第12話 塔の迷子
リア、アッシュ、ミルダは、冷たい石造りのらせん階段を音を立てないように慎重に登っていた。足元の影が揺れるたび、胸が小さく跳ねる。塔の静寂が、三人の呼吸と緊張をさらに際立たせた。
ようやく階段を登り切ると、目の前に広い部屋が開けた。天井は高く、差し込む光が埃を淡く浮かび上がらせる。微かな空気の揺れが、人の気配を告げていた。
リアが声を潜めて囁く。
「……誰か、いる……?」
アッシュは剣の柄に手をかけながら、視線を巡らせる。
「気配は……確かにある。しかも、子供の……?」
部屋の奥に、少女が一人立っていた。リアと同じくらいの年頃。肩までの髪が揺れ、瞳は驚きと警戒で震えている。三人の存在に気づいたのか、少女はほんの少し後ずさった。
ミルダがそっと前に出て、手を差し伸べる。
「大丈夫……怖くない。私たちは敵じゃないよ……」
少女の瞳が揺れながらも、じっと三人を見返す。その視線の奥に、迷いと孤独が微かに光った。
塔の奥深くで、静かな邂逅――少女との出会いが、これからの冒険の新たなページを告げていた。
リアは膝を少し折り、リナの目線に合わせて穏やかに笑った。
「ねぇ、あなた……名前は?」
少女は小さく肩を震わせ、目をそらす。口ごもりながらも、か細い声が返ってきた。
「……リ、リナ……」
リアは微笑みを深め、優しく頷く。
ミルダは後ろからそっと肩を撫で、アッシュは少し距離を置きつつも、警戒を解かずに見守る。
リナの小さな体が、わずかにほっとしたように震えた。孤独だった塔の中で、初めて出会った味方――その安堵の瞬間が、部屋の静寂に柔らかい空気を流した。
「リナちゃん……わかった。お姉ちゃんたちが居るから、安心していいのよ。」
リナは小さく肩を震わせながらも、その手を見つめた。小さな体が少しほっとしたように震える。孤独だった塔の中で、初めて出会った味方。それは、彼女にとって大きな救いだった。
アッシュは少し距離を取り、背筋を伸ばしながらも警戒を緩めない。ミルダはそっとリナの肩に手を置き、安心させるように微笑む。
「怖がらなくていい。俺たちがいる」
リナの瞳には、まだ警戒の色が残っている。小さな体が微かに震えるのは、安心だけでなく、恐怖と疲労が混ざった結果だったのだろう。リアはその様子を静かに見守りながら、少しずつ距離を縮めた。
「ねえ、リナちゃん。誰かとはぐれちゃったの?」
リアはそっと問いかける。
リナは目を伏せ、手を組んで言葉を探す。
「……うん。迷子になっちゃった……」
アッシュの眉がわずかに動いた。塔の中で一人になるのは危険だ。だが、リアの柔らかな声と落ち着いた態度が、少しずつリナの心を溶かしているのが分かる。
リアは優しく微笑みながら、そっとリナの手を握った。
「大丈夫だよ、私たちがいるから。リナちゃん、ここで一緒にいよう」
リナは一瞬、目を大きく見開いた。信じていいのか、まだ不安が心を揺らす。しかし、孤独だった心の奥底に、わずかな希望の光が差し込むのを感じた。
「……うん」
小さな声が、部屋の静けさの中にかすかに響いた。その瞬間、リアはそっとリナの手を握り、部屋の隅にある古いベンチに座るよう促す。アッシュは入口を見張り、ミルダはそばで温かい視線を送る。三人の存在が、リナに安心をもたらす。
リナは小さく息を吐き、膝を抱えて座り込む。心の中で、塔の中の恐怖が少しずつ薄れていくのを感じた。リアの柔らかな声が、まるで柔らかい毛布のように心を包む。
「リナちゃん、無理に話さなくてもいいんだよ。ただ、ここにいてくれればいいから」
リアの言葉に、リナはかすかに笑みを浮かべる。涙はまだ溢れそうだが、それでも小さな希望が芽生えた。孤独な塔の中で、初めて出会った仲間――それがリナにとっての救いだった。
