第20話 あと少しの勇気
氷の迷宮を抜け、リアたちは足元に注意しながら進んだ。滑る氷を踏みしめ、息を整え、ようやく開けた場所に目をやる。
そこには、静かに眠る墓があった。石は古く、苔むしていて、誰のものかはわからない。ただ、その中心に――クロックハートが埋まっているのが見えた。
リアは思わず手を伸ばす。冷たい石を払い、クロックハートに触れようとしたその瞬間。
「――っ!」
墓石の後ろから、大きな機械の影がゆらりと現れた。遺跡で見たあの機械に、形が似ている。関節がぎしりと音を立て、鋭い光を目のように点滅させた。
「来たわね……!」リアは構え、クロックハートを守るために身を低くする。
ミルダは短剣を握りしめ、氷の床に足を踏ん張った。
アッシュは銃を構え、冷たい空気の中で息を整える。
三人の視線が交錯し、無言の了解が交わる。
「行くわよ!」リアの声とともに、戦闘が始まった。
機械は四肢を振り回し、鋭い刃が光る。氷の床を蹴るたび、砕ける氷片が舞い散る。リアは瞬時に身をかわし、クロックハートを守りながら攻撃の隙を窺った。
ミルダは短剣で正確に隙を突き、機械の関節を狙う。氷に足を取られそうになりながらも、鋭い一閃を放つ。
アッシュは距離を取りつつ銃撃を加え、氷の反射で光る弾丸が機械の装甲に当たる。
機械の動きは速く、攻撃は容赦ない。だが、三人は互いに連携し、隙を突いて応戦する。
リアは心の中で呟く――
「絶対に、クロックハートを守る……!」
氷と鋼がぶつかる音が迷宮に響き渡り、戦いは激しさを増していった。
大型の機械は四肢を振り回し、氷の床に衝撃を与えて周囲の氷片を飛び散らせる。その一撃一撃が三人に迫り、息をつく暇もない。
リアはクロックハートを握りしめ、心の中で光の回路を駆動させる。機械の動きに合わせ、冷たい氷の上で体をひねる。
「――行くわ!」
クロックハートが青白い光を放ち、指先から放たれる魔力が氷上に弾ける。光の波動が機械の装甲に衝突し、ギシリと金属が軋む音を立てた。
ミルダはその隙に短剣を振るい、機械の関節を狙う。氷の床が滑り、足を取られそうになりながらも、短く鋭い一閃を繰り出す。
アッシュも銃撃を連射し、光の反射が機械の目をかき乱す。弾丸が装甲を貫通する感触はないが、確かに動きを鈍らせていた。
リアは息を整え、次の瞬間を狙う。クロックハートの光が強く輝き、魔力の流れが全身を駆け巡る。掌から放たれた一撃は、機械の胸部を直撃した。
「ぐ……!」機械が唸り、後退する。衝撃で氷が割れ、細かく砕け散る。リアは氷の上で踏ん張りながら、次の攻撃の構えを取る。
「まだよ、諦めない!」リアの声に、ミルダとアッシュも頷き、連携を続ける。三人の攻撃が機械を追い詰め、氷の迷宮に光と音の嵐が巻き起こる。
リアはクロックハートの力を解放し、光の渦を巻き上げて機械を包み込む――氷の迷宮に魔力の光が反射し、周囲は一瞬、白銀に染まった。
機械の動きが鈍り、鋭い刃の振りも次第に止まる。リアは光の渦を集中させ、最後の一撃を放った。
「――これで終わりよ!」
クロックハートの光が機械を貫き、轟音とともに装甲が砕け散る。氷の迷宮に静寂が戻り、粉々になった氷片がゆっくりと床に落ちた。
三人は息を切らしながら、互いに視線を交わす。リアはクロックハートを抱きしめ、握り直す。
「……守ったわ」
ミルダは短剣を拭い、笑みを浮かべる。
アッシュも銃を肩に戻し、少し安堵の息をついた。
迷宮の奥、凍りついた空間に静かにたたずむクロックハート。その力が再び、三人を次の戦いへと導こうとしていた。
大型の機械を倒し、氷の迷宮に静寂が戻ると、三人は互いに肩で息を整えながら立ち尽くした。氷の床は割れ、散らばった破片が淡く光を反射している。
リアはクロックハートを慎重に抱き上げ、その表面に宿る紫の光に目を凝らした。淡く揺らめく光は、まるで生きているかのように脈打ち、手に触れるたび微かに温もりを帯びる。
「……すごい……」
リアは小さく息を漏らした。手の中で光が柔らかく広がり、氷の迷宮の青白い光と交わって、幻想的な輝きを作り出す。
ミルダも近づき、短剣を握り直しながら言った。
「……これが、紫クロックハート……?」
「ええ……こんな力、初めて感じるわ」
リアはうなずく。クロックハートはまるで世界そのものを映すかのように、奥深い紫の光を放っていた。
アッシュは銃を背に戻し、警戒を解きながらも目を逸らさずに言う。
「……まだ何かありそうだな。光の揺らぎが……ただの宝石じゃない、何か意思があるみたいだ」
リアはクロックハートを両手でしっかり抱え、視線を上げた。迷宮を抜けた先にある出口の扉が、淡く光を受けて浮かび上がっている。
「……よし、行くわ。これがあれば、次に進めるはず」
ミルダもアッシュも同意し、三人は氷の床を慎重に踏みしめながら進む。クロックハートの紫色の光は、まるで道標のように彼らの手元を照らしていた。
しかし、リアの胸の奥には、まだ微かな不安があった。
「……でも、これ、何かの力が……私たちを試してるみたい……」
そう呟くと、クロックハートはほんの一瞬、光を強めた気がした。まるで答えるように。
