第14話
伝書鳩の返信が届いたのは一週間後だった。その間私はアラン様とあれこれ話をし、騎士様たちにも相談をして、なんとか今回の騒動のまとめをレポートした。とは言え足したのはおおむね私のなかった活躍だ。光の螺旋で魔王の腹を貫いたとか、勇者様との連係プレーで水鏡を使ったビームを乱射したとか。いやビームの乱射は事実か。仲間まで巻き込もうとしていたけれど。
とにかくそれらをアラン様やレィト様、アーティ様、ランド様、サキ様に書いて頂き、私は一番真実に近いシンプルな顛末を書き上げる。それらのレポートを荷馬車に突っ込んだら、帰り道だ。王宮で式典が行われることになったので、サキ様やランド様を途中で下ろして差し上げられなくなったのは申し訳ないけれど、パーティ料理を楽しみにしている二人はかえって嬉しそうだった。
アーティ様とレィト様も荷台に乗って頂いて、私とアラン様は並んで馬車を操る。いつも隣にいたのはレィト様だったので、少し緊張した。するとそれが馬にも伝わるのか、足が鈍くなりつつある。ぴしゃっと打つと、不承不承に歩き出した。町でちょっと休ませすぎたのかもしれない。筋肉が衰えているのかも。それとも慣れない二頭引きだから戸惑っているのかしら?
馬車は一つで良いだろうと、荷車は街で売って来た。一回り大きな荷車と、お互いに使っていた馬車馬を使っての帰り道である。てけてけ歩いて行くアラン様達の使っていた馬は、全然気にした素振りも無く歩いて行くのに、うちの馬はのんびりペースが忘れられないらしい。確かに私たちの旅はペースが遅かった。こんな所でその差が出るなんて、ううん。
「マイペースな馬だな、お前の所のは」
「お恥ずかしいです、のんびりした旅でしたから」
「いや俺がサキを先に手に入れるために急かした結果だろう。一日に町二つとか余裕だった」
「野宿ばっかりでした……」
「年頃の娘がそれはまずいな」
「で、でも火の番は毎日してました!」
「論点がずれてるぞ。要は馬の話だ。このままだとのんびり何か月も掛かるかもな、この旅」
「そ、そんなに、鳩が一週間で往復できるところをそんなには待たせられません! お急ぎ、シルバー!」
「離されるな。ゴールド」
てってけと来た道を戻って行く馬たち。雑魚モンスターも出ない平和な道のり。
……のはず、なんだけれど。
私はやっぱり、ちょっと憂鬱だった。してもいない活躍を捏造して、王様にそれを提出するのだ。次の世代には勇者と聖女の必要性も説かれた物語が伝わるだろうけれど、その為のブラフになってしまう自分は心苦しい。私はあの戦いの中で、何をしていたって言うんだろう。料理?
それは戦いが終わってからだ。しかも煮込んで塩で味付けただけの鍋。後はお肉を捌いたり。ある意味魔王に一番酷いことをしたのは私だけれど、それでも四肢や尾をちぎったり、鱗を剥いで行ったり、口の中に飛び込んで行ったりする事は出来なかった。精々光で焼き目を少し付けただけなのだ。やっぱり料理じゃないか。しかもレィト様に落ち着かせてもらえなければ、仲間を攻撃していたのかもしれない暴走っぷりだったのだ。
私は役に立たなかった。それは紛れもない事実だと思う。それでも聖女として帰還するのは、図々しい。いっそ聖女様は街で拾ったことにして、戦いの最中散った、と言うことにするのはどうだろう。提案してみたけれど、全員が『それはダメ』と言って来た。アラン様もだ。
旅の苦労も知らない娘が聖女だったとしても何の感情移入も出来ないだろう。だったら最初からレィト様にスパルタを受けていた娘が土壇場で『光』魔法を習得した方がドラマチックだし、事実にも即している。そう言われると何も言えないのが私で、はい、と頷いてしまった。
確かにドラマチックかもしれないけれど、事実に即しているのかもしれないけれど、あれはあくまで偶然の発動だろう。追い詰められるほどに成長するタイプだ、とレィト様は私の事を表した。その土壇場が魔王戦だったと言うことなのだろう。もう少し早く覚醒していれば、血も吐かなかったしアラン様に守られることも無かった。
守られるだけの存在でいたくなくて、ランド様の修業にも参加した。でも結局私は守られるばかりだったと思う。火蜥蜴の召喚ぐらいしかやってないんじゃないか。戦いに参加はしたけれど、それだけだったんじゃないか。何の役にも、立ってはいなかったんじゃないか。
