灰空のオートマタ

hajime

第1話 灰空の出会い

灰色の雲が垂れこめる飛行都市〈グレイヘヴン〉。


蒸気が吐き出される塔の間を、リア・クロックフォードは小走りで駆け抜けた。


「ったく、また歯車がかみ合わないのかよ…!」

ゴーグルを額にずらしながら、彼女は小さな工房の中でオートマタの腕を組む。

目の前の蒸気人形──は、古びた設計図の上で静かに立っていた。


「……動く気配、ないわね」

リアは腕を組みなおし、ため息をつく。


そのとき、工房の扉が勢いよく開き、重い足音とともに男が入ってきた。

「リア、またそんなところで…」

アッシュ・ヴァロウは冷静な声で言ったが、その瞳には過去を思わせる影がちらつく。


「うるさいわね、アッシュ。ほっといてよ」

リアは突っかかるが、内心は心強さを感じていた。


「だが、こいつは危険だ。旧世界の技術──蒸気人形か?」


アッシュの視線は人形に注がれる。彼の戦闘経験が、直感で危険を察していた。


人形は静かに首をかしげるようにして、二人を見つめた。


「……私の設計図を、貴方に託す」


その声は金属的で、しかし確かに人間のような感情を含んでいた。


リアは息を呑む。

「え、なにこれ……しゃべった?」

アッシュも眉をひそめる。

「……ただのオートマタじゃないな」


灰空の下、三者の出会いは静かに、しかし確実に運命を動かし始めた。

そして、街の上空には黒い影──空賊の飛行船がゆっくりと姿を現す。


「……さて、面倒ごとが始まったようだな」

アッシュの声に、リアは小さく頷いた。

「行くしかないわね……!」


三人の旅が、ここから始まる。



アッシュは無言で腰のホルスターに手をかけた。空賊の飛行船は、グレイヘヴンの低い雲を掻き分け、ゆっくりと都市の中心部へと近づいてくる。その船体には、見慣れない紋章が描かれていた。


「どこの連中だ?」


リアは整備工具を握りしめながら、警戒の色を露わにした。

蒸気人形は、二人の背後に控えたまま、空を見つめている。

その瞳の奥には、感情の機微を読み取れない静けさがあった。


「見たことのない旗印だ。最近、この空域で活動を始めた新手の空賊だろうか」

アッシュは低い声で分析する。

「連中の動きからして、ただの通りすがりではないな」


空賊の飛行船は、グレイヘヴンの中央広場の上空で停止した。船体からロープが垂れ下がり、数人の人影が地上へと降りてくる。彼らは粗野な身なりで、武装している者もいる。


「狙いはなんだ?」


リアはアッシュに問いかける。


「さあな。だが、碌なことではないだろう」アッシュは頷き、


「リア、工房に戻っているんだ。ここは俺が何とかする」


「危ないわよ、アッシュ!」


リアは心配そうに叫んだ。


「大丈夫だ。かつては空軍のエースだったんだぞ?」アッシュは僅かに笑みを浮かべ、前に踏み出した。その背には、確かな自信が宿っている。


彼女は静かにリアの前に進み出ると、無機質な声で言った。「私はミルダ……リアの身を守る。それが、託された私の使命」


「ミルダ…?」リアは言葉を失った。


その時、地上に降り立った空賊たちが、広場にいた人々を威嚇し始めた。


「おい!貴様ら!動くな!」リーダーらしき男が、粗野な声で叫んだ。


「お目当ての品を大人しく差し出せば、危害は加えない!」


アッシュは舌打ちをした。


「やはりな。強盗目的か」


「私たちも行くわ、アッシュ」


リアは工具をしっかりと握り、「この子も一緒よ」


アッシュは一瞬躊躇したが、二人の強い眼差しに抗えなかった。「


分かった。だが、決して無理はするな」


三人は工房を飛び出し、広場へと向かった。空には依然として空賊の飛行船が威圧的に浮かび、地上では騒然とした雰囲気が広がっている。


「さて、どうやってこの状況を打開するかね」


アッシュは呟き、リアとミルダに目配せをした。灰色の空の下、三人の最初の試練が始まった。



アッシュは群衆を縫うように進みながら、空賊たちの動きを観察した。彼らは広場の中央に陣取り、周囲の住民を威嚇しながら何かを探している様子だった。リーダーの男は、手に古びた地図のようなものを広げ、部下たちに指示を出している。