三人は氷の迷宮の奥へ、慎重に、しかし確実に足を進める。眩い紫の光を抱えたクロックハートは、次の試練への道を静かに、そして確かに照らしていた。
氷の迷宮を抜け、クロックハートを手にしたまま地上へ戻ったリアたちは、ルミナスの艦内へと足を踏み入れた。外の寒気とは打って変わって、艦内の空気は暖かく、ほっと胸を撫で下ろすことができた。
艦の奥にある休憩室に三人は腰を下ろす。アッシュは背もたれに体を預け、銃を脇に置いたまま深く息を吐く。
「……はぁ、やっと一息つけるな」
ミルダは短剣を抱きかかえながら、リアに向かって少し笑った。
「リア、あの氷の迷宮、まさかあんなに足場が悪いなんて思わなかったわ……でも、クロックハートは手に入ったのね」
リアはクロックハートを膝に置き、その紫色の光をぼんやりと眺める。戦闘の緊張と迷宮の疲れが混ざり合った体が、今ようやくゆるみを許されている。
「ええ……手に入ったわ。でも、まだ何か試されているみたい……」
アッシュは腕を組み、艦内の静けさに耳を澄ませた。
「確かに……この光、ただの宝石じゃない。何か意思を持っているみたいだな」
ミルダは思わず膝の上でクロックハートを揺らし、その輝きを確認する。
「触ってみると……暖かい……まるで生きているみたい……改めて思うわ」
リアは小さく頷き、クロックハートを両手で抱えながら心の中で思った。
「……この光、きっと私たちの道を示してくれる……。そう、信じるしかない」
三人はしばらく沈黙のまま、クロックハートの光に包まれ、疲れた体と心を休めた。艦の窓の外には、淡い星々が瞬き、彼らの旅路を見守っているかのようだった。
リアは心の中で決意を固める。
「……次に進むときも、きっと私たちは乗り越えられる。クロックハートがある限り……」
アッシュとミルダも同じ思いで、無言のうちに頷いた。三人の間に交わされる言葉は少なくとも、互いの信頼は確かに感じられる。
氷の迷宮を越え、試練を乗り越えた先にある休息のひととき――その静かな時間が、次の戦いへの力を少しずつ蓄えていくのだった。
艦内の休息も束の間、リアたちはそれぞれの部屋へと戻った。
リアは自分の小さなキャビンに入り、扉を閉めると、ふと肩の力が抜けるのを感じた。クロックハートの紫色の光はまだ手元で微かに揺れ、戦いと迷宮の疲れを癒すかのように優しく照らしていた。
今回の迷宮では、リナとの予期せぬ接触もあった。少し怒りっぽく、でもどこか悔しげな声を思い出すだけで、心がざわつく。迷宮の試練、機械との戦闘、そしてクロックハートの入手……。頭の中でそのすべてが反芻され、体と心の両方に重くのしかかる。
リアはベッドに腰を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。
「……今日も、いろいろあったわ……」
小さな手でクロックハートを抱き寄せ、まぶたを閉じる。疲れ切った体が自然と沈み込み、心の奥底にある緊張も少しずつ解けていく。
窓の外、ルミナスの艦は静かに宇宙を滑るように進み、星々が夜空に瞬いていた。その光を薄目で眺めながら、リアは心の中で小さくつぶやいた。
「……でも、私たちは乗り越えられる……クロックハートがある限り、きっと……」
そのままリアはベッドに横たわり、長い一日の疲れに身を任せた。体は休息を欲し、心は少しずつ安らぎを取り戻す。やがて、まぶたが重くなり、夢の世界に沈んでいく。
その夜、リアの寝息は艦内に静かに響き渡った。戦いの余韻とリナとの出来事、クロックハートの光――すべてが混ざり合ったまま、彼女は深い眠りへと落ちていった。
夢の中でも、リアはきっと迷宮や試練と向き合い続けるだろう。しかし、今だけは、ただ眠り、力を蓄える時間――その静かな安らぎの中で、彼女の明日への決意が静かに育まれていった。
「もう……お風呂に入る! こんなに汚れちゃったんだから!」
水音のする浴室に飛び込み、冷たく熱いお湯に体を沈める。戦いで傷ついた手や体を丁寧に洗い流しながら、リナは心の中で次の決意を固める。
「見てなさいよ……今度は絶対に、クロックハート朱も、新しいのも……私の物にしてやるんだから!」
浴室の蒸気の中で、リナの目は決意に満ちて光った。悔しさと熱意、少しの嫉妬が混ざり合ったその表情には、もはや迷いはなかった。
彼女はタオルで体を拭きながら、遠くで戦うリアの姿を想像する。迷宮の試練、レバーの仕掛け、そして二人の思惑――。すべてを思い返すたび、リナの胸は熱くなる。
「ふん……次は絶対に負けない。絶対……!」
その夜、リナは宿の小さなベッドに横たわった。外の星空は見えないが、心の中には迷宮の光とクロックハートの紫が鮮やかに残っている。悔しさを糧に、明日への計画を練りながら、リナはゆっくりと目を閉じた。
夢の中でも、彼女はクロックハートを手に取り、迷宮を駆け抜ける。手に届かないものへの苛立ちと、手にしたい願望が、混ざり合った幻想の世界でリナを突き動かす。
そして、目覚めたとき――
「……絶対、次は手に入れるんだから!」
小さな声が部屋にこだまする。リナの戦いはまだ終わっていない。
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