第5話 ダークエルフさんとニンフ
朝、って言うには遅いし、昼にはまだ早いそんな時間。
冒険者を始めたばかりのアレックは、ギルドの待合室にいた。
整えられた鉄の鎧を身に纏い、赤い髪をなびかせる。
戦士のような野蛮さはなく、ギルドの受付を担当していても違和感はないだろう。
受付の区切られた小さなスペース、それは薬局の窓口によく似ている。
そんな場所から冒険者は、命をかけての戦いへとでかける。
今、目の前の受付は全て埋まり、多くのパーティーが事務的なことを、馴染みのお嬢さんたちと話している。
最近、ソロでギルドクエストを受け報酬を貰った後は、ある話を盗み聞きするかのように、いや、実際に彼はある情報について話が上がるのを今か、今かと待っている。
それは回復が使えるパーティーに加入していない冒険者で、街ではなく、田舎に近いここなら、田舎から出て来たばかりのヒーラーと出会うチャンスがあるのでは? と思いやって来たが、それもすでにもう1週間を過ぎようとしている。
――うーん、ここでは知り合いばかりは増えてしまったが、パーティーに加入していないような、ヒーラーはいまだであったことがない。
冒険者も卒業時期が、一番増えると聞く。無暗に、ここで待つのではなく、都会へと戻るか、決め時か? しかし街のヒーラー不足は深刻で、ギルドで、パーティーへ未加入のヒーラーと組むために順番待ちしていた。
待つ時間に、そんなことを思えば、彼の表情も自然と険しくなっていく。
そして修行僧のようになってしまった彼の前に、見たことのある3名のパーティーメンバーがやって来た。
彼らの顔は知っているが、話したことは無い。
武器を持ち攻撃する者が2人、魔法使い、そして召喚師のパーティーだった。
「レイソン、まだマーストンは宿屋に戻って居なかったようです」
そうタンポポ色の髪の魔法使いが、剣士に言った。
「あいつが遅くまで眠りこけるのは、いつものことだろう」
「ですが、いくら何でも『妖精の迷い森』へ、1人で置いてくるのは、やり過ぎだったかもしれません」
「やっぱーケイトは優しいねー。なら迎えに行けば? ギルドに頼めば御者付きの馬車も紹介してくれるよ?」
「えぇ……」
――それっきり彼女は黙ってしまった。確かに、御者付きの馬車は高い。
彼女は黒魔法使いで、ソロの戦闘にはたぶん向かない方だろう。
そうすると……、御者もある程度、腕に覚えがある人物に限られる。
魔物ばかりが敵ではないからだ……。
そこに保険や、馬車代含むと、クエスト報酬1回分になる。
彼女には難しいだろう。冒険者であれば誰かの心配より、自分を優先するのが普通だ。過酷な毎日が、そうさせてしまう。だが、そうでない者もいる。
彼女は2人について行き、ギルドから出ていった。
「じゃー行くか」
根が生えそうだった。重い腰を上げる。うかつな他のパーティーは今まら、最高と言っていいだろう。
いつも少し古めかしい、派手なスーツをきっちりと着込んだ召喚師を思い浮かべる。
自分のやり方ではないが、この際は恩を売るのもいいだろう。
ここのギルドの受付のベンチで、座り込み待つのは飽き飽きしていた。
カウンターで空いている場所は、先ほどのパーティーの担当だろうカレンだけだ。
今、彼女があいている事に、追い風を感じざるおえない。
「おはようございます! アレックスさん」
「おはよう、カレン 今日で、ここでの君たちを眺めるだけの時間は、終われそうだよ」
「ああ……、そうかもしれませんね」
彼女はそう言うと『目ざといですね』って、含みのある笑顔をくれた。
彼女は先ほどのパーティーの受付をしたばかりだ。、
アレックスは「馬車を1台だけ借りたい」と言えば、「行先は、『妖精の迷い森』でいいですか?」と、答えた。
「もちろん」
守秘義務があるから、それ以上カレンは話してくれないだろうが……。
明日にはパーティーを組めそうな、決定的な予感が彼にはあった。
◇◇◇◇
朝、いろいろあった夜が明けた。
日差しが差し込む、妖精の住んでいた小屋は……汚い、とても汚い。
かまどは、調理をするためかまだいい。
水を入れておくかめも、生命維持、飲む事の出来そうな見た目だ。
けれど、テーブルの上に、ところ狭しと置かれた、食べた後の皿にはうんざりするが、別に食事はそこでなくても出来る。
――どうやら、昨日の闇の妖精たちの食事中に、僕らはこの森へと登場してしまったらしい。
だがそれを差し引いても、テーブルクロスの上では食べこぼしたあとと、ほこりだらけで、床は…………。
もう部屋について考えるのはやめよう。旅立つ家の清潔の度合いについて、いつまでも考えるのは無駄だ。
闇の妖精についてわかっている事から、ダークエルフさんのわかる事を考えると……。
あの闇の妖精たちは、クエストのあげられた日付けから見て、最近移り住んできたのは間違いないだろう。もっと前からならば、鞄で床が落ちていそうだ。
後、ギルドだよりかな……?
