第10話 時は戻らない
「はぁ……マーストンが、居なくなるなんて……」
ここは、スイジースのギルドの待合室。
マーストン、彼はギルドがあるこの町に、やって来た新米召喚師だった。
ギルドに不釣り合いな少し派手な背広を着込み、誰かと話すことなく、ベンチに姿勢良く、座って居た。
冒険者というより、ギルドの酒場の新人バーテンダーの様なイメージ。
「ギルドへ、クエストの申し込みですかー?」
「いえ、冒険者のになるために、申し込みをしにきました」
そんな彼に、少し甘えるような声のクリシラが声をかける。
ヒーラーが必要なケイト達のパーティー。
彼は冒険者には見えなかったが、武器を手に戦う人間にも見えなかった。
だから、レイソンが居ないその時、クリシラは兄思いの子なので勧誘のために話かけたようだ。
「えっ凄い! もしかしてヒーラーだったりします? うちヒーラ募集中なんです」
「いえ、召喚師なので、回復は出来ないわけでなはいですが……」
彼がそこまで話した時、ガタン!と扉の開く音と、リンリン! 玄関の来客用のベルの音が響いた。
しばらくすると、レイソンが薄手の上着のポケットに、手を突っ込み現れた。
それに合わせてクリシラが兄をみつけ、マーストンの背を指さし、2回ほど手を動かす。
「ここでは召喚師として、届けを出すことにしています。だからすみません」
「だが、ヒーラーをすれば、パーティーへの加入もしやすくなる。そこでパーティーの動きを見てから、召喚師の魔法の技術を伸ばしていくべきだ」
急に、レイソンが話に割り込んだ。マーストンは凄く驚いた顔をして、レイソンを見た。
「しかし僕は祖父と同じ、召喚師になりたくてここへ来たのです。」
彼の言葉を聞きレイソンはうなずく。そしてレイソンは、カウンターを指さす。
そこには取り付けられたライト石の光を受け、輝くような笑顔の受付の女性たちが、いろいろな冒険者パーティーとそのメンバーと話していた。
「あそこへ受付をすれば、適正があれば召喚師になれる。だが、召喚師の英雄になるのは、泥水をすすっても、なろうと思った奴だけしかなれない」
そうレイソンは言う。故郷ではそれを聞いた男の子の何割かは、『レイソン、カッコイイ』と慕われていた。
「召喚師になりたいんであって、泥水を啜りにたのではないので、すみません」
そういうとマーストンは席を立ってしまった。
そして私達も席を立ち、ギルドを出た。
「ケイト、アイツは性格がめんどくさそうだから、話し相手になってやれ」
そうレイソンは商店街の人のまばらに歩く、宿屋までの帰り道に思い出したように言った。
「えっ?、うん、わかった」
確かにマーストンは、冒険者らしくない服装からわかるように、偏屈そうだったので、とりあえずそう返事をした。
それから幾日過ぎて、マーストンは初日、レイソンの勧誘を断ってはいたが、すごく暇そうだった。
そして暇そうにベンチに座り、クエストを観察する日々を送っていた。冒険者ギルドの掲示板に張り出された、猫探しなどの簡単なクエストを受けつつ、召喚師の募集を待ってたようだ。
そして私は暇そうに、そんな彼を見ていた。そして時々話しかける。
「おはようございますー」
「おはようございます」
「どんなクエストを待っているんですか?」
話しかけるのは簡単だった。彼は物腰が柔らかいので、クエストのオファーする側の人々も、雰囲気からか大勢いるギルドの冒険者から、彼を選びだしよく話しかけていたし。
「えっと……この前は猫探しをやりました。白と黒の猫なんですが、隣の家に居ました。飼われていたみたいで」
マーストン、大人しい感じの見かけ通りで、話せばやはり紳士なような人だった。
毎日の天気の話をし、クエストの話をして、美味しいレストランの話をした。
レイストンがどんな気持ちで、『話し相手になってやれ』と言ったか、2年も経った今も聞けてない。
けど、その時は、レイソンの話なんてまるっきり忘れてた。
その時のマーストンは話すと落ち着く友だちで、彼と話した夜はを毎晩、見ていた故郷の友達の夢も見なくなったのも、この頃だった。
でも、私達の関係を変えたのはやはり、レイソンだった。
ある日、私とマーストンが話していると、レイソンがやって来て「ヒーラーの募集が引っかからねー。ケイトの友達、ほんと、ヒーラーやらない?」と彼は言った。
あれ? あれ? 嫌な予感ではなく、話についていけなかった。
だって、私はレイソンの幼馴染、思い出は彼とは多くが共通している。
いつも友達はその内、レイソンの嫌いなあの人だったり、レイソンの友だちの友達になっていく。でも、私の前でレイソンとマーストンの話は続いて行く。
「魔力の管理はこちらに任せてくれるならいいですよ。ヒーラーをやっても」
マーストンはそう言って、結果として私の仲間になった。
それから……ギルドのベンチで待っている時間はなくなり、お金と、いざこざが増えた。
故郷ではレイソンが正しく、彼のおかげで、マーストンの仲間になった。
でも、マーストンは冒険の後は沈み込み、ニンフと一緒に帰ってしまう。
私達はギルドで階級がBとなり、ギルドのルールでマーストンはDのまま。
そして私達はAランク目前で、レイソンはマーストンの回復の事で、マーストンを責めていた。
そして……私たちは彼を『妖精の迷い森』に置いて帰った。私はそれを見てみぬふりをした。
マーストンなら後で、話せば許してくれる。きっと、そう思っていた。
それからしばらくすると、ヒーラーを『妖精の迷い森』へ置いていったと噂され……、ギルドのカレンさんは、古株のジョンさんを呼んできて、私達を𠮟りつける。
そしてマーストンと、私達と組んでくれるヒーラーと、パーティーはこの町、スイジースには居なくなってしまったことに、今日やっと気づいた。
明日には【港町アオハジ】行きの荷馬車に乗る。
時はもう戻らない。
でも、もし、私達が誘うより先に、違うパーティーにマーストンが入っていたら……、私たちは友達のままだった?
せめて、旅立つことを教えてくれたかな?
でも、時は戻らない、進むのみだった。
続く
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