部屋の隅に立つアッシュは、警戒を怠らずに周囲を見回す。塔の中はまだ危険に満ちている。だが、目の前の小さな仲間を守るためなら、全力で立ち向かう覚悟を決める。ミルダも静かに杖を握り、リナを安心させるように優しい声をかける。
リナは小さく頷き、膝の上で手を握りしめる。孤独と不安が渦巻く塔の中で、初めて見つけた仲間――その存在は、これからの戦いの中で彼女を支える光になるだろう。
「ありがとう……リアちゃん、アッシュさん、ミルダさん」
その声には、まだ震えが残るが、確かな感謝の色が混ざっていた。リアは優しく微笑み、リナの肩に手を置く。
「さあ、リナちゃん。これから一緒に進もう。怖くても、私たちがついてるから」
リナの小さな体が、わずかに安心で震える。その背中に、塔の冷たい空気とは違う、暖かさが流れ込んだ。孤独だった心が、仲間と共に少しずつ溶けていく――その瞬間を、三人は静かに見守った。
部屋の奥、影の中で何かが微かに動いた気がした。塔の中はまだ完全には安全ではない。それでも、今はリナを守り、次の階へ進む時だ。三人と一人の少女――新たな絆が、ここから始まろうとしていた。
リナは膝を抱えたまま、しばらく黙っていた。広間の薄暗い光が、彼女の細い肩をそっと撫でる。リアはそばに座り、静かに待つ。アッシュとミルダも距離を取りつつ、必要以上に声をかけず、少女のペースに合わせる。
「……えっと……」リナの声はまだ震えていた。小さな手が膝をぎゅっと抱きしめる。「私……仲間と一緒に来たんです。でも、途中で……迷っちゃって……」
その言葉に、アッシュが少し前に出る。冷静ながらも、目には優しさが混ざる。「迷ったって、どういうことだ?」
リナは小さく首を振る。声は弱々しく、けれど必死に説明しようとしている。「塔の中……道が、ぐるぐるで……同じ場所に戻っちゃうんです。それで……みんなと離れちゃって……」
リアは肩越しにリナを見つめ、柔らかく微笑む。「そう……迷子になったのね。でも、もう大丈夫。私たちがいるから」
リナは小さくうなずくが、まだ不安そうに周囲を見回す。「でも……怖かったんです。あの、塔の中……誰もいないのに、音がしたり……影が動いたり……」
ミルダはそっと杖を握りしめ、少女の肩に触れる。「それは……塔の仕組みのせいかもしれない。風の音や光の影が、そう見せるんだ。でも、私はここにいる。リナを守る」
リナは少しだけ目を見開き、涙をこらえる。小さな胸が速く上下している。「……ありがとう。でも、あの塔……本当に危険なんです。階段が崩れたり、罠があったり……魔物も……」
リアはうなずき、柔らかい声で続ける。
「知ってるよ。私たちも気をつけて進むつもり。でも、リナちゃんが一人でいるより、ずっと安全よ」
リナはしばらく黙り、肩越しにアッシュやミルダを見た。その目に、恐怖だけでなく、わずかな安心が混ざる。「……私、もう迷わないようにする。怖くても……仲間と一緒に……」
アッシュは少し微笑み、声を落として言う。
「その意気だ。だが無理はするな。塔は危険だ。罠や魔物は、思った以上に手強いからな」
リナは膝を抱えたまま、少し背筋を伸ばす。
「うん……わかりました……」
リアは小さく頷き、そっと手をリナの肩に置く。
「怖くてもいいのよ。私たちがついてるから、何があっても一緒に進もう」
その瞬間、リナの心は少しずつほどけていった。孤独で恐怖に満ちた塔の中で、初めて味わう温かさ。仲間の存在が、冷たい石の間に射し込む光のように、心を満たす。
「ねえ……」リナは小さな声で呟く。
「もし、また迷ったら……手を握ってくれますか?」
