ。あの人達がしているのだろうか?
日向は悲しくなった。
「おい、声がしたぞ」
誰かが言っている、気付かれたらしい。
「危ないな、明るい方へ行こう」
「男」が日向を導いて、防波堤の切れ目に行く。
ひたひたと追いかけてくる音が磯から聞こえて、4人の男たちが日向達が向けた懐中電灯に照らされた。
「あ、オマエ、さっきの小僧、、と、うわっ?!」
と、茶髪の男が言って来た。
途中からは後ろに立っている「男」を見て、勢いが削がれたらしい。
やはり、共同温泉施設で出会った者たちだった。
手には貝が詰め込まれたネットをぶら下げていた。
彼らの勢いに怯んだが、勇気を出して日向は聞いた。
「その貝は今、とって来た物ですか?」
「、あんだよ、うるせーな、海見てたんだよ、帰る所だから、
先ほどの温泉でも話した、茶髪の男がイラついた様子でやって来た。
日向の後ろに「男」は控えていたが、何もせず、今は日向に任せるようだ。
「待って下さい!」
横をすり抜けてクルマの方へ行こうとする男たちの前に、日向は手を拡げ、行手を阻んだ。
「そこどけっ!」
伸ばした手を引っ張られて、日向は引き摺られた。
(あっ、痛ッ、)
何か、足に違和感を感じたが、無視して日向は男たちに説明した。
「ここは、禁漁なんです、取ったものは戻して下さい!、返してくれれば、、俺が責任者の人に話しますから、どうかお願いします!」
分かってくれるだろうか?
「うるせぇ!」掴んだままの日向の腕を振り解き、今度は殴りかかって来た。
その握り拳をもっと強い腕が止めた。
「おい、殴るな、罪が増えるぞ」
日向と男たちの間に「男」が身体を割って入った。
とても冷静で、日向はその態度の変わらなさに驚いた。
実際、その声を聞いた全員がその圧倒的な威圧に動きが止まってしまった。
「男」は日向に向かって
「お前は其処にいろ」と言うと、
(、、、にーさん、ちょっと話し合おう……)
茶髪の若者の腕を、強く持って
「ちょっ、、わぁ、痛えよ、、」
と言われながら、切れ目の入り口から車の方に、日向以外を引き連れて行ってしまった。
そして、振り向いて、言われた。
(少し耳を塞いでろ。)と、でも日向はそうはしなかった。
――――――――
何か、もの凄い怒号が聞こえた。
それは、あの人達では無く、、
〈誰かを破壊することの出来る〉轟く様な怒声だった。
次いで、「ひぃひぃ」という泣く声が聞こえて、車のエンジン音がして車は出て行き、
もう、人の声は何もしなくなった。
先ほどまでのざわめいた、人の気配は消え失せて、いつもの闇の海と夜の音しか聞こえなくなった……。
「男」が戻ってきた、上気した顔で、肩は盛り上がり腕の血管が浮いている。手には密漁された貝の入ったネットがぶら下げられていた。
日向に向かって貝を持ち上げ、嬉しそうに言って来た。
「今回は此れを返せば、許しても良いと思うぞ、、割と反省したと思う、、あ、ちょっと勝手が過ぎたか?」
な、何をしたんですか?、
「怪我はして無いですか?、」そして、
「あの人たちは?」
一体どうなったのか?と、日向は尋ねながら怖くなった。
「怪我はさせて無いぞ、ほかを色々したんだ、、ああ言う奴らを脅すのは慣れてる、、あ、?」
話の途中で「男」は日向を見て急に顔色を変えた。
「それよりお前、その足は、どうした?!」
近づいてきて、「男」が日向の足下にしゃがみ込んだ。
(あ、、えっと、何か踏み抜いたようです、うっかりしてました。)
茶髪に腕を引っ張られた時に靴が脱げた、足を下ろした瞬間に何かを踏んだ気がしたのだった。
痛みは少なかったが、今、踵を触ると、ヌルリと出血してしまっていた。
棘のような何かが手に触れた。
「怪我したのか? 踵か?、血が出てる……かなり出てるな、、痛むか?、良く見せてみろ、、早く!」
腰を持たれて、砂浜に座らされた。
左足を持ち上げて踵を確認しながら、慌てている「男」をみて、日向は普通に感じられるその様子にかえってホッとした。
(ああ、釣り針が、食い込んでる、突き破ってる、、まて、動かすなよ、、、、くっそ、アイツら、、)
内臓と一緒に要らない釣り針も捨ててたのか、全くタチが悪いな、やっぱり殴ってやればよかったな、、
子供のように悔しがって罵りの言葉を吐き出す「男」の言葉に日向は思わず痛みも忘れて、
(いや、それは可哀想なので、やめて下さい)とクスリと笑って伝えた。
(この人が本気で殴ったら、、普通の人間はどうなるのか、考えるだけで怖い、、)
やはり、この人は本物のヤクザなんだなと日向の胸に落ちた。
刺さったのは小さな釣り針だったが、左の踵の内側を貫いて引っかかっていた。
返しがついている釣り針は一回食い込むと取りずらい。
(とにかく、戻る、もう歩くな、おれにおぶされ、)
恥ずかしかったが、仕方が無い。
(……お願いします……、)
今度は日向が子供のようになって、背中に背負ってもらうことになった。
背負われると、「男」の肩と背中の筋肉がより一層熱く、強く盛り上がっているのが感じられた。
――――――――――――
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