第5話

 ジョゼフの町までは大体馬車で一週間、と言った所だった。食料を買い込んで調理器具も買い込んで、それでも基本は聖水で過ごす。夜は焚火の火に照らされながら、修行だ。光に変わりつつあるアーティ様の剣が時々眩しくて、思わず目を閉じてしまったりする。でもそうすると私が狙われるので、火竜を丸く配して火の盾を作ったりした。こっちは全然光る様子もない。才能の差かな、と思っていると、じゅわっと水蒸気が音を立てた。


 『水』の魔法は大分防げるようになっていた。私もまったく成長していないと言う訳ではないのだろう、それでもアーティ様にはとっても及ばなくて、攻撃は出来ない。身を守るので精いっぱいだ。それに仲間を攻撃と言うのもまた抵抗があった。どうやっても私は役に立たないんだな。道端で出て来るゴブリンやホブゴブリンを火で消し去る事は出来ているけれど、そこまでだ。

 また閃光が走る。炎の剣は光の剣になりつつある。レベルアップの成果だろう。私は火蜥蜴をばらまいて足元から崩すことをしていく。レィト様はあっと言う間に水の結界でそれらを消してしまうけれど、その前に頭に光の剣が閃いた。


 水のレイピアで受けるけれど、それも蒸発する。その一瞬の間に身体を避けさせたレィト様の周りは、だけど火蜥蜴だらけだった。私が放ったものだ。足を焼かれて痛っと声を上げさせてしまう。また今度は横薙ぎに、アーティ様の剣が走る。鎧の胸元が引き裂かれた。

 瞬時にそれは直って行く。

 『時間』魔法を使わせることに成功した私たちは、ハイタッチした。

 レィト様はちょっとだけ、ぶーたれていたけれど。


「もう、リリアナまで戦い方を覚えて来てるんだから、そろそろアーティ一人で掛かって来てちょうだいな。お姉さん流石に疲れて来た」

「俺の剣も光を帯びて来たからな。リリアナ、お前が戦ってみろ」

「え、えええっ!? で、でも私はそんな才能もないですし、レィト様に刃向かうようなことは」

「大丈夫だ、そいつ自分に関してはどんな傷も巻き戻せる。お前が焼いた足だってそうだろう?」

「でも痛そうにして、」

「それは仕方のないことだ。そいつもちょっとは痛い目を見ないと修行としては一方的だろう」

「言ってくれちゃってえ。まあ良いわ、戦力がいて悪いことはないし。いらっしゃいな、リリアナ。胸を貸してあげる。それとも私じゃ不満?」

「とんでもありません! えっと、じゃあ、火蜥蜴乱舞!」


 大量の火蜥蜴を飛ばして、それを目くらましに火竜を放つ、くるくるとレイピアを回してそれを蹴散らして行く私たちを、木に寄り掛かってアーティ様は眺めていた。やがてそれが寝息になっているのに気付くと、私とレィト様も互いの矛を収めて彼に毛布を掛ける。


「私たちも寝ちゃいましょっか。ただし屋根のある所で」


 指さされたのは馬車の幌の中だ。確かに元々体温の高いアーティ様には暑いぐらいだろうけれど、私とレィト様が寄り添って眠るには丁度良い。低い体温と高い体温。私自身も火属性なので基礎代謝が高いのだ。そしてレィト様は逆にひんやりとしていて心地良い。くぅ、と眠ってしまうとぽんぽん、と肩を撫でられる気配があった。


「今度こそは守るからね。私の可愛いリリアナ」


 何を言われたのかは分からなかったけれど何かを言われたのは分かって、むにゅ、と私はその腕にすり寄った。

 鎧を脱いでいる柔らかな肌は心地良くて、私はぐっすり眠った。


 ジョゼフの町に着くと、まずは情報収集してらっしゃい、と一人放り出されてしまった。探索者としての私はここで成果を上げなければならない。でなければ本当に、ただのお荷物になってしまうからだ。町まで教えて貰っておきながら騎士様一人見付けられないようでは、まるで役立たずである。

 二人を馬車に残して町に入る。綺麗な街だった。あちこち花が咲いていて、なるほど『土』の騎士様が居そうな気配はある。花粉にくちゅんッと小さくくしゃみを鳴らしながら、私はあちこちを訪ねて回った。花屋、雑貨屋、レストラン。


 だけどそれらしい噂は全く出て来ない。勇気を出して貧民街の方にも入ってみると、途端にガラの悪い男性たちに囲まれてしまった。なまじ小奇麗な格好をしていた所為だろう、あくまで町で浮かない程度のワンピースだけれど、貧民街では、嫌でも目立つ。


