第15話 神様のいない世界で、買い出し

――模擬戦から二週間。

縁と仲間たちは神妙な顔で拳を突き出していた。

「……じゃあ覚悟はいいな」

「望むところよ」

「あの……私は別に大丈夫なんだけどな……」

「僕もどっちでもいいよ」

「ちゃんと勝負しないと不公平ですよ!」


「いくぞ……ジャンケンポン!」

――――


「じゃあ買い出し係、縁と志鳥と……なゝ、お願い」

そう言って蒼依がメモを差し出す。

テーブルの上に置かれた紙には、長々と書かれた買い物リスト。


「うわぁ……」

縁は何枚にも綴られたメモを、しげしげと眺める。

「これ、全部今日中に買ってこいって?」


「足りない物資は基本、補給所で揃うけどね」

蒼依が軽く肩をすくめる。

「でも街のほうでしか買えない日用品があるから、しっかりリスト見てね」

「……わかった」


隣でなゝがやる気ゼロの顔でポテトチップスをつまんでいる。

「えー、めんどくさ〜。なんであたし?」

「一昨日の洗濯当番、サボったよね?」

「うっ……」

蒼依の冷たい目線に押されて、なゝはしぶしぶ立ち上がる。


志鳥は財布を手に取りながら二人のやり取りを見て、苦笑した。

「なんだか、任務っていうよりおつかいですね……」

「おつかいでもちゃんと仕事だからな」

今日の任務は必要物資の買い出しだ。

まだまだ下っ端の縁たちにはそれなりに雑用もまわってくる。


縁はリストをめくりながら、メモ用のペンをブレザーのポケットにかける。

「じゃ、行くぞ。なゝ、お前は荷物持ち担当な」

「は?あたし!?縁が持ってよ」

「俺は計算係だ」

「志鳥は?」

「お財布係です……」

「じゃああたしだけ荷物係!?」

「冗談だっつの」


なゝの抗議を背に、三人は宿舎を出発した。


――――


宿舎からモノレールを使って十五分。

昼下がりの街は、任務地の無骨な雰囲気とは打って変わって穏やかでにぎやかだった。

屋台からは甘い香りや香ばしい匂いが漂い、通りには買い物袋を抱えた市民の姿が目立つ。

兵士たちの生活を支える町――といっても、雰囲気はほとんど普通の地方都市だ。


「わぁ……久しぶりに来ましたけど、やっぱり街って賑やかですね」

志鳥が目を輝かせて足を止める。


「寄り道するなよ。今日中に帰れなくなるぞ」

縁はそっけなく言いながらも、げんなりと何枚にも連なるリストを眺める。

だがその背後で、なゝは早速屋台の飴をじっと見つめていた。

「ねえ縁、あれ食べてから行かない?一本だけでいいから!」

「却下」

「ケチっ!志鳥、何か言ってやって!」

「えっ、えっと……ま、まずは買い出し優先かな……?」

「ほら、志鳥もそう言ってる」

「全然フォローになってない!」


なゝの文句を受け流しながら、縁はリストを確認し、商店街へ向かう。

任務のはずなのに、こうして仲間と他愛ないやり取りをしていると、どこか普通の高校生の休日のような空気さえ感じられた。


買い出しは手際よく進み、紙袋や荷物が少しずつ増えていく。

「……次は、洗剤と生活雑貨か。こっちの通りだな」

縁が地図を見ながら歩き出すと、なゝが両手に袋を抱えたまま大げさにため息をついた。

「ねえ、これ絶対私にばっか荷物押し付けてない?」

「持てるやつが持つんだよ」

「縁も持てるでしょ!?何であたしばっかり!」

「ほらほら、なゝちゃん。あそこベンチありますよ。ちょっと休みましょうか?」

志鳥が笑いながら指差すと、なゝはぷいと顔をそむけた。

「優しいけどそうじゃない!荷物持って!」


そんな賑やかなやり取りをしていると、

ふと志鳥の足が止まった。


視線の先、通り沿いのカフェのテラス席に座っている人物に気づく。

長い脚を組み、書類を片手にコーヒーを飲む――蛍。

その穏やかな表情は戦場での鋭さとはまるで違い、彼を見つめる志鳥の胸が不意にざわついた。


「……あ」

小さな声が漏れた瞬間、蛍の視線がこちらをとらえる。


なゝが遅れてそちらを見やり、声をあげた。

「あれ、蛍先輩じゃん!」


街の喧騒にその声が響く。

蛍は驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの淡い微笑みに戻る。

「……志鳥たちか。こんなところで会うとはな」

「こ、こんにちは……」

志鳥が少し戸惑いながら挨拶する。


縁は志鳥に並び、軽く手を挙げた。

「偶然だな。休憩中か?」

蛍はうなずき、書類をカバンにしまう。