妖精の割にしっかり鞄の中を物色されてたし、魔法のスクロールなんて、金目のものがあると考えるだけ無駄だろうな……。
それでも彼はもう一度1階をまわってみたが目新しい物は無かった。2階も見上げてみたが、彼は首を振るだけだった。
そして廊下へ出て、ダークエルフさんのいる階段したの物置まで向かう、扉は昨日の別れた時のままあけ放たれていた。
ギシギシなる廊下を踏みはずさないように、慎重に扉の板の向こう側へ歩いて行く。
「うぁ――……」
物置きの中には何も無く、床の上にスヤスヤ猫の様にダークエルフさんが寝ている。
黒く長い髪の毛は、優雅に円を描くように彼女の体に寄り添い、窓から零れる日光の下で見ると、やはりダークエルフさんは、あの闇の妖精に育てられた影のようなものは見えない。
――眠っている姿は可愛らしく、やはり普通のお嬢さんのようで、ついニンフと重ねて見てしまい僕の胸はチクチクと痛くなった。
連れていくしない。ダークエルフと僕らの世界の関わり方が、田舎育ちの僕にはわからないが、今の状態で一人にすると考えると、不安でしかない。
ないが……。
やはり、無理だー。やはり経済面な不安が大きい。
……って、あれ、あー、えっと女の子と暮らすってどだい無理か。
「ふぅ……、ダークエルフさん、起きてください!」
彼女の肩に触れようとした時、パシュッ、そんな音と雷のような光。
それと共に僕の手袋は焼け焦げ、甲に縫い付けてあった守りの護符ははじけ飛んだ。
「あぁぁ――!?」
祖父から貰ったそれは、結構高いはずなのに……。
(もう立ち直れない…………、なんだこれ)
僕は頭を抱えながら座り込む事しか、出来ない。
「はぁ…………」
「大丈夫?」
ダークエルフさんは、手をつき、上半身だけ持ち上げて僕を見ている。
「ダークエルフさん、胸元見えてますよ。気を付けて」
「あっ、うん」
僕が指さし指摘すると、彼女は手で胸元を押さえ、女の子座りをする。
今、とても艶っぽい出来ごとが起こったのだが、今はエロより、身の安全を守る護符の破壊が……。
もぉ――――――――――――!
「………………よし! 帰りましょう! いいえ! ダークエルフさん、君をギルドにお連れします。」
――そして君とはさよならです! 電流の正体については追及しません!
「はい、ありがとう」
彼女は、ほにゃほにゃの可愛い笑顔を作った。
「いえ、ギルドクエストの途中、ついでみたいなものですから」
「わかりました」
彼女はやっぱりほにゃほにゃの笑顔だ。
やつと、闇の妖精から逃れられて安心したんだろう。
きっとそうに違いない。
僕は立ち上がり、そこから出ることにした。
そうすると、温かい手が僕を掴む。
振り返った僕に、彼女は、『うん?』と、言う顔をした。
◇◇◇◇◇
そしていきなり過去を思い出す。
家の外では、明るい日差しのふりそそいでいた。
そんな緑が広がる庭先。
洗い立ての白いシーツを、洗濯紐へ干している母は、小さな僕に言った。
「マーストン、今度は妖精さんを引き連れて来たのね」
「そうなんです。可愛いでしょう?」
「うんうん、すごーく可愛いわぁ。マーストンはいろんな種族のお友達と仲良くなれるわねぇー。だから、ニンフを含めて、一番のお嫁さん候補をお母さんが探してあげるわ~。エルフ、人魚、ホビット? 誰がいい?」
「お、いいな。お母さんみたいな、素敵な女の子を探して貰えよ」
黒色の髪、学者のような父は、金色の髪をなびかせる。細身の母に寄り添いそう笑っていた。
ってことを家に、なかなか居ることのない両親が、僕に、今までで3回ほど言っている。
◇◇◇◇
だから、ヤバい……この世界で生きるには、多かれ少なかれ先を見通す力が必要だ。
そもそも結婚相手の人選は、同じ人の中から選びたい。
自分から人外の女の子を集めている場合じゃない。
