エピソード7 ヒーロー、ただ今参上!

 ネクスシティ・U市内、スクランブル交差点。

 日常の喧騒はたった一つの銃声で地獄に変わった。


「に、逃げろぉ!! 」

「ヴィランだ! ヴィランが出たぞぉ!! 」


 悲鳴な連鎖し、通りは恐怖の渦と化す。

 耳の中に響く銃声が重なり、火薬の匂いが一層強くなる。


「ヒャハハハハハッ!! モットダ! モットモット逃ゲ惑エ!! 」


 狂気の笑い声がビルに反射する。

 薄汚れたマントの上、白塗りの顔に裂けた口。

 黒い角と真っ赤な丸鼻を持つ…"道化に扮した悪魔"。

 その拳銃が火を吹くたびに、アスファルトが血と煙で穢される。

 

 転がる車。倒れる人。割れたスマホ。

 誰もが立ち止まることすら許されない。

 そこに留まるのは泣き叫ぶ子供だけ。


「誰か…誰か助けて……! 」


 掠れた泣き声が爆音に消える。

 その瞬間──


「そこまでだっ!! 」


 声が落ちた。

 この空気を一変する、熱を帯びた鋭い声。


「おい見ろ! あそこだ!! 」


 誰かが指をさした。

 人波の向こう、3つの影がビルの屋上から宙を舞う。

 陽の光を背に、風を切りながら3人は悪魔ピエロの目の前に降り立った。


「だ、誰です……じゃなかった。誰ダ、テメェラ!!」


 悪魔ピエロの足が一歩後ずさった。


「誰だと!? 俺のこと知らねえとは言わせねえ! 」

 

 赤い中華服の青年が赤い棒を肩に担ぐ。

 金髪が陽光を反射し、笑みが挑発的に輝いた。


「武の國・中国の英雄! 『斉天大聖』孫悟空の後継者! 武術ヒーロー『ゴクウ』様とは、俺様の事よぉ!! 」


「…全く、相変わらず荒っぽい名乗りだなゴクウは」


 赤と黒のオッドアイが光る。

 シルクハットの女性が一歩前に出て、トランプを弾く。

 舞うカードの中、彼女は冷笑を浮かべる。


「マジックヒロイン『Qクイーン・スペード』。貴様のようなヴィランには、『敗北』という名のジョーカーがお似合いさ」


「フフ、またこの美しい筋肉の犠牲者が増えるな…」

 

 地鳴りのような声が響く。

 2メートルはゆうに超える巨体、黒ジーンズのみを纏う筋肉の塊。

 日光を浴びた肌が眩しく輝く。


「マッスルヒーロー『ブラックマッスル』!! この鍛え上げられた肉体の前に、何人たりとも勝てるわけないのだ」


 

「さぁ覚悟してもらおうかピエロ野郎! 俺らが相手だ!! 」


 ゴクウが棒を構える。

 悪魔ピエロの足が僅かに震える様に見えた。

 

「わー、ヒーローたちだ! 」

「僕らを助けにきてくれたんだ! 」


 子どもの歓声が響く。

 一瞬で交差点がヒーローステージの壇上のように変化した。


 

 しかし、その背後で大人たちは冷ややかな視線を向けていた。


「誰? あいつら」

「なんであんなマイナーヒーローが来るんだよ…」

「エースヒーローがよかったなぁ」


 歓声も失望が交差する交差点。

 悪魔ピエロは後ろに下がった足で踏み出す。


「ヒーロー…! テメェラ何ゾニコノ俺様ノ──」


 マントの下から姿を現れたのは、黒光の二丁拳銃。

 鉄の冷たさが空気を裂き、銃口がヒーローの心臓を狙う。


「『イビル』様ノ邪魔ハサセネェゾ!! 」


 ""ジャキンッ""