「嬢ちゃん、ここに入りたいのか?」

「あ、あの、探している人がいまして――その方がもしかしたらこちらにいるかもしれないので、通して頂きたいのですが」

「じゃあ一万ナムは払ってもらわないとなあ」

「えっなっなんで?」


 思わず素で返してしまうと、にぃぃっと大男は黄ばんだ歯を見せて笑った。ちょっと黒いところもある。虫歯なのかもしれない。


「俺たちの雇い賃だよ。俺たちがいればこの街で近付いて来る奴なんていなくなるぜえ? 見るからにひ弱な嬢ちゃんだからなあ」

「そうでもありませんけれど……」

「んだぁ? ちょっと痛い目見とくか?」

「じぇぃっ」


 私は印を組んで火蜥蜴を一匹その人の上着に飛ばす。うわあっとばたばた叩いて火を消す様子に、やっぱり『強い』ってほどの人ではないのだな、と察する。


「これを百匹は同時に出せます。あなたは何が出来ますか?」

「こ、この、嬢ちゃん風情が」

「二百匹も出せますよ。最近修行しているので」

「くッ」

「おいやめようぜ。どうせランドの事だ」


 仲間に押さえ込まれて、彼は私を殴ろうと振り上げた腕を下ろす。私はいつでも印を組めるように胸元に手をやりながら、ランド様、と口の中で繰り返す。


「ランド様とはどんな方ですか?」

「めっぽう喧嘩に強くて、この辺りを仕切ってたボスみたいな人だ。土と相性が良くて、貧民街の畑でもいつも実りをもたらして下さっていた」

「『いた』? 過去形ですか?」

「一か月ぐらい前にお前と同じぐらいのガキが来てな。騎士だとか言って連れて行っちまった」

「え、ええええ!?」

「うるせえよ! それ以来町では見掛けてない! これで良いか!?」


 ランド様、恐らくは『土』の騎士様だったのだろうその方を、連れて行ってしまった子供。性別は、と聞くと、男の子だったらしい。黒い髪に赤い目の――あれ、と私は思う。それに当てはまる人を一人、知っていたからだ。

 でもまさか、そんな事はないだろう。だって私が探索者に指名されてしまったのだから、彼は学校にいるはずだ。


 彼は――アラン・ペイシズ様は。


 レィト様との修行中にさっさと騎士様を集めてしまおうとしたのだろうか。でもどうして? それは私の使命なのに、どうしてそんな横取りみたいなことを。うんうん考えながら町の入り口に戻ると、水の補給をしていたレィト様と光をシャワーにして見世物になり路銀を稼いでいるアーティ様の姿が見えた。きょとん、としているのはレィト様で。それは私が手ぶらだったせいなのだろうけれど。


「リリアナ? ランドは見つからなかったの?」


 やっぱり知っていたんだ、と思いながら、それが、と私は話す。


「アランが連れてったあ?」


 素っ頓狂な声を出してレィト様は目を見開く。彼女の十数回にわたる時間逆行でもなかったことシナリオなのだろうかと思うと、不安になった。甲冑をガチャガチャ言わせながら小銭を集めているアーティ様がほいよ、と財布代わりの布袋にそれを入れて来る。それからくきっと首を傾げた、誰だ、アランって。


「私と同じ王立魔法学園に通っていた、成績一位の優等生な方です。私みたいな中の上、良くて上の下みたいな生徒じゃなく、上の上と言っても良いような方で――こんな風に他人の役割を奪うような方ではなかったと、思うのですが」

「まあ上の上のプライドがあったんだろうな。お前より早く騎士を見付けて自分の手柄にしたかったってことだろう。お前はドンくさいからな、それが出来ると踏まれてしまった」

「そう……ですけれど。これでも学園にいた時よりは、応用力も上がっているつもりなのですが」

「一か月スパルタ訓練受けてるとは思わなかったんだろうよ。それで、どうする? 嬢ちゃん」

「とにかくアラン様を追いかけようと思います。風の騎士様をアラン様より先に見つけ出して、ランド様――土の騎士様をこちらに渡してもらえればと」

「そう上手く行くかねえ」


 フン、と鼻を鳴らしたアーティ様に、慰めるような仕種で私を馬車に導くレィト様。私は街を迂回して、地図を広げる。次の町は、フローラ。花卉栽培で有名な場所だ。もしかしたらまだ留まってくれているかも。一縷の望みに賭けながら、馬車を急がせる。

 でも本当、どうしてアラン様が? 私に不満があったのは仕方ないだろうけれど、だったら私が討ち死にしてから次の候補として向かえば良かっただけなのに。

 ホブゴブリンなんて一か月前なら慌てて逃げ出せなくて死んじゃってただろうにな。そのぐらい、弱いのだ、私は。

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