そう思いつつも、僕はダークエルフさんに、「家の中を並んで歩くと、床に落ちて危ないよ。だから、手をつなげぐのはよそう」
そう、当たり障りのない言葉を選んでいた。
玄関から出ると、家のステップから、金色の髪に花の冠をつけたニンフが森からやって来るのが見えた。
彼女が歩くととも、花の蕾は綻び、花を咲かせる。
農家が欲しがるような能力が、ニンフの周りで発現していた。
「おはよう」
「おはよう、ニンフ、彼女は……」そう言い切る前に、
ニンフは、ダークエルフさんの口元へと、手を伸ばし薬草を、ペタッてくっつけた。
彼女は頬につけられた薬草を、ニンフから受け取ると、後ろに少し下がり腰を折り曲げニンフに目線を合わせる。
「ありがとう」
ニンフは、うんって感じで、少しおねぇさんぽさを出してうなずく。
ふふふって笑うふたりは確かに微笑ましく、うちの子になっちゃう勢いだ。
父や母は、喜ぶだろうがそれは良くない。
彼女が成人する前に、うちは確実に世代交代してしまう。
そしてダークエルフさんはマーストンの元へと向かい、彼のぽっぺにペタッと薬草の葉をくっつけた。
「えーあー、ダークエルフさん、これは薬草と言ってお薬だから、あーん、むしゃむしゃ」
僕が食べる真似をすると、彼女も、そして何故かニンフまで、口を大きく開け、薬草を持っている手を口元へとやり、パクッと口を閉じた。
「んン――――!?!」
ダークエルフさんは口を押え、少し涙目になりながら「んんぅ……」と、今も声にならない声をあげている。
――そう、寝込んでしまった僕へ、彼女が初めて手渡した最初の1枚。それはこの世に、こんな理不尽なことがあるのか……、と、さえ思える味わいだった。
でも、祖父が『苦いかい? マーストン、けれど風邪の体力回復には、精霊の薬草はとてもいいのだよ』そう言ってくれて、僕は飲むことが出来たのだ。
あの時、祖父は蜂蜜と牛乳をわざわざ混ぜてくれて、そんな感想だったからな……。
「ダークエルフさん……」
ペタッ! 彼は、ニンフにつんつんと、服を引っ張られ、彼女の目線を合わせると、彼の頬に薬草の葉がペタッっとはられた。
「うぅっ!?」
ニンフがいつもにない目力をしつつ、彼の頬に薬草を押し当てている。
マーストンは彼女の手から薬草を受け取ると――。
「僕、見本をみせればいいのですか?」
彼女は『そうよ!』と、その目力を維持しつつ、肯定的にうなずいた。
「わかりました。次回はニンフさんが見本お願いします」
「なんで!?」
――首をフルフルと振る彼女を見て、僕はそんな言葉しか出てこない。
「えっと……ダークエルフさん、僕をよく見てくださーい。この薬草は苦いかもしれなませんがー、凄く体にいいです」
「はい……」
(うぅ、初めてダークエルフさんから、否定的、というより嫌がっている返事が来た。)
「こうやって、パクッ、むひゃむしゃ……あーん、慣れれば食べられるようになるから、ねっ」
「は……い……」
――それでも、いやいやか……。まーそうなるよね!
それでも……彼女は目をつぶり……ゆっくりと、口に近づけて…………食べた!
「やったー!」
「うぅーー!!」
彼女は凄い緊張感のある雰囲気を漂わせ、そして咀嚼する事が出来た。
そして……口の中に残る苦みに耐えられなかったのだろう……最後、凄い雄叫びをあげた。
そんな彼女を見て、マーストンは慌ててヒップバックから、甘い蜂蜜入りのお手製ドリンクを手渡す。
しかし彼らから出される物に対し、ダークエルフさんは少し危機感が芽生えたのか、クンクン確認をしながら一口、口に含んだ。
「甘い……」
それをゆっくりと、少しずつ飲み、彼女は「ふぅ〜」と一息ついたようだ。
後、馬車では約1時間の道のり、安全だけれども、遠い道のりをふたりを連れて帰るだけか……。
「はぁ……」
続く
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