「何かを探しているようだな」アッシュはリアに 小声で言った。


「金品にしては、大掛かりすぎる」


リアも周囲を見渡した。空賊たちは、見慣れない奇妙な機械のようなものを運び込んでいる。「あれは何かしら?」


ミルダは静かに答えた。「……旧世界の遺物。エネルギーを増幅させる装置の可能性がある」


三人は互いに顔を見合わせた。封印された設計図、旧世界の遺産、そして空賊たち。全てが線で繋がり始めた。



「連中の狙いは、設計図に関わる何かだ」アッシュは確信を持って言った。

「リア、そしてミルダか。警戒を怠るな…」


その時、一人の空賊が近くの店に押し入り、店主を突き飛ばして何かを奪い取ろうとした。広場に悲鳴が響き渡る。



「見過ごすわけにはいかないな」アッシュは 腰のホルスターから蒸気銃を抜きかけた。


「待って、アッシュ!」リアは彼の腕を掴んだ。


「正面からぶつかるのは危険すぎる。まずは情報収集よ」


リアは周囲を見回し、広場の隅にある小さなカフェに目を留めた。


「あそこなら、様子を窺えるかもしれない」



三人は カフェへと移動した。店内は空っぽで、窓から広場の様子がよく見える。リアはカウンターの陰に身を潜め、空賊たちの会話に耳を澄ませた。


「……設計図の断片は手に入れたか?」リーダーらしき男が、部下に問いかけている。


「まだです、頭。街の有力者の屋敷をいくつか探しましたが、見当たりません」


「くそっ、情報が間違っていたのか?『クロックハート』の在処を示す手がかりが、この街にあるはずなんだがな」




「クロックハート……?」リアは不可思議に首を傾げた。


ミルダは言葉を発した。「……旧世界のエネルギー中枢。莫大な力を秘めていると言われている」


アッシュの表情が険しくなった。


「危険な代物だな」


その時、カフェのドアが 乱暴に開き、数人の空賊が押し入ってきた。


「おい!そこに隠れているのは分かっているぞ!」


「見つかった!」リアは思わず声を上げた。


アッシュは素早く立ち上がり、蒸気銃を構えた。


「逃げるぞ!」


三人はカフェの裏口から飛び出し、좁い路地へと逃げ込んだ。背後からは、空賊たちの荒々しい足音と怒号が聞こえてくる。


「追ってくるぞ!」


アッシュは振り返りながら言った。


「このままではまずい。どこかに隠れる場所を見つけなければ」



リアは周囲を見渡し、近くの建物の壁に寄り添った。


「あそこに、廃墟になった劇場があるわ。隠れるにはあそこがいいかもしれない」


三人は瓦礫の散らばる路地を駆け抜け、古びた劇場の裏口に辿り着いた。扉は 開いており、中からは舞台や客席が見える。


「 一旦此処に隠れるぞ」アッシュは 銃を構えながら、劇場の中へと足を踏み入れた。


劇場内は薄暗く、 埃とカビの匂いが鼻をつく。 舞台には、色褪せた 台座が倒れかかっている。

客席の椅子は壊れており、床には ガラスの破片が散乱していた。



「 ここなら、しばらくは身を隠せるだろう」アッシュは周囲を見渡しながら言った。


リアは慌てながら答えた。


「どうする?このまま隠れていても、いずれ見つかってしまうわ!」


ミルダは静かに言った。


「……情報が必要。空賊たちの目的、そして『クロックハート』について」


「確かにそうだ」アッシュは頷いた。


「だが、どうやって情報を得る?」


その時、劇場の奥から、かすかな物音が聞こえてきた。「誰かいる!」アッシュはすぐに蒸気銃を構えた。



三人は音のする方へと進んだ。舞台裏の暗がりには、怯えた表情をした若い女性が蹲っていた。彼女は白いドレスを身につけ、 泥でで顔が汚れている。


「あなた……どうしたの?」リアは 声で問いかけた。


女性は神妙な面持ちで語り始めた。彼女は劇場の娘で、空賊たちがこの街に現れてから、劇場に 隠れ住んでおり。空賊たちは、劇場に隠されているという「何か大切なもの」を探しているらしい。



「父が大切にしていたものらしいのですが……私にもよく分からないのです」女性はそう答えた。



ミルダは静かに問いかけた。「それは、『クロックハート』と呼ばれるものではないか?」


女性は驚いた表情で顔を上げた。「あなたは……それを知っているのですか?」


彼女の話によると、劇場の地下には秘密の隠し部屋があり、彼女の父親はそこに何か重要なものを保管していたという。それは、小さな箱に入れられているらしい。


「 大切なものが、『時計仕掛けの心臓』クロックハートである可能性が高い」ミルダは結論付けた。


「それなら、空賊たちの狙いもそれだろう」

アッシュは頷いた。


「 奴らが手に入れる前に、私たちが見つけ出す必要がある」


「行きましょう!地下への入り口はどこにあるの?」


三人は舞台裏のさらに奥へと進んだ。朽ち果て 壁の裏には、隠された扉があった。扉は固く閉ざされており、鍵がかかっているようだ。



アッシュは ホルスターから蒸気銃を取り出し、鍵穴の周りを撃ち始めた


しばらくして、鍵穴が壊れ扉が開いた。中には、暗く湿った階段が続いていた。


「 地下へ降りるぞ」アッシュは先頭に立った。


リアとミルダ、そして劇場の娘が後に続く。



地下室は 埃とカビの匂いが強く、壁は湿っていて水滴が垂れていた。床には舞台道具や瓦礫が散乱している。



「ここだ……」劇場の娘は、部屋の隅を指差した。そこには鉄の箱が置かれていた。


空賊たちが来る前に、三人は箱に近づき、埃を払い蓋を開けると、中には複雑な図式で組み合わされた、アーティファクトが入っていた。それは、眩い朱色に輝き見える。



「これが……『時計仕掛けの心臓』なの?」リアは息を呑んだ。


その時、地下室の入り口で、荒々しい足音が聞こえてきた。「見つけたぞ!奴らは地下にいる!」


空賊たちが、ついにリア達の元まで辿り着いたのだ。


「まずい!」


アッシュは蒸気銃を構え、「リア、ミルダ、クロックハートを持ってそこの階段から上がれ!

ここで奴らを食い止める!」



「でも……!」リアは心配そうにアッシュを見た。


「大丈夫だと言っているだろう!早く!」アッシュは 駆け出した。


リアはミルダと共に階段へと向かった、娘も二人に続いて階段へと駆け上がった。


アッシュは一人、地下室に残り、迫り来る空賊たちに蒸気銃を向けた。激しい銃撃戦が、古びた劇場で始まった。

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