第2話 成功は約束されていた

 美。女性は美しく在らねばならない。可愛い、綺麗、端正、優美、清純。表現する言葉は何でも良いが、自己評価だけではなく他の人から認められ、できれば褒めてもらいたい。男性からなら尚更だ。女性は物心ついた時から自分を如何に可愛く、美しく見せるかに気を遣うようになる。親が買ってくれる衣服の色やデザインに口出しするようになる事から始まり、可愛いキャラクター商品を集めるようになる。自分で髪を整えるようになり、前髪に命を懸ける。制服という制約の中でスカートを短くしたり、ブラウスの胸元を大きめに開けてみる。母親や友達等に教えてもらいながらメイクを覚え、一生かけて上達させる。お気に入りの美容師に髪を切ってもらうようになり、艶のある髪を誇る。そして、衣服だけではなく普段は他人に見せることが無く、いつ出番があるかさえ分からない下着にまで綺麗な物を好むようになるのだ。

 自分の身体にプラスアルファをして、自分以外の他者に自分をより美しく見せる。これは女性のサガだ。第4の本能と言っても良い。


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 私の成功は中学生の頃から約束されていた。

 私の父は体育会系で関西の有名私学、甲東学院大学のアメリカンフットボール部に所属していた。何度かライスボウルに出場した事もある強豪チームのレギュラーメンバーで、卒業後は関西本社の大手家電メーカーに就職した。そして母はその甲東学院大学のキャンパスから程近い西宮女学院大学の女子大生で、当時母が阪水電車に乗ると周りの乗客が「宝塚の女優か?」とざわつくほど容姿端麗だったらしい。まぁ、今も綺麗なんだけど。

 頭が良く体躯にも恵まれ、自信と活力が溢れ出ている父と、知識は無いが悪知恵が働き、色白で華奢と男性の保護欲をそそる母がいわゆる合コンで出会い、付き合い、結婚して私が産まれた。もちろん結婚したのは二人とも大学を卒業して就職してからだったが、真面目で優秀な父と美しい母は誰が見ても納得するお似合いの夫婦だった。父は一生懸命に働いて稼ぎ、母は専業主婦で私を何不自由なく育ててくれた。第二次性徴期を経て外見が母に似てきた私は、「私は他とは違う」、「私は特別だ」と自覚するようになる。気が付けば大多数の男性が私に優しく接してくれるようになっていて、いつからか私と目が合ったり話をしている時に男性が嬉しそうに笑うようになった。中学3年生の秋頃「我こそは」と名乗りを上げた野球部のキャプテンからの告白を受け、興味本位で付き合ってみたが、この時の“お付き合い”は一緒に下校したり廊下でおしゃべりする程度のもので、受験勉強の必要もあり短期間で終わった。


 私は高校に進学してからも男性にモテた。クラブ活動の勧誘にかこつけて色々な男性からアプローチを受けたが、ゴールデンウイーク明け頃にラグビー部の3年生の先輩から告白されて、付き合うことにした。容姿は普通だったが馬鹿ではない程度の知性と常識が有り、ガタイが良くてラグビーが強いのはもちろん腕っぷしが強かった。私がこの先輩と公然と付き合うようになると、学年に関係なく「一緒に帰ろう」等と私にちょっかいをかけて来た男達や、「1年のくせに生意気だ」と陰口を叩いていた女達が蜘蛛の子を散らしたように近づかなくなり、私はクラスや学年を通り越して学校全体のスクールカースト上層部に君臨することになった。

 私は授業中にマンガや雑誌を読んでいても試験前になると誰かのノートのコピーが手に入ったし、昼食を購買部に買いに行かなくても誰かが私の分も買ってきてくれた。休憩時間に私が女子トイレに行くと誰かが割り込みをさせてくれるので個室や鏡の前で列に並ぶ必要が無かった。どれもこれも私が口に出して命令しなくても自然となされた事で、周りの人間は嫌々ではなく、まるで私への忠誠心を競うかのように率先してやってくれた。言い訳に聞こえるかもしれないが、周りがこんな感じだったから私は自分の美しさに自信を持ってしまった。


 私は3年生の先輩と付き合うようになり、さらにラグビー部のマネージャーというステータスを得ることで生徒間では支配階級の一人となり、何不自由ない青春を送ることができた。校内の休憩時間や登下校を一緒に過ごすのはもちろん、高校生で所持金が少なかった私達は当てもなく三宮センター街を歩き、疲れたら元町商店街の喫茶店で何時間もおしゃべりするデートをしてきた。私としては先輩から好意を向けられ、自分では好きとも愛してるとも分かっていなかったが、話が面白くて一緒に喋っていて楽しい、教科書等が詰まった重い荷物を持ってくれて頼りになる、周りの生徒が勝手に忖度してくれて便利だという程度の軽い気持ちだった。今にして思えば、父にタイプが似ている男に無意識に安心感を感じていただけかもしれない。

 しかし、月日が経つにつれデート中に先輩の腕が私の腰を抱くようになり、人気が無い放課後の教室でキスをされ、定期試験の前に先輩のお家にお呼ばれして勉強を見てもらうようになり、私にもその時が来る。先輩と付き合っていて楽しいし、快適な学生生活を送れているのだから断る理由が無い。そうだ!「彼が好きでたまらない」とか「早く経験してみたい」とか、私にはアグレッシブな意図は無かったが「断る理由が無い」。そんな気持ちで処女を捧げた。

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