第5話 踏み台都市 ― 再生編 ―
Ⅰ. 廃墟
都市は沈んだ。
螺旋の塔は崩れ落ち、積み上げられた顔と骨の山は、ひとつの平地へと変わった。
そこに残ったのは、風の音と、無数の石のように固まった顔の群れ。
少年はただ一人、その廃墟を歩いていた。
踏むことも、踏まれることもなくなった世界。
けれど足裏には、まだ踏み台の感触がこびりついていた。
夜、夢の中で、沈黙した顔たちが一斉に囁いた。
「もう踏むな。だが、忘れるな」
Ⅱ. 苗床
数日後、少年は不思議な光景を見つけた。
石の顔の隙間から、小さな芽が生えていたのだ。
それは柔らかく、弱々しい緑だった。
だが、どの顔からも芽が伸びていた。
芽は日ごとに大きくなり、やがて枝葉を広げ、互いに絡み合っていった。
根は顔を貫き、骨を包み込み、かつての「踏み台」を養分に変えていった。
少年は悟った。
都市は「踏むこと」ではなく、「支え合うこと」で再び立ち上がろうとしている。
Ⅲ. 踏まれる女の選択
生き延びていた女もまた、その緑を見た。
かつては顔を差し出して踏まれることでしか存在できなかった。
だが今は違う。
芽を守り、支え、水をやることが、自分の役割になった。
「踏まれる痛みが、土になるのね」
女はそう呟き、涙を落とした。
その涙さえも、芽の成長を早めていった。
Ⅳ. 踏む者の亡霊
中年の男は、崩壊の中で命を落とした。
だが、少年は時折、風の音の中に彼の声を聞いた。
「もっと上へ行け…」
その声は消えず、廃墟の上を漂い続けていた。
だが芽が育つにつれ、その声は次第に弱まっていった。
やがて声は完全に消え、代わりに森のざわめきが都市を満たした。
Ⅴ. 老人の遺言
老人は姿を消したが、その言葉だけは残っていた。
「上など存在しない。あるのは“下に沈む自分”だけだ」
少年は思った。
沈むことは終わりではなく、根を張ることだったのだ。
沈んだ無数の顔が土となり、芽を支える礎となった。
都市は今、上ではなく、外へと広がり始めていた。
高さを競うのではなく、枝葉を伸ばし合い、互いを覆い、支え合う。
Ⅵ. 再生
数十年後、廃墟は緑の森となった。
かつての踏み台の都市は跡形もなく、代わりに風に揺れる葉音が響いていた。
森の中心には、大樹が立っていた。
その幹には、人間の顔が浮かび上がっていた。
しかしその顔たちは苦しげではなく、微笑んでいた。
人々はその大樹を「支えの樹」と呼んだ。
かつて踏み合いでしか築けなかった都市は、いま「支え合い」で再生したのだ。
少年は青年となり、最後に足裏を見下ろした。
もうそこには、踏み台の痕跡はなかった。
代わりに柔らかな土の感触が広がっていた。
彼は静かに息をつき、森の中を歩いていった。
――都市は死んだ。だが、いま新しい都市が始まったのだ。
(終)
踏み台 @F-Drifter
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