17怪獣の正体

目の前にいる黒い生き物からは、規則的なリズムで息づかいが聞こえてきた。まだ空は明るかったが、森の中はすっかり暗くなって生き物の姿形は、闇に紛れよくわからなかった。ナオトはキョウコとマサルにしがみつかれて、動けないでいたが、いざと言う時は二人を守るためその生き物と戦う覚悟を決めた。


その生き物はゆっくりと三人の前に近づいてきた。ナオトは持っていた懐中電灯をその生き物に向ける。暗闇から浮かび上がるその姿は、四肢を持つ真っ黒な生き物であることがわかった。その二つの目は光を反射し赤く輝いていた。


「「きゃー」」


キョウコとマサルは同時に悲鳴を上げた。その声に一瞬驚いたがナオトの冷静な観察は続いていた。草を踏んでまた一歩その生き物は近づいてくる。目が慣れてきて生き物の姿がはっきりとわかった時、低く唸ってナオトに飛びかかってきたので、しがみついていたキョウコとマサルも勢いよく後ろに倒れ込んだ。


「よしよし。君はどこからきたの?」


一瞬間があってナオトはそう言った。倒れたままの姿勢で目をつむり固まっていたキョウコは恐る恐る目を開いた。果たしてその生き物は大きなラブラドールレトリバーだった。ふんふんと鼻を鳴らして、ナオトに顔をよせ匂いを嗅いでいる。敵意はなく首には皮で出来た首輪が付けられていた。金属のプレートにはROCKYと打たれている。


「ロッキーっていう名前なんだね」


そう言うとその犬は尻尾をバサバサと振って喜んで見せた。


「どうなったの?」


キョウコはそう言うと体を起こし、まだぎゅっと目をつむり体を震わせているマサルの背中を摩りながらナオトの方に目を向けた。


「紹介するよ、ロッキーっていうんだ」


その大型犬をすっかり懐柔させたナオトは、自分の友達であるかのように言った。ロッキーは名前を呼ばれたと思い、また激しく尻尾を振って喜んでいる。ナオトはロッキーの大きな前足を掴んで、ちょっとどいてと引き離そうとしたが、巨大な体躯を動かすのは一苦労だった。


やっとの思いでロッキーをどかし、


「おすわり」


そう言うとロッキーは素直に従った。よく躾けられているようだ。飼い主とはぐれて山中に迷い込んでしまったのだろうか?マサルは落ち着いてきたようで、涙目でこちらを見ている。


「大きな犬ね。どこからきたのかしら?」


「わからない。首輪があるから飼い犬だったんだろう」


そう言うと遠くからこちらを呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、大丈夫か?」


その声には聞き覚えがあった。こちらに駆け寄ってくるのは白鳥巡査その人だった。


「やれやれ、急に走り出すんでリードを離してしまったよ」


どうやらロッキーのことを知っているらしい。


「ケンちゃん、どうしてここに?」


服に着いた草を払い落としながら立ち上がり、ナオトは白鳥巡査に質問した。


「君たちこそどうしているんだい、いやあ私はね、彼らの後を着いていたらこう言うことになってしまって…」


白鳥巡査の一人称は警官らしく私と言った。すると後ろを指さしてナオトの視線を促した。そこにはタケシ達がこちらに歩いてくるのが見えた。


「おーい、何してる早くこっちにきなさい」


タケシの後ろには足取りは重くハルオとヤスマサが着いてきていた。


「警邏中に和田君達が森に入っていくのを見かけて、そうしたら三人がこの犬を森の中で世話しているのがわかったんだ」


ヤスマサの首には子供には似つかわしくないカメラが掛かっている。ナオトの頭の中では、それらの事が結びつきある結論に辿り着こうとしていた。白鳥巡査は続けた。


「新聞に載った件の怪獣は、和田君たちのイタズラだったんだよ」


そう言うと白鳥巡査はタケシの方に視線を向け自分から説明するようにと促した。俯いていたタケシは顔を上げ、今まで見せたことのない表情を見せた。それは恥ずかしさと悲しさの混じったような複雑なものであったが、ナオトはそれを見てどこか納得するような穏やかな気持ちで受け止めた。


「森の中でロッキーを見つけて、それで沼の怪獣の写真を作ることを思いついた。こいつ真っ黒だから遠くから撮れば怪獣みたいに見えるかなって」


言葉にはいつもの元気がなかった。恐らく白鳥巡査に見つかった時、きつく叱られたのだろう。タケシとの間には因縁があったが、こんな姿を見てナオトは自分も悲しくなるのはなんでだろうと変な心境になっていた。かける言葉が見つからなかったが大人しく座っていたロッキーがそんな気持ちに気づいて、タケシのそばに近寄り、その手を舐めた。


「写真の件は今後考えるとして、みんな沼には近づかないように。いいかな?」


ナオト以外は皆頷いた。


「ロッキーはどうなるの」


マサルが口を開いた。白鳥巡査は少し考えるような素振りを見せてから言った。


「飼い主が見つかるように調べてみるよ。届けが出ているかもしれない。見つかるまでは、そうだな…交番で飼えるか部長に相談してみよう」


もう辺りは真っ暗になっていた。タケシ達の処遇がどうなるかはわからなかったが、白鳥巡査の口調からは公にはしないようだった。ナオト達のこの度の冒険も、親達には触れずにおくと言ってくれた。皆はトボトボと帰路につき、それぞれの家に戻っていった。


ナオトの母親はまだ帰っておらず、しんと静まり返っている。マサルの汚れた服を脱がせさっきあった出来事を思い出しながら風呂の準備をした。


ちょうどその頃、病院のベッドで眠っていたミカは目を覚ました。その意識は明晰で体を起こし窓外に目をむけ何かを思っている。体に取り付けられたチューブが外れバイタルを表示する機械から警告音が鳴りはじめた。


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