リアはにっこり微笑み、「もちろんよ。絶対に離さない」
ミルダも優しく微笑み、アッシュは少しぎこちなく手を差し出す。「ああ、任せろ」
リナは小さく頷き、手を握る。それは小さな約束であり、塔の不安に立ち向かう勇気の始まりだった。
部屋の奥で影が揺れる。塔の中はまだ完全に安全ではない。それでも、リナの顔にはかすかな決意が宿り始めていた。仲間と共に歩む――その思いが、恐怖を少しずつ押しのける。
「よし、じゃあ次の階に進もうか」リアが立ち上がると、リナも小さく立ち上がり、リアの手を握り返す。ミルダとアッシュも背後で体勢を整え、再び塔の深部へと足を踏み出す。
リナはまだ小さな肩を震わせるが、その瞳には、仲間と共に進む決意が映っていた。恐怖は完全には消えない。しかし、孤独ではない。仲間と共に歩く道が、彼女を守るのだ。
階段を進む足音が、塔の静寂に静かに響く。影の揺れや冷たい風の音は消えることはないが、リナの心に差し込む光は確かだった。恐怖を抱えながらも、仲間の手を握り返す力。それが、塔の暗闇を少しずつ切り裂く希望になる。
そして三人と一人の少女――新たな仲間との絆が、塔の中でゆっくりと育まれ始めた。恐怖を抱きながらも、確かに歩み出す足。
リナはその小さな勇気を胸に、仲間と共に塔の深部へと進んでいく。
塔はただの建物ではなかった。石の床の下から刃が飛び出す罠、天井から落ちる鎖、壁の奥から機械仕掛けの装置が音を立てて動く。人の手で操作されることなく、侵入者を阻もうと動く自動の機械だった。
突然、広間の隅で金属の音が響いた。鋼の板がせり上がり、歯車の回る音が重なり、まるで生き物のように動く装置が三人の前に立ちはだかる。
アッシュは剣を構え、身構えた。
「来るぞ、気をつけろ!」
ミルダ短剣を握り、反射的に回避の体勢をとる。リアも間合いを測る。リナは一瞬ためらったが、自分が逃げるだけでは何も変わらないと理解した。
「私……やる!」震える声だったが、瞳は決意に光っていた。
機械の腕が振り下ろされる。衝撃を受ければひとたまりもない。リナは石柱の陰に身を潜め、タイミングを見計らって飛び出す。小さな手で機械の歯車やレバーに触れ、動きを止める。装置はぎしぎしと音を立てて止まり、広間は一瞬静かになった。
「やった……!」リアが息をつく。リナは微笑み返す。
しかし塔の試練はまだ終わらない。次の通路には、複雑な床の機械仕掛けが待ち受けていた。板が跳ね、鋼の突起が出たり引っ込んだりする。アッシュは鋭い目で進路を見定め、ミルダは素早く飛び越える。
リナも恐怖を押し殺し、一歩一歩進む。跳ねる床に心臓が跳ねるが、三人の背中を見て、自分も前に進まなければと踏み出した。
やがて狭い階段にたどり着く。上層に進むほど、機械仕掛けの罠は巧妙になる。壁に隠れた鋼の腕、床の圧力感知装置、天井の落下装置——。恐怖が心を締め付ける。しかし、リナは目を逸らさず、機転を利かせて動く。
「ここを抜ければ、仲間の元に行ける」
言葉に力を込め、三人も頷き互いの背中を確認しながら進む。広間には、複雑に組まれた歯車とレバーが、侵入者を阻もうと無情に動いていた。
リナは恐怖の中で勇気を振り絞り、巧みに機械を止めたり誘導したりして、三人の通路を確保する。小さな手の行動が、戦況を一瞬で変える力となった。
「もう……迷子になんかならない」
その言葉と決意は、塔の冷たい空間に光を差し込む。まだ先は長く、危険は続く。しかし、恐怖に押し潰されるだけではない、勇気と仲間を信じる力が、彼女たちを支えていた——。
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