 金属が嚙み合う音と同時に、緊張が場を支配する。


「やろうってのか? 上等じゃねぇかよ」

「油断するなゴクウ。相手は何してくるか分からないからな」

「考えすぎだスペード。何してこようがこの筋肉の敵ではない」


 ヒーローもそれぞれが獲物を構える。

 ゴクウの赤い棒が回転し、スペードのトランプカードが指の間で舞う。

 火薬と汗の匂いが入り混じる。

 静寂の中、誰もが『先に動いた方が勝つ』と悟っていた。


「ッしゃあ! まずこの俺が──」

「私が行こう!! 」


「え? 」

「は? 」


 ゴクウが足を踏み出すより早く、ブラックマッスルが弾丸のように飛び出した。

 足元は爆ぜ、道路が抉れる。


「お、おいマッスル! 勝手に動くんじゃ──」

「マッスルゥウウ、パァアアンチ!! 」


  雄叫びとともに放たれる、鉄塊のような拳。

  筋肉が大きくねじれ、まるで山を殴り倒すような質量がイビルを襲う。


 『当たったら終わる』

  見た瞬間、イビルの本能がそう告げた。

 

「ッ!! 」


 イビルの身体が逸れる。

 風を受けた枝のように本能的な回避。


""グワッシャア!! ""


 拳はそのまま後方の車に直撃。

 ガラスと鉄板は一瞬にして砕け、グシャグシャの鉄塊に変貌する。


「俺の車がぁあああ!! 」


 野次馬の奥から悲鳴が聞こえる。

 その声にゴクウは頭を掻きむしり、スペードは額に手を当てる。


「あの筋肉ダルマ…! 」

「無駄な被害を出してどうする……」

 

 当の本人、筋肉ダルマブラックマッスルは涼しい顔で腕を引き抜く。

 ガラス片を払いながら不敵に笑う。


「ほほぉ、避けたか。運のいい奴め」


 口元は笑っているがその目は獲物を狩ろうとする肉食獣のソレ。


「ヒャ、ヒャハハハハッ! オ、惜シカッタナ! アト少シデ俺ヲ仕留メタモノヲォ!! 」


 狂気じみた笑い声が硝煙と混じって交差点を満たす。


「クタバレェ!! 」

""ドォンドォン!! ""


 双銃が同時に火を吹く。

 無数の弾丸が空気を裂き、ブラックマッスルの周囲を埋め尽くした。


 避けるのは不可能なはずだった。

 しかし、彼は──


「フンッフンッフンッフンッ!!」


 それを全てかわしていた。

 信じられない速度と柔軟さ。

 巨躯に似合わぬステップで、弾丸を風のように避けていく。

 何故かマッスルポーズを決めながら。

 

「ナッ…!? カワシヤガッタ! 」

「バカめ。私がパワーとビジュアルしか取り柄がないとでも思っていたのか? 」


「クッ……クソッタレ!! 」


""ドォンドォンドォンドォンドォン!! ""


 撃ち尽くす勢いで放たれる弾丸。

 ブラックマッスルは避けながら前進する。


 しかし、獲物を狩り損ねた弾丸は当然ながら依然として飛んでいる。

 猛スピードの凶弾はブラックマッスルの背後へ。

 すなわち──


「あのバカ筋肉! 何も考えずに避けてんじゃねぇよ!!」


 市民たちを前にしたゴクウたちを襲っていた。


 ゴクウとスペードは即座に防御体制に入る。

 赤い棒が弾を逸らし、トランプカードが切り裂く。

 それでも完全には防ぎきれず、頬や腕をかすめる。


「痛ッ…! やっぱ守りながらだとキツイな! 」

「だな… だが時間は稼いだ。これなら避難も終わって…」


 スペードは一瞬だけ振り返る。だが、そこにあったのは──

 数え切れないほどのカメラレンズと市民の視線がこちらを覗いていた。


「なっ!? 何撮影してるんだ君たちは!? 早く逃げろ!」

 

 スペードの目が大きく見開く。

 しかし、市民たちは彼女の目を冷ややかに見つめ返すだね。


「いや逃げなくてよくね? ヒーローいるし」

「そうそう。むしろこれ撮ったらバズるかも」

「ほら、よそ見しない。アタシらになんかあったらどうすんのさ」


 ゴクウとスペードの空いた口が塞がらない。

 命懸けで戦ってる自分達と他人事の様に撮影を続ける市民。


 まるで別世界かと疑うほどの格差。

 その瞬間、二人のイビルに対する怒りが消えた。

 代わりに広がったのは、底の見えない虚しさだけだった。


 そんな最中、弾丸の雨がふいに止む。

 硝煙と火薬の匂いが空気に残る。


「どうした? 撃ってこないのか? 」


 ブラックマッスルは腕を組んだまま鼻で笑う。

 その視線の先にはイビルが何度も引き金を引いていた。


「く、クソ! 弾切レカ…! 」


 先ほどの様な狂気は鳴りをひそめ、そこには焦燥感のみ。

 誰がどう見ても、隙だらけだ。


「終わりだな」


 ブラックマッスルの拳が天に掲げられる。

 太陽を背にした鉄拳に血管が浮かぶ。


「マァァァッスルゥウウ……」


 力が拳に凝縮していく。

 腕全体に血液の流れ、筋肉がうねるように膨らむ。


「パァアアァア ──」


 振り下ろされる鉄拳。

 イビルの視界いっぱいに拳が広がったその刹那──




""ピンッ""


