ハートボイルド
鷹山トシキ
第1話 歌舞伎町
俺は、歌舞伎町の夜に溶け込む探偵、黒崎。この街のネオンは、真実を隠すための派手な化粧だ。今夜もまた、ひとつの依頼が俺の事務所に転がり込んできた。
依頼主は、かつて歌舞伎町を牛耳っていた暴力団、龍神会の元幹部、鮫島。奴は、今ではカタギになって細々と生きているらしいが、その顔には、決して消えることのない裏社会の影が色濃く残っていた。
「探してほしい男がいる。名前は、鷹村。五年前に姿を消した、俺の弟分だ」
鮫島は、そう言って一枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは、精悍な顔つきの若者。その目は、まだ裏社会の汚染を知らない、純粋な光を宿していた。鷹村は、鮫島が龍神会を抜けるきっかけとなった男らしい。
「奴は、俺のために、組の金を横領した。そして、その罪を一人で背負って、姿を消したんだ」
鮫島の言葉には、後悔と、弟分を想う深い情が滲んでいた。だが、俺は知っている。この街で、金のために姿を消す人間は多いが、情のために姿を消す人間は少ない。
俺は、鷹村の足取りを追って、歌舞伎町の裏路地を彷徨った。薄暗い雑居ビル、怪しげなバー、そして、ネオンの光が届かない、街の底辺。そこには、俺と同じように、この街の闇に染まった人間たちが蠢いていた。
鷹村は、五年前に姿を消したにもかかわらず、その名はこの街に深く刻まれていた。彼を知る人間は、誰もが口を閉ざす。まるで、鷹村という男に触れることが、この街のタブーであるかのように。
そんな中、俺は、一人の老女に出会った。彼女は、鷹村が通っていたという、古びた喫茶店の店主だった。
「鷹村かい?あの子は、本当にいい子だったよ。でもね、あの子は、何かを恐れていた。いつも、誰かに追われているような、怯えた目をしていたよ」
老女の言葉は、鷹村がただの横領犯ではないことを示唆していた。彼は、何か大きな秘密を抱えて、この街から姿を消したのだ。
俺は、鷹村が最後に目撃されたという、廃ビルの屋上へと向かった。そこには、真新しい花束が供えられていた。そして、その花束の横には、一枚の写真が置かれていた。そこに写っていたのは、鷹村と、そして、もう一人、見覚えのある男の姿があった。
「鮫島…!」
俺は、思わず声を上げた。写真に写っていたのは、鮫島と鷹村、そして、もう一人、龍神会の現幹部、岩崎だった。岩崎は、鮫島が組を抜けた後、龍神会の実権を握った男だ。
俺は、すぐに鮫島に電話をかけた。
「鮫島、鷹村は、お前と岩崎に何かを握られていたんじゃないのか?」
俺の問いに、鮫島は沈黙した。そして、静かに話し始めた。
「そうだ。奴は、俺と岩崎が、組の金を横領した証拠を掴んでいた。そして、その証拠を、自分の命と引き換えに、守ろうとしたんだ」
鮫島の声は、震えていた。鷹村は、自分を信じていた兄貴分たちが、裏で悪事に手を染めていたことを知り、その証拠を、命をかけて守ろうとしたのだ。だが、その証拠は、今、岩崎の手にある。
俺は、岩崎を追い詰めるために、この街の闇へと、さらに深く潜っていく。この街のネオンは、真実を隠すための化粧だ。だが、俺は、その化粧を剥ぎ取り、真実を暴いてやる。
これは、俺と、歌舞伎町の戦いだ。そして、俺は、この街に負けるわけにはいかない。
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