お昼休憩でパンを少し温めてから改めてそんなことをみんなに訊いてみると、はーっと溜め息を吐かれた。答えが怖い。ううう。
「リリアナねーちゃん本当に自覚無いんだもんなー。あの『光』攻撃が無かったら、俺だってそう簡単に鱗剥いで行けなかったんだぜ? それに、ねーちゃんも魔法の修業はしてたんだから十分戦力になってたってーの。あの火蜥蜴の行進、気持ち悪いし強かったんだからさ。それで俺も近くの敵は気にしないで遠くの敵に集中出来たし、罠だって見破れたし」
「そうそう、踏むタイプの罠は全部火蜥蜴が見つけてくれたじゃないか。お陰で誰も怪我はしなかったし、あたしも城の構造を把握するのに集中出来た。『闇』の力が一番集まる場所を探し出すことが出来た」
「リリアナが一緒でなかったら、俺もレィトのスパルタレッスンは続けられなかっただろうしな。自分より年下の女の子がひたむきに頑張ってるのを見せられちゃ、男が廃るってもんだ。そしてあの修行で俺は『光』に至ることが出来た。リリアナもな」
「だから後ろめたいことなんて何も無いのよ。リリアナ。ねえ。アラン?」
「なっおっ俺に振るな! その、魔王戦では大分助けになってくれた。それは本当の事だ。事実なんだ、リリアナ」
みんなに慰められて、私、かまってちゃんだなあとさらに凹む。ぺむぺむ、と頭を叩いてくれるのはアラン様だった。一番活躍したであろう勇者様にまでそうされると、泣きたくなってしまう。でもそれは睫毛に吸わせて、ぱくっとほかほかのパンを食べた。バターが解けて美味しくなっている。昨日のうちに仕込んでいたローストビーフも挟んで、レタスも挟んで、ちょっと贅沢にトマトも入れて、サンドイッチは美味しい。これだけはパン屋さんにも負けないと思っているぐらいだ。
それを手にみんなが、あれこれと話しているのを聞く。町の状態。モンスターの出没状況。毒になっていた泉の浄化具合。みんながみんな、それぞれに観察していたのだろう。私はおやつになる雑魚モンスターが出なくなったな、ぐらいにしか考えてなかったのに。
食い意地ばっかり張ってるダメな聖女だなあ。恥ずかしくなっていると、よく食べろよ、とアーティ様に言われる。ちょっとやつれてきている、と言われて、ランド様にそうだねえ、と言われた。そんなことないですよ、と慌てて否定する。宿のビーフシチューだって間食したし、サンドイッチも食べている。どこも悪い所なんてない、言うとふーん、とサキ様にまでじっと見られる。
「まあ俺たちが最後に食ったご馳走って魔王だったみたいなところもあるしね。ちょっとはそれが取れて来たってところじゃないの? リリアナねーちゃんも」
「そうですよ、全然元気です。ほらっ」
火竜を出してスープの入った鍋に纏わり付かせてみる。あっという間に温まったので、すぐに消した。グレイビーソースはプディングに漬けて食べる。プディングも買って来たものがあったので、少し温めて出した。そうだな、少し、眠りは浅いのかもしれない。今更になって魔王の最後が夢に出たりする。呪われていると言うことはないだろう、私はそれを弾き飛ばす『光』属性だし、聖女らしいのだし。
そう、ただの悪夢。みんなが殺されてしまった後で一人生き残る、そんな悪夢を見る。どうしてだろう。みんなは元気そうだから、やっぱり私の心配症が発動しているだけなのかもしれない。いや。そうなんだろう。私は生き残った。みんな生き残った。巻き戻りも発動していない。モンスターも出ない。これは、幸せな結末のはずだ。
アラン様の妻になる、と言うのが憂鬱なのだろうか。私は。それがどんな意味を持つのか分かり切っていない不安感が、魔王の形をして夢に出て来るのかも。だって怖い、そんなのは。どんな方たちなのかも知れないご家族との面談を考えると、胃がきりきり痛むほどだ。
私の家族だって貴族の令息に会う服なんて持っていない。ありのままを見せるしかない。恥ずかしくはないけれど、幻滅されるかもしれないのは怖かった。卑しい娘だと思われるのは、怖かった。
もっともそれは、杞憂に終わるのだけれど。
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