 微かな音が響いた。

 彼の腕はピンを抜いていた。ただ無意識に、そして迅速に。

 

 流れる様に深緑色をした丸いそれを放り投げる。

 宙を舞った次の瞬間、閃光を放って──


「え」


""ズガァアン!! ""


 交差点全体が爆ぜた。

 辺りを覆う焦げた匂い。肌を炙る熱風。

 黒煙が立ち込め、天すら焦がしていく。

 


「なっ…!? ば、爆発!? 」

「手榴弾か…!? マッスル、無事──」


 視界の奥から煙の尾を引いて何かが目の前に飛んでくる

 それが足元に転がった瞬間、皆が息を呑む。


「ま、マッスル!? おい! しっかりしろ!!」


 白目を剥いたまま動かないブラックマッスル。

 肌は焦げて一層黒くなり、身体の一部はひどく爛れている。

 無事な箇所を見つけることの方が困難なほどの重症だ。


「銃の次は手榴弾…! ふざけたなりして軍人上がりかあのヴィラン! 」

「脈はあるが息してないぞ…! 早く病院に行かねば死んでしまう! 」


 その間もイビルはゆっくりと歩み寄ってくる。

 一歩近づいてくるたびに空気が軋み、心臓が跳ねる。

 全身に流れる嫌な汗が流れ、冷たい恐怖心が這い上がってくる。


「お、おい! ヴィランが近づいてくるぞ! 」

「あんたらヒーローだろ!? 早く何とかしろよ! 」

「俺らの身になんかあったら、ヒーロー協会に訴えるからな!? 」


 絶望の最中、誰もこの場から離れようとしない。

 ましてやスマホをしまうことも、レンズを逸らす気配すらないようだ。


「……黙って聞いてりゃ……! 」


 市民を睨むゴクウの目が鋭くなる。

 イビルに対して向けていた怒りの目。

 それが今や彼以上の怒りが込められた瞳となっている。


「俺たちは命懸けでてめぇらを守ってんだぞ!! なのにてめぇらは──」


 彼が市民の一人に掴みかかろうとした瞬間、スペードがその腕を阻んだ。


「よせゴクウ! ここで下手に炎上すれば、私たちの活動が…」

「スペード…! じゃあ黙ってろって言いてえのかよ!!」

「そうじゃないが…! 一回落ち着け!! 」


「うわ、ヒーローが市民に恫喝? 」

「これだから無名は…… こいつら晒そうぜ」

「だね。もしかしたらバズるかも」


 嘲笑と怒号が交錯するスクランブル交差点。

 爆炎の後に広がるのは、イビルが見せたのとは別種の“地獄”だった。


 誰もイビルが銃を構えていることにすら気づいていない。

 引き金にかけられた指がわずかに動く──


 その瞬間。


「どうやら、お困りの様ですねぇ!! 」


 全てをかき消す男の声。

 この空気と風を切り裂くような声。

 奥から走ってきた黒いバイクが煙を切り裂き、現場の中央に滑り込む。


 その上にまたがる黒影。

 ソフト帽を傾け、余裕の笑みを浮かべている。


「お困りなら、手を貸しますよ? 」


 バラバラだった皆の表情が一致する。

 市民も、ヒーローも、全員苦虫を噛み潰したような顔に。


「こ、こいつは…! 」

「て、てめぇは…! 」



「ま、手柄は譲りませんがね」


 ネクスシティ一の嫌われ者。

 "正義の手柄泥棒"──自称"ダークヒーローのナイトメア。

 ここに参上。

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ダークヒーロー・ナイトメア 〜誰も傷つけず眠らせる嫌われ者の"自称"ダークヒーロー〜 趣味人・暇人のS @Shuu-Himajin-0221

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