「ちょうど、少し時間が空いていたんだ」


「せっかくですし、一緒にお茶しませんか?」

志鳥が提案すると、蛍は少し驚いた表情を見せたあと、頷いた。

「いいだろう」


三人は蛍の隣のテーブルに着く。

街の喧騒に混ざり、久しぶりの再会に不思議な緊張感と和やかさが同時に流れる。


「……その後、どうだ」

意外にも縁から口を開いた。


蛍はほぅと息を吐き、顎に手をやって軽く笑った。

「身体のことなら問題無い。元々ホログラム越しのダメージだからな」

下手すれば死んでいただろうがな、と豪快に笑う。

縁はさすがに笑えなかった。


「日常生活の方はどうだろうな。俺は貴様に負けたことをどう言われてもいいが、弟妹に迷惑がかからないか心配だ」

蛍の目は少し曇る。戦闘時の鋭さは消え、弟妹を守るための慎重さが顔に表れていた。

噂になっているのはもちろん縁だけではない。その中には不名誉なものも多分に含まれる。弟妹想いの蛍が一人街にいるのは彼らを噂に巻き込まないためだろう。


「まあ、人の噂もなんとやらだ。どうにかやってるさ」

蛍は憂いを吹き飛ばすように軽い口調で笑った。

「それよりそっちは最近どうなんだ」


縁は少し視線を落とし、手元のカップを弄るように指で回した。

「俺か……まあ、相変わらずだな。部隊の連中と毎日騒ぎながらやってる」


蛍はふと真剣な表情になる。

「……あの模擬戦の後、周囲の反応はどうだった?」

縁は軽く肩をすくめる。

「噂はもう一人歩き中だ。……正直、迷惑してる」

蛍は小さく笑い、でも目はどこか冷静で鋭い。

「……噂はまあ、しょうがないな。貴様らしくはある」


縁は首を傾げる。

「俺らしい?」

蛍は少し驚いた顔をした。

「そうだ。二年生の間でも入学時から話題になっていたが。あの『篝宗一郎かがり そういちろう』の弟子が来たと」

縁は絶句する。

「神狩り」である師匠の名前は能力者の中で絶対的だ。

その弟子になるというのは、好奇の目に晒されることでもあると実感する。

もっと詳しく話を聞きたかったが、縁が二の句が継げないでいる間に、蛍はふと志鳥に目を向けた。


「志鳥」


途端になゝが志鳥の前に躍り出る。

「もう志鳥に手を出さないんじゃなかった?蛍先輩」


蛍は一瞬眉を上げ、軽く口角を上げて笑う。

「おっと、手厳しいな」

その表情には、昔から変わらぬ余裕が漂い、同時にどこか嬉しそうな温かさも混じっていた。


(志鳥は、本当にいい仲間に出会ったんだな)

蛍は静かに頷き目を細める。

「……安心した」


なゝは毒気を抜かれたようだった。「はぁ」と言葉少なに自席に座りなおす。

志鳥は二人のやり取りを見つめ、胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。


蛍は立ち上がり、ゆっくりとカバンを片手に肩を伸ばす。

「さて、俺はもう行こう。貴様らも買い出しの途中なのだろう」

その声には、戦場で見せた鋭さではなく、日常の穏やかさが滲んでいた。


縁は軽く頭を下げ、志鳥となゝも自然に立ち上がる。


志鳥となゝに続いてカフェを出ようとした縁を、蛍は呼び止めた。「ノア」市民の目をはばかってか、小声で続ける。

「……貴様は、己の能力をどこまで把握している」

縁は訝しげに蛍を見る。

「何の話だ?」

「あのライフルはなんだ」

「あれは師匠からもらったものだ……ライフルがどうかしたか」

蛍は軽く息をつき、言葉を落とす。

「……いや、気のせいなら構わん。時間を取らせたな」

「ああ……」


縁は小さく頷き、釈然としない思いを抱えつつも、言葉には出さなかった。


外からなゝの気だるげな声がする。

「縁ー早く終わらせて帰ろー」

「分かったすぐ行く」

そう言って身を翻した縁の背中を、蛍は複雑そうに見つめていた。


街の喧騒の中、三人の足音がカフェの外に混ざり、次の買い出しの目的地へと向かっていく。

午後の柔らかな光が、三人の影を長く伸ばし、日常の一コマを静かに彩っていた。

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2025年12月14日 19:00
2025年12月28日 19:00
2026年1月4日 19:00

神様のいない世界で 遠寺 燕司 @todera_enji

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